第555話 「炙出」

 夜ノ森が飽野と死闘を繰り広げている最中。

 テュケの拠点内では別の戦闘が発生していた。

 巨大な球状の物体が建物内を跳ね回って次々と設備や内装を破壊していく。


 その正体はアルマジロに似た姿の転生者である石切だ。 それをタロウが追いかける。

 続くようにアブドーラを筆頭にゴートサッカーの群れとモノスやモスマンといった改造種、加えてヴェルテクスとトラストが無遠慮に内部を破壊しながら進む。


 逃げ遅れた使用人らしき人間が居たが、ゴートサッカー達はその全てを容赦なく血祭りにあげる。

 

 「捕虜は要らん。 味方以外は全て殺せ」

 

 アブドーラはそう言って部下達に虐殺を促す。

 

 「では手筈通りトラスト殿は殲滅にご助力を、ヴェルテクス殿は約定通り自由に動かれよ。 護衛は――」

 「要らねえよ。 ここは使徒共の巣窟なんだろ? なら、連中を片付けるのに使え。 こっちはこっちでどうにかする」


 ヴェルテクスはそう言ってさっさと奥へと向かっていった。

 その足取りに迷いはなく、事前に魔法か何かで構造を調べたのだろうとアブドーラは考え、特に何も言わずに派手に暴れるよう、部下達に指示。 施設が破壊される音が遠ざかる。 石切とタロウは施設の破壊と内部の撹乱を行う為、そのまま先行させて好きに行動させる。


 手始めに騒ぎを起こし、転生者共を炙り出す。

 ここはテュケの本拠という情報だったのでこうやって適当に暴れればすぐにでも――


 「来やがったな! 派手にやりやがって、タダで帰れると思うなよ!」


 ――そう考えている内に開けた場所に出るとすぐに現れた。


 出て来たのは五人。

 全員が全身鎧に身を包み、それぞれが特徴的な姿をしていた。

 場所は上階との吹き抜けになっている広場。

 

 「へっ! 俺達の基地に攻め込んで来るとはいい度胸じゃねえか! てめえらは纏めてこの瓢箪山ひょうたんやま 重一郎じゅういちろう様のミュージックで這いつくばらせてやるぜ!」


 石切たちの姿がない所を見ると目の前の連中と入れ違いになったのだろうとアブドーラは考え、無言で敵を見据える。


 瓢箪山と名乗った男はそう言うとその鎧の背部が展開。

 それは鎧ではなく本人が元々備えていた羽だった。 同時に手に持った武器らしき物――その場に居た者は知り得なかったが、それはギターと呼ばれる異世界の楽器だ。


 「ヘイ! ミュージックスタート!」

 

 ギターをかき鳴らすと同時に背の羽が小刻みに震え、大音響の――凡そ音楽とは言えない暴力的な音の塊が周囲にまき散らされる。

 その場に居た全員が魔法的な防御を行いレジスト。 音の影響を最小限に抑える。


 真っ先に反応したのはトラストと改造種達だ。

 トラストは刀の柄に手を掛けた状態で一気に踏み込み、モノスやモスマン達はその左右から肉薄。

 金属音。 トラストの斬撃を途中で割り込んだ者が防いだ音だ。

 

 「瓢箪山ぁ! 雑魚は任せるぞ、このポン刀持ちは俺がやる! 長田! 荒本! 吉田! お前等は散ってカチコンできた他のクソ共を仕留めろ」

   

 リーダー格らしき男は他に指示を出し、他の三人は無言で散って行く。

 

 「てめぇ等……どこの回し者だ? ここが何処か分かっててカチコンでんのか? あぁ?」


 対峙したトラストは無言で敵の姿を視界に納める。

 四肢を備えているが、その姿は人間からやや逸脱しており、腰から尾が伸びている。

 そして顔は完全に人からかけ離れていた。 顔を見れば、知識のある者は|蜥蜴(トカゲ)を連想しただろう。


 「答える気はナシか。 ならいい。 手足ブチ折ってから色々吐かせてやる!」


 蜥蜴は腰から肉厚の大剣――刃の部分が鋸のようにギザギザした変わった形状のそれを構える。

 トラストは無言で腰を落とす。 相手が転生者で手強いと言う事は認識していたが、気負いはない。

 寧ろ、自分一人を狙ってくれると言うのなら好都合とも考えた。


 ――手出し無用。


 <交信>で改造種達に伝え、余計な手出しは控えさせる。

 応じるように他は全員、瓢箪山へと向かっていった。

 周囲で発生する戦闘には目もくれず、蜥蜴は吼えながら斬りかかる。


 トラストはそれを見てやや余裕を持って躱し、すれ違い際に一閃。

 足の関節を狙ったが刃が通らない。 蜥蜴の追撃を受けずに掻い潜って、膝裏を刀で斬りつける。

 微かだが生身を切り裂いた手応えが、トラストの腕に伝わった。


 「痛っ、ウゼぇ! いつまでも躱せると――あ?」

 「出直せ未熟者」

 

