第558話 「疲弊」

 最初に斬り込んだのは薄緑の全身鎧に身を包んだフニャディだ。

 彼女は一気に間合いを詰め、サブリナへ斬りかかろうとしたが彼女の脇に控えていた騎士が割り込んで迎撃。

 手に持った黒い刃の剣を一閃。


 「その鎧、こっちのに似てるね。 模造品――いや、同じのがあるって事は複製品か!」


 彼女は敵の装備が自分達聖堂騎士の専用装備――その模造品だと言う事に即座に気付き、内心で怒りの炎を燃やす。

 聖堂騎士の鎧は聖騎士の到達点であり、模範となるべき者が身に着ける事を許された物だ。


 ――にも拘らず、資格無き者がそれを模倣、複製し、我が物顔で使っているという事実は聖堂騎士という存在その物に対する侮辱だ。


 許せない。 フニャディは下がりながら銃杖を構えて発射。

 本来なら<照準>との併用が望ましい武器だが、魔法の使用にタイムラグがあるので乱戦時には使用しないようにしている。 そもそも当たらない距離で撃つから余計な事をする必要があるのであって、至近距離なら使う必要がないと割り切る事で彼女は今の戦闘スタイルを獲得した。


 模擬戦では臣装持ちにすら勝利した彼女だったが、相手も並ではない。

 彼女と相対する騎士――アレックスは飛んで来た魔石を剣で防ぎ、同時に鎧に魔力を通して防御を固める。 魔石が爆発するが、意に介さない。

 銃杖対策の訓練は散々やったので慣れた物だ。


 付け加えるなら装備も訓練時よりも上等な物になっているので、寧ろ楽なぐらいだった。

 『白雨の鎧・改』と『濡羽の剣・改』首途が一部アイデアを提供し、ドワーフが複製及び強化改造したディランとアレックスの専用装備だ。


 付与能力に関しては単純に強化されただけだが、首途考案のちょっとした仕掛けが施されている。

 それに加えて、今回の侵攻に当たって彼等自身も強化を施されており、身体能力が大きく向上。

 侵攻に備えての修行も積んでいるので技量に関しても大きな伸びを見せている。


 その為、聖堂騎士が相手だろうと充分に戦えるほどの戦闘力を得る事に成功したのだった。

 短剣による回転の早い斬撃に、距離を取れば銃撃が飛んでくる。

 単純だが思い切りの良い戦い方だったが、アレックスは特に焦らずにその全てを捌く。


 油断すると一気に持って行かれるが、ハリシャの理不尽な連撃やトラストの見えているのに防御を掻い潜って来る斬撃に比べれば対処は難しくない。

 防具なしでハリシャの六腕から繰り出される木刀を掻い潜る訓練を思い出してアレックスは遠い目をする。 何せ攻撃を繰り出してくる腕が二本しかないのだ。 あの地獄に比べれば――


 「――温い!」


 アレックスは短剣による連撃をいなしつつ反撃。

 だが、相手も聖堂騎士。 並の腕ではない。

 フニャディはアレックスの剣を際どい所で躱しつつ懐に入って短剣を振るい時には銃杖による射撃を織り交ぜる。


 お互い決め手に欠いた状態ではあるが、アレックスはそれで充分と考えていた。

 状況はこちらが有利で相手の重要戦力である聖堂騎士を抑えられればレブナントが敵の数を減らしてくれるので、それまで粘ればいいだけの話だ。

 

 相棒のディランも同じ考えのようで、長槍と大盾を器用に振るうバーリント相手に膠着に持ち込んでいた。

 残ったエーベトはサブリナに斬りかかっていたが、彼は内心で同情する。

 サブリナと戦うなんて不幸以外の何物でもないからだ。 少なくとも自分なら必要に迫られない限り避けるとアレックスは考える。

 

 エルジェー・ナジ・エーベト聖堂騎士はこれからそれを身を以って知る事になるだろう。

 そして彼女がそれを知るのは僅か十数秒後の事だった。 

 最初はやり辛いといった程度の印象で、攻めに工夫が要るぐらいの気持ちだったのだ。


 斬撃は全て錫杖で器用にいなされ、応じるように攻撃を返される。

 それを数度繰り返しただけでサブリナの動きに変化があった。

 彼女の錫杖を持っていない開いた手が何かを弾く動きをする。 同時にエーベトの目に痛みが走った。

 

