第556話 「投降」
瓢箪山 重一郎。
テュケ所属の転生者。 ベースは鈴虫。
手に持ったギターの音を背の羽で増幅して対象を破砕する攻撃を得意としている。
範囲を拡大する事によって相手の鼓膜を破壊し三半規管を麻痺させ、絞って収束させた衝撃波で敵を完全粉砕するのが彼の勝ちパターンだった。
だが、相手を動けなくするはずの範囲攻撃は効果を発揮せず、収束させた衝撃波は掠りもしない。
アブドーラ達は今回の襲撃に臨むに当たり、厳しい訓練を積み重ねて来た。
その内容には味方同士の連携が多分に含まれており、誰と一緒でも何が相手でも最適な戦い方を模索し、最良の連携を取れると自負していた。
モスマン達がそのスピードを生かして撹乱。
相手の集中を切らしてアブドーラ達ゴートサッカーとモノスが肉薄して斬り込むと言った堅実な戦い方で敵を追い詰めていた。
ただ、一息に攻め切れていないのは瓢箪山の鎧の能力で、発生させている音の一部を吸収してある種の障壁を形成しているので飛び道具が通らないのだ。
かといって効果がない訳ではない。 モスマン達が魔眼で拘束を試みる。
効果が届く前に障壁に阻まれるが、代償にその障壁が大きく揺らぐのだ。
瓢箪山はそれを維持する為に再構築に力を注ぎ、完了と同時に反撃を行う。
そしてゴートサッカー達が間合いに入ると高い脚力を活かして大きく距離を取る。
この流れを何度も繰り返していた。
最初は蜥蜴――大日が敵を倒して援護に来るまで粘るつもりだったのだが、あちらも苦戦しているようで中々思い通りの展開にならず、彼は焦っていた。
――一人相手にいつまでやってるんだよ役立たず!
瓢箪山は内心でそう毒づくが状況は好転しない。
いっそ事が済むまで何処かに隠れるかといった事が脳裏を過ぎるが、それはできなかった。
テュケはこの国では客人待遇だが、彼等は有事に動かない者を酷く嫌う。
将軍からの非難だけなら問題はないが、王の機嫌を損ねると不味い。
転生者にとって大抵の事は問題にならないが、あの王は駄目だ。
瓢箪山は以前に王の顰蹙を買って殺された仲間の事を考えて身を震わせる。
解放まで使ったにも拘らず数秒で終わってしまった。
アレの相手をするぐらいならここで戦った方がましだという想いが彼から撤退という選択肢を奪う。
どうすればいい? どうすれば……。
的確に攻防を使い分けているように見える反面、瓢箪山の思考は混乱の極みにあった。
自分も解放を使用するといった選択肢が浮かぶが、後の事を考えると使用を躊躇われるのだ。
明らかに外の戦闘は国内全域に拡大している。 その為、切り札である解放を使ってしまうと、その後に確実に訪れる動けなくなるという状況が不味い。
このまま行けば負けはしないが勝つのも難しい、解放を使用した大日が敵を片付けるのを待つか?
それとも援軍に期待する?
どうすればいい……どうすれば……。
危機に直面した経験の少ない瓢箪山はこれ以上ないぐらいに焦っていた。
反面、アブドーラ達は落ち着いており、無理な攻めは一切行わず堅実に防御を固める。
理由は簡単だ。 この戦いが
その為、焦る必要が全くなく、転移魔石という撤退手段もあるので負傷しても問題ないという安心できる要素が揃っている。 その為、相手が疲れるか焦って攻め急ぐのを待てばいい。
施設内から他の敵が集まってくる心配はほとんどしなくていい事もその考えを後押ししている。
何故なら裏からアジードとラディーブを筆頭に別動隊が既に踏み込んでいるので、さっき消えた転生者達も今頃はぶつかっている筈で、こちらに戻って来れるとは考え難い。
平静を装っているが、瓢箪山の焦りがアブドーラには手に取るように分かった。
相方が切り札を切っているにも拘らず、勝負を決めきれていない。
その事実が神経を苛んでいるのが分かり、内心でほくそ笑む。
苦しめ。 もっと苦しめと。
確定ではないが、アブドーラの父である古藤の死に関わっている可能性が高い――要は仇の一味である可能性が高い連中なのだ。 可能な限り苦痛を与えて殺したいとアブドーラは考えていた。
だが、自分が逸って失敗する事があってはならない。
