第560話 「出撃」

 妙に響く足音と共に聖堂から一人の少女が現れた。

 ややサイズの大きな純白の法衣に長い髪、まだ幼さの残る顔立ち。

 法衣のデザインにエイブラハムと共通する物があり、彼女が彼の同僚である事を示していた。


 「静まりなさい」


 少女が口を開くと同時にその場に静寂が満ち、その場に居た全ての意識が彼女に集まった。

 同時に小さな悲鳴が上がり、誰かが倒れる気配。

 サブリナがエーベトを錫杖で殴り倒したようだ。 エーベトはそのまま倒れて動かない。

 

 ただ、生きてはいるようで微かに呼吸はしていた。


 「……その服装、この地を守る枢機卿とお見受けしますが? 今更出て来て何の御用ですか?」


 サブリナは薄く笑いながら遅れて出て来た事を当て擦る。

 少女は特に気分を害した様子もなくサブリナへ視線を向けた。


 「まずは自己紹介を、私はエドゥルネ・ジュラ・パール・ノルベルト。 グノーシス教団・第三司教枢機卿の地位を教団から預かっております」

 「これはこれはご丁寧に。 私はサブリナと申します。 貴女方とは異なりますが信仰に生きる者、短い付き合いにはなると思いますがお見知りおきを」


 エドゥルネはサブリナが敵を率いていると判断して彼女へと語り掛ける。


 「サブリナ様、まずは貴女にお願いがあります。 どうか無益な戦いを止め、投降してください。 これだけの事をした以上、放免とは行きませんが、決して悪いようには致しません。 貴女達の力があれば教団の戦力は盤石な物となり信仰はさらに強まるでしょう」


 どうでしょう?とエドゥルネはサブリナに手を伸ばすが、サブリナは表情を変えず微笑んだままだった。 そしてエドゥルネを見るその目の奥には仄かな侮蔑が宿っていた。


 「折角のお誘いですがお断りさせていただきます。 今の私が主と仰ぐのはこの世界でただ一人。 貴女が貴女の信仰を貫く事と同じで私にも私の信仰があります」


 その為、相容れないとサブリナが言い切る。


 「残念です。 では貴女達を神敵として打ち滅ぼすとしましょう」


 エドゥルネは特に失望した様子も見せずに表情を消し、高らかに名乗りを上げる。


 「改めて名乗りましょう。 私はエドゥルネ・ジュラ・パール・ノルベルト。 グノーシス教団・第三司教枢機卿。 この理解の地を預かる者。 我が使命は世界の痛みを取り除き、安寧の次代の礎となる事」


 体が発光し威圧感が増す。


 「רפאל神は癒される

  

 同時に彼女から爆発するかのように風が吹き荒れる。

 そしてその背には薄緑の羽が六枚と頭に光輪が出現。

 

 「『Ξοθρνευ旅は τεαψηες寛容を τολερανψε教える』」


 空気の流れが聖騎士達に集まりその傷が癒えて行く。


 「な、何だ?」 「体が軽い」 「これなら行ける!」


 変化はそれだけに留まらず、彼等の身体能力が大幅に向上し戦場に満ちつつあった不安が払拭される。

 サブリナは冷静に状況を分析。 相手の能力を見極める。

 恐らく傷や疲労の回復と身体能力の強化だろう。 気持ちが上向きになっている所を見ると戦意を強制的に高揚させる効果もあるかもしれないと判断。


 だがと内心で首を傾げる。 聞いていた情報と違う。

 枢機卿が強力な天使を降ろして権能を使用できるとは聞いていたが、聖堂の外でそれが出来るとは聞いていない。 それとも聖堂さえ無事ならどこでも発動できるのだろうか?


 一先ず、思考を着地させたサブリナは切り替えて状況に相対する。

 正面から戦う事になるのは予想外だったが、権能を相手にするのは想定内だ。

 だから――何の問題もない。 彼女は懐から魔石を取り出し、出番を待っている彼等に連絡を取る。


 ――ニコラス殿、出番ですよ。


 忍ばせていた転移魔石を宙に放り投げる。

 魔石が効果を発揮し、その威容が姿を現した。

 サブリナが対枢機卿相手に首途から借り受けた切り札。


 空中に現れた巨大な物体が轟音と共に着地。

 その姿は異様な物だった。 実際、目の当たりしたエイブラハムはそれが何なのか全く理解できなかったからだ。


 上半身こそ人型を取っているが下半身は百足のように長い体躯に無数の足、腕は二本だが背中に奇妙な形をしたマジックハンドのような物が四本。 それぞれ先端がクラブ・モンスターとザ・コアの第一形態を模した物となっており、それが各二本。