 僅かではあるが傷を付けられた蜥蜴が激高したが、そこで違和感に気付く。 足が動かないのだ。

 さっき斬られた足の関節から痺れるような感覚が足の動きを阻害しており、その行動を止める。

 間髪入れずトラストの炎を纏った斬撃が蜥蜴の首を薙ぐ。


 「……」


 トラストは攻撃と同時にバックステップ。 一瞬、遅れて蜥蜴の刃が空間を薙ぐ。


 「いってぇなぁ! コラぁ!」

 

 蜥蜴の首には焼け爛れた切り傷があったが徐々に塞がっていく。

 それを見てトラストは冷静に分析。 高い防御力と再生力を有しているようだと。

 突破するには一息に切断する必要がある。


 ――それが出来ぬなら再生の暇を与えずに重ねる。


 トラストは即座に後者を選択。

 呼吸を整えて体内の轆轤を意識。

 使用するのは四つ。


 第一轆轤ムーラーダーラ・チャクラで力を手繰り、火を司る第三轆轤マニプーラ・チャクラと風を司る第四轆轤アナーハタ・チャクラを増幅と複合を司る第六轆轤アージュニャー・チャクラで合成、増幅させる。


 まだ、習得したばかりで完全に使いこなしているとは言えないが、目の前の敵を屠るには充分に足ると判断。

 

 「<赤翼せきよく炎爪えんそう>」


 炎と風を纏い、赤熱した刃が蜥蜴を襲う。

 流石に不味いと判断したのか咄嗟に首を庇うが、狙いは比較的切断が容易な足。

 膝の辺りを薙ぐ。 トラストの腕に硬い感触が伝わるが構わずに振り抜く。

 

 「――なっ」


 そのまま切断し、蜥蜴の体勢が大きく崩れる。

 転倒前に刀を弓のように引いて突きの構え。

 

 「<水銀すいぎん雷嘴らいし>」


 雷を纏った突きが抉るように蜥蜴へ向かう。

 両足を失った蜥蜴には躱すすべはなく――その目に深々と突き刺さり雷撃がその体内を焼く。

 他愛のない。 そう思ったトラストだったが、はっとした表情を浮かべバックステップ。


 「俺に使わせたのは褒めてやるが、調子に乗り過ぎだ。 てめえ死んだぞ?」

 

 蜥蜴は即座に傷を再生させながら同時に肉体が巨大化。

 解放を使用したようだ。 トラストは使わせてしまったかと未熟と自分を戒める。

 身に着けている装備も体格に合わせて巨大化し、剣も同様に延長。


 「さっさとくたばれやカスがぁ!」


 大きさだけでなく身体能力も大幅に増大したようで動きが早い。

 だが、それだけだとトラストは冷静に判断。

 恐らく今までは身体能力に物を言わせた戦い方しかしてこなかったのだろう、動きもそうだが狙いが素直過ぎる。


 念の為、余裕を持って躱して反撃を繰り出す。

 先程、首を焼いた<赤翼せきよく炎爪えんそう>を叩き込むが、表面を傷つけるだけの傷しか与えられない。


 ――硬い。


 刃が通らないので切り口を変える。

 蜥蜴の振り下ろしを誘って伸びきった腕の関節を一閃。

 先程の一撃よりは手応えがあったが、やはり浅いと言わざるを得ない。


 一撃で切断できなければ同じ個所を狙って斬撃を重ねるかとも考えたが、即座に傷が塞がるのでそれも難しい。

 転生者。 思った以上に難敵だと考え、どう仕留めた物かと斬撃を繰り出しながら考える。


 不意に気になったので、ちらりと同じ場で戦っている他の者達へと視線を向けた。

 さっきから聞こえていた耳障りな音が途切れて来ているからだ。

 

 「くそっ! ウザってぇ! さっさとくたばれよ雑魚が!」


 瓢箪山はギターをかき鳴らし、それと連動しているのか、羽から衝撃波のような物を飛ばしていた。

 ギターには複数の魔石が埋め込まれており、ただの楽器ではなく攻撃の増幅を担う彼の専用装備だったのだが、広範囲攻撃は威力が散るのでモノスやモスマン、ゴートサッカー達の防御を抜けず、範囲を絞った攻撃は掠りもしない。


 これは蜥蜴にも言える事だが、彼等はテュケに拾い上げられた転生者だ。

 本国であるオフルマズドまで連れて来られている以上、アメリアからある程度の信用を得ていると言う事にはなるのだが、それイコール強いと言う事ではない。


 選ばれた基準はあくまで扱い易く、裏切る心配が少ないと言う二点だ。

 付け加えるのなら彼等は早い段階でオフルマズドへと移動していたので、戦闘経験にかなりの偏りがある事もこの状況に拍車をかけていた。


 実際、二人はその辺の冒険者や盗賊ぐらいとしか人間との命のやり取りの経験をしておらず、後は魔物を身体能力に物を言わせて一方的に狩ったぐらいの実績しか持ち合わせていない。

 結局の所、実戦経験が圧倒的に足りておらず、その差が如実に表れているのが現状であった。


 「おい大日だいにち! さっさと仕留めてこっちを手伝え、数が多くてきついんだよ!」

 「うるさい! そっちこそその雑魚共を片付けてこっちに手を貸せ! 解放まで使わされてるんだぞ!」


 現状を受け入れられない二人はこんなはずではなかったと考え、お互いに罵りながら打開策を余所に求める。

 だが、状況は変わらない。 戦況は刻一刻と傾きつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る