第561話 「悪化」
サイコウォードが枢機卿との戦闘に入った事を確認した所でサブリナはエドゥルネの弱点を看破。
やはり聖堂かと確信を深める。
事前情報通り、聖堂に天使の力を行使する際にかかる負荷を肩代わりさせているようだ。
それさえ分かればさっさと聖堂を破壊してしまえばいい。
聖堂へと向かおうとするサブリナに立ち塞がる者が居た。
エイブラハムだ。
「やはり気付いて――いや、知っていたと見るべきか……」
その表情には悲壮な物が浮かんでいた。
無意識なのか首に下がった教団のシンボルを握りしめている。
「エドゥルネ殿の邪魔はさせん。 悪魔め、刺し違えてでも貴様はここで止める」
サブリナは止めようとしたがもう遅いと判断して身構える。
同時にエイブラハムの背から四枚の羽と頭上に光輪。
「『教団に弓を引きながらも天使の羽を背負うその不遜、断じて許す気はない! ここで滅ぶがいい!』」
サブリナは小さく嘆息。
彼女の内心にあるのは面倒なという思いだった。
早々に始末をつけて聖堂を破壊しなければ――そう考えて錫杖を構える。
天使の力を持つ二人は同時に羽を震わせて衝突。
交戦を開始した。
「な、これは……」
アスピザルから必死に逃げて来たアメリアだったが、目的地のグノーシス教団自治区では凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
聖騎士達は異形の魔物と乱戦を繰り広げ、聖堂騎士は似たような装備をした騎士と戦っている。
当てにしていたエドゥルネは奇妙な形状をした――恐らく魔導外骨格と戦闘中だ。
非戦闘員で在る筈のエイブラハムでさえ、天使を降ろして似たような存在――そこで目を見開く。
「……修道女サブリナ?」
アラクランを派遣した際、ゲリーベで一度だけ会った事がある。 あの地での人体実験を主導しており、街の炎上の際に死亡したと聞かされていたが、何故こんな所に居て背に羽を背負って光輪まで身に着けているのか……。
明らかに例の実験の症例だが、どう見ても正気を保っている。
アメリアには訳が分からなかった。 アスピザル達ダーザインにサブリナ、そして魔導外骨格に正体不明の魔物、加えてオークやトロールの亜人種まで確認されている。
戦力の構成を見れば大体どこの勢力かも分かるが、今回ばかりは困惑するしかない。
意味が分からないのだ。 あれだけの亜人種を手懐けた方法も不明だが、問題はその資金力と開発力だ。
来る途中で見かけたオークの装備はデザインこそ変えられているが、明らかにグノーシス教団の聖殿騎士が使う白の鎧を下敷きにしている。
加えて魔導外骨格だ。 あれを作るのにはタイタン鋼が必要になる。
他の金属でも代用は利くが、アレを成立させるには魔法物理両面で高い硬度を誇るあの金属が望ましい。
だが、あれだけの数を用意できる程の量をどうやって捻出したのかが不明だ。
殆どがアラブロストル側に流れているのは確認できているし、彼等の開発状況も把握できている。
出所は恐らく消えた研究所なのは間違いない――
そこまで考えてアメリアの背筋が冷える。
ゲリーベの消失。
ウルスラグナ王国の王都襲撃。
アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所の消失。
少なくとも襲撃勢力はこの三件の事件に深く関与している。
――やはり大陸の外の勢力か。
その確信を深めるが、状況が良くなることはない。
何処か分からない以上、指揮官と話を付ける事も難しいからだ。
アメリアは交渉事には自信があった。 その為、相手の目的などが分かれば納得せざるを得ない落としどころを探し当てて戦闘を終わらせる事もできる筈。
――その為には――
後ろから無表情で淡々と殺しにかかって来るアスピザルを撒かなければならない。
