第562話 「戦況」

 グノーシス教団自治区での戦いが激化している頃――オフルマズドの上空では別の戦いが繰り広げられていた。

 コンガマトーと天使像だ。 両者は派手に魔法を撃ち合っているが、状況はコンガマトーが不利だった。

 接近戦に弱いコンガマトーは距離を詰められるとどうにもならないからだ。


 首を落とされ羽を貫かれ次々と落ちて行くコンガマトー達。

 当然ながら彼等もタダでやられずに天使像を道連れに落ちる個体も数多くいた。

 だが、旋回性能で下回っているので厳しい状況だ。 下からフューリーによる地上からの支援を受けているが、的が小さいので<照準>を用いても命中させる事が難しいのだ。


 コンガマトーの数が半数を割り込んだ所で生き残りが反転。 

 黒霧に侵食されたエリアへと逃げ込む。

 天使像達は弓を射かけながらそれを追いかける。 逃げるコンガマトーを撃墜しながら彼等も黒霧の中へと突入しようとした瞬間の事だった。


 闇の奥で光が膨らみ――凄まじい光線が迸る。

 それは追いすがっていた天使像の半数以上を消滅させ、オフルマズドの上空に展開された障壁に命中して散った。


 少し遅れて闇の中から攻撃を放った者が姿を現す。

 巨大。 それは巨大だった。 全長は百メートルに届かんばかりの大きさにタイタン鋼を用いた生体装甲。 硬質的な形状だが、胴体の外観は鳥に似ている。

 そして長い首に頭部は――竜に酷似していた。


 これこそが首途が設計しローが作り上げた新たなる航空戦力。

 名称はサンダーバード。

 その威容は飛行する砦とも言える物で、最大の目玉はザ・コアの第二形態に使用されたドラゴン・ブレスだ。


 大型化に伴い威力も上がっており、それは消し飛ばされた天使像が証明していた。

 同時にコンガマトーが反転。 攻勢に転じる。

 空中での戦いは大詰めを迎えつつあった。


 


 「結構、そのまま攻め続けなさい」


 場所は変わってオラトリアムの一角にある平地。

 そこには臨時の作戦本部が設けられており、ファティマが各地からの連絡を受けて遂次指示を出している所だった。


 「……思ったより遅れていますね」


 現状、想定の範囲内だが、航空戦力であるコンガマトーの大半がやられたのが痛い。

 そう考えてファティマは内心で爪を噛む。

 オフルマズド殲滅戦はかなりの時間をかけて入念な準備を行った作戦だ。


 想定される敵の戦力に対する備えは徹底的に行い。

 想定外にすら備えた。 サンダーバードはその一つだ。 本来なら追加で投入したい所だが、その巨体故、天井・・のあるオフルマズドでは自由に動けないので一体以上の投入は難しいのだ。

 本来なら城を消し飛ばすのに使うつもりだったが、謎の魔法障壁のお陰で見送る事となった。

 

 代わりに敵の航空戦力の殲滅に流用できたのは僥倖と彼女は考える。

 戦況はオラトリアム側がやや有利だが、時間を与えすぎるとその限りではない。

 ファティマはそう考えてやや性急ともいえる攻めを強行したのだ。


 最優先で撃破を優先させた施設は、魔導外骨格の生産及び格納施設、兵士の詰所及び宿舎、テュケの関連施設、最後にグノーシス教団の自治区だ。

 内、魔導外骨格関係の施設は破壊に成功、兵士の詰所などは大半の破壊には成功したようだが、出撃を許してしまっているので後は白兵戦で殲滅するしかない。


 そして重要度の高い残りの二つだ。 テュケの拠点に関してはほぼ片付きつつあると報告を受けた。

 一部の転生者が襲撃前に外に出ているらしいが、残っている者達は撃破または捕縛に成功したとの事。

 優先排除対象の飽野は夜ノ森が撃破したとの報告を受けているのでファティマはほっと胸を撫で下ろす。


 最低限、そいつだけは始末するようにローに釘を刺されていたからだ。

 アブドーラ達亜人種と改造種の主力。

 加えてアスピザル、夜ノ森、石切、トラスト、ヴェルテクスまで投入しているので、陥落は可能だと確信していたが思ったより脆かったと言うのがファティマの感想だった。


 そして問題はもう一つの排除対象。

 グノーシス教団の自治区だ。 こちらは随分と苦戦しているらしい。

 居ると言うのは半ば予想できていたが、枢機卿の存在は思った以上に厄介だったようだ。

 

 今のオラトリアムで最強クラスの兵器であるサイコウォードを投入したにも拘らず、一進一退の状況であるらしい。

 弱点は聖堂である事は分かっているにも拘らず、仕留めきれていないと言う事はそれだけ相手が強力だったという事だろう。

 

 それとは別でもう一点、頭の痛くなる報告があった。

 アメリアの生存だ。 どうやったのか体を乗り換えてあの王城での戦いを生き残ったらしい。

 流石に予想外ではあったが、排除対象が増えただけだ。 連絡を入れて来たサブリナに絶対に逃がさないようにと釘を刺して置いた。


 ――急がなければ。


 アクィエルによる霧の侵食もあってここまで押せば逆に時間をかける方が良いのだが、それを待っていられない事情があった。

 ローだ。 彼女の主は城に砲撃した後、効果がないと見るや早々に突入してしまったのだ。


 事前に行った偵察で地形と施設の位置関係などは把握できていたが、あの城だけは近づく事が出来なかったので、内部の詳細が最後まで分からなかった。

 その為、何が起こるか分からないので、周囲を制圧した後に配下を突入させて安全を確認しておきたかったのだが止める間もなく行ってしまい、ファティマはやや焦っていたのだ。


 当然ながら最初に転移したメンバーが護衛に付こうとしたが、陽動をやれと追い払われてしまったらしく、結局城に入ったのはローとサベージに転移した首途だけだった。

 その為、急いで他を片付けて援護を送ろうと考えていたのだが……。


 一部、手強い兵士が居るらしく、援護を送る余裕がないのだ。

 イフェアスがサンプルを回収して現在、解析中なのでそうかからずに仕組みは判明するはず。

 そう考えてファティマは指示を出し続ける。


 「姉上、そこまで心配なら予備の部隊を投入してはどうだい?」


 傍で控えていたヴァレンティーナがそんな事を言うが、ファティマは首を振って否定。


 「彼等は敵の伏兵や増援への備えです。 無闇に投入はできません。 それに残っているのはモノスやタッツェルブルムです。 彼等ではロートフェルト様に追従するのは難しいでしょう」


 主力は全て投入済みなので、場合によっては足を引っ張ってしまう。

 一応、最後の詰めに使う第四陣が残っているが城攻めには使い辛い。

 

 「……どうする? もし必要なら僕が行こうか?」

 「貴女が?」

 「あぁ、タンジェリンを貸してくれるのならまぁ、足は引っ張らない程度に役に立てると思うけど?」

 

 ファティマは自分の腰に下がっている剣を一瞥。

 壮麗王剣タンジェリン。 国王から奪った魔法剣だが、解析と仕様変更を済ませ今ではファティマとその妹達の専用装備となっている。 確かにこの剣の力は強力ではあるが――

 少し考えたが力なく首を振る。


 「いえ、タンジェリンはオラトリアム内でしか機能を発揮できません」

 「……なるほど、なら今の僕では足手纏いか」


 ヴァレンティーナは諦めたかのように肩を落とす。

 結局の所、外を片付けないとどうにもならないと言う事だ。

 

 ――どうかご無事で。


 ファティマには武運を祈る事しかできなかった。

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