第563話 「階下」
魔力駆動二輪車を乗り捨てたアールは急いで王城へと駆け込む。
誰にも見つからずに辿り着けたのは僥倖と言って良いかもしれないが、城の正門に辿り着いた彼は驚愕する事になる。
あらゆる侵入者を阻むはずの門は高熱に曝されたのか大穴が開いており、破損個所は溶けていた。
恐怖に足が竦むが彼は躊躇わずに中へと踏み込む。
あの後、詰所を後にした彼はできる事がないかと王城へと向かっていた。
アールにとって幸運だったのは襲撃直後で転移による奇襲が始まる前だった事、それにより接敵せずに城まで辿り着けた事だろう。
その証拠に到着する頃には外門の陥落とオラトリアムの戦力展開が済み、国中が戦場と化していたからだ。
そしてもう一つの幸運がすぐに詰所を離れた事。
アールの居た詰所は彼が出発して少し後に襲撃を受けて壊滅したからだ。
二つの幸運が重なった事により、彼は無事に王城へと辿り着く事が出来た。
「――う」
中に入ると思わず口を押える。
入って少し進むと凄まじい程に濃い血の臭いが彼の鼻を突く。
城の警備兵の物と思われる鎧の残骸と血痕が大量に散らばっていた。
死体は残らない。 忠紋の効果で残らず、消えてなくなるからだ。
彼は周囲の破損状況や散らばっている鎧の残骸から、少しでも情報を集めようと注視する。
兵士達は一撃で首を落とされた者や魔法で吹き飛ばされた者もおり、破損状況から魔法付与の施された武器と言う事しか分からなかった。
ただ、散った壁の残骸や広がった血を踏んだのか足跡らしきものがいくつか見つかる。
大柄な人の物が一つ。 魔物の様な足跡が二種類。
侵入者の数は――三?
恐らくは間違っていないだろうとアールは判断し、先へと慎重に進む。
侵入者達は戦闘を行いながら進んでいるらしく、あちこちが破壊されており、お陰で足跡が良く見える。
死んだ兵士達の足跡もあるが侵入者の足跡は他とは違うので一際目立った。
少し進むと足跡に変化が現れる。 階段で別れたのだ。
一つがそのまま先へ、残りが下へと向かっている。
恐らく、先へ進んだ方は王の間へと向かう為にこの先にある上り階段へと向かい、残りは地下施設へと向かったようだ。
アールは少し迷ったが下へと向かう。
何故なら彼は知っているからだ。 王はこの国で――いや、この世界でも倒せる者がいないと言い切れるほどの力を持っている事を。
だから彼は心配していなかった。
それよりも地下の施設が気になったのだ。 城の地下にはこの国を維持する上で必要な施設がいくつかある。
そこを押さえられると不味い。 アールは手に持った銃杖と腰のポーチにしまってある弾に触れる。
扱う為の訓練は受けてはいるがあまり自信はない。
将軍という地位を得ているが、彼は本来非戦闘員の文官だ。
荒事には慣れていない。 だが、行かないという選択肢は彼の中には存在しない。
アール・ジェル・ダグラスはこの国の将軍なのだ。
この国をどういう形であれ守る為に動く義務がある。 彼はその仕事に誇りを持っているし、義務を貫く事こそ仕える者の矜持と教え込まれている。
だから、踏み出す足には恐怖はあっても迷いはない。
アールは地下へと足を踏み入れた。
照明設備はしっかりしており、特にやられてはいないようなので階段とその先の廊下には煌々と明かりが灯っている。
降りた先も同様だったが、変化があった。 音だ。
廊下の先から戦闘の物と思われる音と衝撃が何度も響いていた。
両方ともかなり距離があるのか微かに感じるぐらいだが、それは彼の五感に訴える――危険だと。
アールはバクバクと派手に鼓動を刻む心臓を押さえつけるように服の上から胸を握りしめて小走りに先へと進む。
戦闘の音が大きくなり、徐々に近づいているのが分かった。
廊下といくつかの広場を抜けるとその先にそれは居た。
足跡が示す通り、侵入者は二。 片方は資料で見た事のある地竜と言う魔物に似た生き物だったが、記されていた物とは大きく違っていた。
尾が連結刃のように大きく伸びて全身鎧の兵士を鎧ごと両断しており、口から火球を吐き出して全く寄せ付けない。
そしてもう一人は――形こそ人型ではあったが明らかに人ではない異形。
テュケの構成員にもいた使徒――転生者と呼ばれる存在だった。
身体に合った形状の全身鎧に加え、あちこちに奇妙な装置のような物がくっ付いている。
転生者が腕を振るうと、一気に伸びて手近な兵士の首を刎ね飛ばした。
周囲に散らばっている残骸を見ると二十近くいた兵士達が瞬く間に全滅したようだ。
「ふん、舐められたもんやな。 例の奇妙な装備持ちはおらんみたいやし、こっちは外れかぁ?」
転生者――首途がそう呟くのを聞いて、物陰からそれを見ていたアールは必死に息を殺していた。
彼の思考は出口を求めて彷徨う。
どうする? どうしよう? どうすればいい?
このまま飛び出して銃杖で射撃するのが正しい在り方なのかもしれない。
ただ、それをやると確実に自分は死ぬ。
銃杖は強力な武器で、僅かな訓練で高い殺傷能力を引き出せる。
当然ながらアールにも扱えるし、発砲すれば魔物も殺せる筈だ。
だが、視線の先に居る二体の化け物を相手にするには驚く程心許なかった。
どこだ? どこに当てれば一撃で殺せる?
アールは何とか片方を即死させなければと必死に考えた。
仕留めるなら地竜だ。 転生者は全身鎧に兜こそ被っていないが甲殻じみた頭部は銃杖でも回数を重ねなければ突破は難しいだろう。
やる事を決めれば後はタイミングだ。
アールは息を荒げながら慎重に機を窺う。 狙うのは先に進もうと歩き出した瞬間。
完全に意識が先へと向いた瞬間を狙う。
地竜――サベージがキョロキョロと周囲を見た後、ふんふんと鼻を鳴らす。
首途は何かを確認するように周囲を見回すがやがて興味を失ったのか、サベージの背を軽く叩いて歩き出した。
アールは内心で頷き、サベージに意識を集中。
行け、背を向けろと念じる。
サベージが背を向けようとして、無造作に尾を一閃。
物陰に隠れていた事が幸いして、当たりはしなかったが近くの壁に斜めの傷が走る。
「――ひっ!?」
思わず悲鳴が漏れる。
「……なんや? まーだ居ったんかい。 ぶち殺したるからはよ出てこいや」
足を踏み出していた首途にも気付かれたようだ。
アールは悲鳴を上げながら魔法道具を起動。 <照準>を展開して銃杖を連射。
「アホが、それはもう見飽きたわ」
有り得ない軌跡を描いて飛翔する魔石は首途達に命中する前に軌道を大きく変えて戻ってきた。
「な、なんで!?」
命中前に首途が<照準>を展開して軌道を書き換えたのだが、アールには気づきようがなく、返って来た魔石は完全に直撃コースだった。
飛んでくる死を前にしてアールは呆然と立ち竦むだけだったが――
命中する前にその全てが叩き落された。
魔石が空中で爆ぜて色とりどりの爆炎を周囲にまき散らす。
一体何がと振り返るとそこには――
「アールきゅん! 無事で良かったわ~」
――彼にご執心の転生者、十枝内が居た。
「と、トシナイさん!」
「下がってなさい。 そこの人と魔物は私がやるわ!」
十枝内はそう言うと、アールを庇うように背に隠しつつ前に出た。
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