「『――アメリア殿!? 』」
サブリナと戦闘中だったエイブラハムがアメリアに気付き、戸惑った声を上げるが思い直したのか光る弓矢を連射してサブリナを一時的に追い払って距離を取らせる。
「『何故ここに? 貴女は拠点に居たのでは――』」
「私の拠点も襲撃を受けていてね。 助けを求めに来たのだが……そんな場合ではなさそうだな」
「『……助け? まさか!?』」
エイブラハムがそう呟くと同時に炎の槍が大量に降り注ぐ。
「『――っ!?』」
咄嗟にエイブラハムが手を翳して障壁を展開。
飛んで来た攻撃を防ぐ。
対峙していたサブリナは攻撃が飛んで来た方へと視線を向けると、追いついて来たアスピザルが到着した所だった。
「アスピザル殿でしたか。 ここまで敵を逃がすとは少しお遊びが過ぎるのでは?」
「やぁ、サブリナさん。 ごめんごめん、彼女逃げ足だけは早くてね。 それに、そいつの正体を知れば多少は納得してもらえるんじゃないかな?」
「正体?」
「アメリアだよ。 どうやったのか知らないけど体を乗り換えてローから逃げ切ったみたいだよ」
それを聞いてサブリナは小さく眉を吊り上げる。
「それはそれは、お久しぶりですアメリア殿。 生きていたとは驚きました」
口調とは裏腹にサブリナの視線は冷たく、目の奥では静かな殺意が漲っている。
アメリアは状況が悪くなった事を悟った。
そして分からなかった。 アスピザルはともかく、何故サブリナまで自分に殺意を向けるのかがだ。
明らかに二人はアメリアを逃がす気はないようだ。
「……サブリナ殿、貴女に一体何があったのだ? いや、一体いつから裏切っていたのかな?」
次々と起こる想定外の状況にアメリアは付いていけなくなりつつあった。
意味が分からない。 彼女の記憶にあるサブリナは敬虔なグノーシス教団の修道女で教団の意向を絶対の真実としている狂信者の筈だ。
少なくともアメリアの印象ではそうだったし、大きく外していない自信もあった。
それが裏切って教団に弓を引く真似をする?
洗脳でもされている? 少なくともアメリアが見た限り洗脳状態特有の不自然さはない。
どう見ても正気にしか見えないからだ。
あの態度は芝居だったのか? それとも高度な自己暗示で思い込んでいた?
「裏切とは心外な。 私は真なる信仰に目覚めたのです」
「――その真の信仰とやらを貫く為にここに居ると?」
「えぇ、勿論。 グノーシス教団、オフルマズド、テュケ、その全てが我が神敵。 これ悉く滅する事こそが我が使命。 アメリア殿、個人的に貴女に思う所はありませんが、貴女が死ねば我が神がお喜びになられるので死んで頂けませんか?」
そう言うとサブリナは錫杖をアメリアに向ける。
隣にいるエイブラハムは無視。 アスピザルも同様にアメリアしか見ていない。
その理由は無理に天使を降ろしたのでエイブラハムの肉体が崩壊しつつあるからだ。
放っておいても勝手に死ぬ相手に構う必要はないと判断。
無視されたエイブラハムはちらりと背後を振り返る。
エドゥルネとサイコウォードは一進一退の死闘を繰り広げていた。 あの様子ではしばらくの間は膠着状態が続くだろう。
だが、それ以外が保たない。 聖騎士達は徐々にその数を減らし、敵の支配を逃れた天使達は支配された天使に質でこそ勝っていたが数で圧倒的に劣っているので、状況は不利だ。
頼みの綱のエーベトは生きてはいるが起き上がる様子がない。
残りの二人も敵の騎士に抑えられていて身動きが取れない状態だ。
どうにかして状況を好転させねばと考えるが、思考は空回り、憑依の代償がその身を蝕む。
だが、相手に主導権を与え続けた結果、状況は更に悪化の一途を辿る事となった。
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