 頭部には魔石の様な目玉が複数付いており、それが獲物を探すようにギョロギョロと蠢く。

 これこそが首途が生産性とコストを度外視して作成した魔導外骨格のカスタムタイプ。

 現在のオラトリアムに存在する最強の機体。 名称は『魔導外骨格ソルセル・スクレットType:ザ・サイコウォード』


 「み、見掛け倒しだ! 討ち取――」


 不幸にも近くに居た聖騎士が仕掛けようとしたが、言い切る前にザ・コアを模倣したマニピュレーターに上半身を粉砕され、瞬時に血煙と化す。

 身体能力が強化されているにも拘らず躱せない程、早い一撃で聖騎士は自分に何が起こったのかすら理解できなかっただろう。


 「では、ニコラス殿。 相手は強敵です。 最悪、足止めだけで構いませんのでお願いしても?」


 サイコウォードは首肯で応える。

 内部にいる主操縦士メインパイロットであるニコラスはサブリナの言葉に獰猛な笑みを浮かべた。

 ようやく出番が来たのだ。 この初陣、派手に飾って故郷であるオラトリアムへ凱歌と共に帰還する。

 

 その為に気の遠くなるような時間、訓練に費やして来たのだ。

 聖堂騎士だろうが天使が相手だろうが自分達とこのサイコウォードならやれる。

 ニコラスはそう考えて操縦桿を握る手に力を籠めた。


 「オラトリアム万歳。 ロートフェルト様に勝利を!」

 『オラトリアム万歳。 ロートフェルト様に勝利を!』


 彼がそう叫ぶと他の者達も唱和する。

 そしてそれに応えるようにサイコウォードが咆哮のような駆動音を響かせてエドゥルネへと突撃。

 対するエドゥルネは表情を変えずに手を翳す。

 

 「『Λαςςあま τηατりに αρε寛容 τοο περμισσιωε法律は αρεほと ηαρδλυんど οβσερωεδ守られず ανδあま λαςςりに τηατ厳格 αρε τοο法律 στριψτ αρε励行 νοτされ ενφορψεδない』」


 それは「寛容」の名を冠する権能。

 ただ、以前に辺獄やウルスラグナで使用された物と違い、防御ではなく最初に使用された物は回復と支援を今回使用された物は攻撃を司る。


 固めた空気が鉄槌のようにサイコウォードへと襲いかかるが、装甲の隙間から光が漏れて襲いかかる筈の衝撃に抵抗する。 機体が軋むように悲鳴を上げるが歩みは止まらない。

 サイコウォードは対権能をも想定したカスタムタイプだ。 鉄壁とも言える防御能力を備えている。


 全身はミドガルズオルムから直接手に入れた純粋なタイタン鋼で固め、表面は砕いた魔石でコーティングしている。 それにより半端な魔法であるならば吸収して動力に変換。

 変換しきれなかったとしてもダメージの軽減を行う。 それにより局所的ではあるが防御力はオリジナルであるミドガルズオルムすら凌駕する。


 エドゥルネを間合いに収めたサイコウォードは右腕のザ・コアを起動。

 高速回転した破砕棍棒が唸りを上げて襲いかかるが、エドゥルネは重力を感じさせない動きでふわりと飛び上がって躱す。


 サイコウォードは躱されても意に介さず、ザ・コアを聖堂に叩きつける。

 施設の一部が損壊。 それを見たエドゥルネは僅かに眉を顰め、腕を振るう。

 サイコウォードに巨大な空気の鉄槌が衝突。


 凄まじい轟音が発生し、その巨体が吹き飛ぶが無数の足が地面を引っ掻いて衝撃を殺す。

 お返しとばかりに腹部の装甲が展開。 土魔法で形成した筒――ミサイルを連続発射。

 <照準>と併用していないので牽制用だが――エドゥルネが手を一振りすると風の鉄槌に全て叩き潰され爆散。


 内部に詰まった緑色の毒ガスを散布。

 

 ――命中しなくても恐るべき威力を発揮する。


 周囲の聖騎士達を侵食するが、症状が出る前に権能が彼等を癒し、死から守った。

 グノーシス教団自治区での戦いはこれから本番となる。

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