 「――っ!?」


 小石だ。 サブリナは小石を指で弾いて飛ばしてきている。

 体勢が僅かに乱れ隙が生じると、錫杖の石突で関節を抉って来るのだ。 エーベトの腕、足、脇腹と鎧の薄い部分に痛みが走る。

 しかもその悉くが彼女の意表を突くかのように想定外の場所を狙って来るので、痛みと同時に動揺が襲って来る。


 ならばと小石を警戒すると、今度は斬撃を石突で止められ、防御がし辛いタイミングで至近距離から魔法攻撃を受けた。


 「あら? お顔ばかり気にしていて攻めが疎かになっていますよ?」


 飛んで来た<火球>を腕で防ぎながら切り返すが、斬撃の悉くを石突の先で止められるのだ。

 しかも止める際には全く同じ場所に当てており、狙ってやっているのは明らかだった。

 遊ばれている。 そう考えて、エーベトはサブリナの技量の高さに戦慄を覚えた。

 

 「ほら、余計な事を考えている余裕があるのですか?」


 思考に費やした一瞬の隙を突かれ気が付けば足を払われて地に転がされている。

 同時に魔法による追撃。 鎧に魔力を通して防ぐ。

 ならばとエーベトも魔法を撃ち返すが、サブリナが錫杖を鳴らすと同時に掻き消された。


 斬撃。 石突で止められる。 反撃で魔法が飛んで来る。

 強引に間合いを潰そうとすると死角から小石が目に飛んで来て、間髪を入れずに錫杖の突きで体のどこかが抉られる。


 横の斬撃が止められるならばと突きに切り替えるが、待っていましたとばかりに複数の腕に掴まれ、関節を内に巻き込むように極められて剣を取り落としてしまう。

 サブリナは落下前に剣を拾って空いた手で掴んでそのまま斬撃。

 

 「中々、良い剣です。 貴女には少し勿体ないようなので頂いておきますね?」

 「き、きさ――」

 

 エーベトは咄嗟に下がって斬撃を躱す。

 無意識に動けたのは彼女の積み上げて来た経験のお陰だろう。

 予備の短剣を抜きながら不味いと内心で冷や汗を流す。 不味い、完全に向こうの調子に乗せられていると悟る。


 サブリナは技量も高いが、何より相手のペースを崩す事を意識して立ち回っており、エーベトは実力を完全に発揮できないまま追い込まれつつあった。

 エーベトは負けじと短剣で斬り込むが間合いに入れない。


 腕が多い事を活かし、錫杖による突きと剣による薙ぎを織り交ぜている。

 その為、エーベトは攻められずに間合いも詰められない。

 

 「何をしているのですか? そんな遠くでもじもじと、恥ずかしがってないで向かって来てはいかがですか? それでよく聖堂騎士になれましたね? 木剣の素振りからやり直した方がいいのではありませんか?」


 サブリナはエーベトが攻めあぐねるとそう言って煽る。

 流石にそんな挑発に乗るような彼女ではないが精神を疲弊させるという意味では効果があった。

 エーベトは少しずつだが自覚のないまま冷静さと精彩を剥ぎ取られて行く。


 ――そろそろですか。


 サブリナはエーベトの様子を見て錫杖を突き付ける。

 技量はそれなりにあるが、ややプライドが高く、物事に拘泥しやすい。

 冷静であればそれなりに周りが見えるが、その冷静さを簡単に欠き、すぐに視野が狭くなる。


 指揮官には向かない。

 それが彼女のエルジェー・ナジ・エーベトに対する評価の全てだった。

 目の前で怒りと焦りに彩られた表情を見てサブリナは薄く笑う。


 兜を被っていないので表情が読み易い。 バイザーから覗く目でも大雑把に分かるが、顔が見えると本当に分かり易い。

 聖堂騎士は強者が多く、自分の腕に自信がある者も多いのでそう言った者程、自分の実力が十全に発揮されないことを嫌う傾向にある。


 その為、視野が狭くなる兜を身に着けない者やバイザーを上げたままの者の割合はそれなりに多い。

 目の前のエーベトは身に着けない者で、他の二人――フニャディは着けていないがバーリントはしっかり被り、バイザーも下ろしていた。


 サブリナからすれば感情の制御のできていない者ははっきり言ってカモでしかない。

 エーベトの底も知れたのでそろそろ片付けに行こうと表情を変えずにそう決めた。

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