個人的な感情は押し殺し、じっくりと焦らずに攻める。
それに、状況が傾くまではそう時間はかからない。
何故なら――
「おい! 大日、そろそろこっちを――」
瓢箪山は大日に声をかけようとして言葉に詰まる。
大日は傷こそ浅いが、装備の殆どが破損し、ちょうど剣の刃部分が半ばで圧し折れて宙を回転しながら飛んでいる所だった。
――トラストという男はオラトリアムでも屈指の実力者だからだ。
トラストは傷を負わせる事が難しいと判断し、装備を剥がしにかかった。
結果、大日は装備をほぼ全損させられ、装備により底上げされていた身体能力が元に戻り、動きが悪くなる。
「クソがぁぁぁ! チョロチョロチョロチョロ鬱陶しいんだよ!」
完全に冷静さを欠いた大日は折れた剣を投げつけ、手足や尾を闇雲に振り回す。
トラストはその全てを無表情に躱し、時にはいなす。
隙が出来た所で反撃。 浅いがしっかりと傷を刻む。 それが更に大日の怒りを煽るらしく、攻勢が激しくなるが攻撃自体が単調なのでトラストを捉えきれていないのだ。
喚き散らす大日を見て瓢箪山はいよいよもって不味いと思い始めて来た。
逃げるのではなく、一度この場を離脱して他と合流して反撃に転じればいいのではと内心で言い訳を重ね、撤退する為の材料を積み重ねる。
そして大日の動きが目に見えて悪くなった所で逃げる決心を固めた。
手近な通路に飛び込もうとした瞬間、何かが吹き飛んで来て近くを通り過ぎる。
何だと視線を向けるとさっき、他の侵入者を片付ける為にここを離れた転生者――長田だった。
アメンボに似た姿の転生者で背にある細長いマジックハンドの様な足を使ってトリッキーな動きで敵を撹乱して仕留める事を得意とし、屋内ではかなり強い女だったのだが――
――その姿は酷い有様だった。
自慢の足は一本を残して失われており、残った一本も折れた枝のようにぶらぶらと頼りなくぶら下がっており、装備もほぼ大破状態。
ひっひっと泣きながらしゃくりをあげている。
「い、いやぁ! 許して! 死にたくない死にたく――」
最後まで言い切れず、飛び出して来た通路から飛んで来た光線に頭部を消し飛ばされて力なく倒れた。
少し間をおいて死体が消滅。 塵となって周囲に散る。
「お、長田……」
瓢箪山が呆然と呟く。
通路から出て来たのは大きな鞄を背負ったヴェルテクスだった。
「何だ? まだ終わってなかったのか?」
「ヴェルテクス殿、用事は済まされたのですか?」
「あぁ、一応重要そうな資料は引き上げた。 使徒――転生者っつったか? さっきの奴を含めて二匹ほどぶち殺しておいたぞ。 もう一匹見かけたが、石切の奴がタロウと袋にしてたから今頃死んでるんじゃないか?」
それを聞いて真っ先に反応したのは大日だった。
「テメエぇぇぇぇぇぇ!」
ヴェルテクスに殴りかかろうとしたが、突っ込んで来る大日を見る目は冷めていた。
彼が冷静であるなら進路上の空間が僅かに歪んでいる事に気が付いただろう。
だが、仲間が目の前で殺され、頭に血が上った大日は気付けなかった。
それが彼の運命を決めてしまう。
歪みに接触した瞬間、空間が捻じれた。 それは大日の肉体を巻き込んで雑巾の様に絞る。
彼の頑強な肉体も空間ごと捻じられてしまえばどうにもならず、体液を周囲にまき散らして即死した。
べしゃりと水っぽい音が響き、大日の巨体が塵となって消滅。
「だ、大日……マジかよ……」
瓢箪山は目の前で仲間が立て続けに死んだ事で、その心がぽっきりと折れた。
逃げられない。 そして逃げたとしても碌な未来が待っていないし、恐らく逃げきる事すら難しいだろう。
そう悟った彼はギターを置いて両手を上げる。
「た、頼む。 降伏する。 だから、命だけは……命だけは助けて、助けてください」
そのまま平伏し、土下座の体勢を取る。
恐怖で声は震えて、目尻からは涙がボロボロと零れていた。
ヴェルテクスは詰まらなさそうに瓢箪山を見た後、どうする?と疑問の視線をアブドーラへと向けた。
アブドーラは不快な視線を這い蹲った瓢箪山に向けて――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます