第543話 「考察」

 自分の拠点に戻ったアメリアは小さく息を吐く。

 彼女が今いる場所は自室だったが、先客がいた。 飽野だ。

 

 「おかえりアメリアちゃん。 どうだった?」

 「ただいま。 どうもこうもないな、情報が少なすぎる。 彼等は私の事を困った事を何でも解決してくれる便利屋か何かだと思っているのかな? 正直、過剰な結果を求められてもどうしようもない」

 「あらあら、あの将軍さん達? アメリアちゃんの事嫌っているくせに、こんな時だけ色々言って来るんだからどうしようもないわねぇ」


 このオフルマズドでは彼女達テュケは余り快く思われていない。

 選定真国の名前の通り、彼等は自らを選ばれた民だと思い込んでおり、その選民思想が外部の人間を蔑ませる。

 アメリアはその点を良く理解しているので、特に気にしない。


 何故なら彼女達がこの国に留まっているのは王の意思だからだ。

 王の決定の前には個人の感情は無視される。

 その為、この国にいる限りアメリア達の自由と安全は保障されているのだ。


 将軍達からすればそれ自体が面白くないのだろう。

 こうなってしまえばまともな関係の構築は難しい。

 だったら割り切って付き合えばいいと開き直っているのだ。


 「それで? 実際の所どうなの? 例の殺人事件は解決しそう?」

 「はっきりいってお手上げだ。 さっきも言ったが、情報が少なすぎる。 ここまで痕跡が残っていないと本当に居たかも怪しいな」

 「でも目撃情報は結構、多いんでしょ? なら居るんじゃないの?」

 「その筈なんだが……」


 この件はアメリア自身にも解せなかった。

 オフルマズドは外部からの侵入に対して完全と言って良い程強固だ。

 はっきり言って内部の人間に気付かれずに出入りできると言われても俄かに信じがたい。


 彼女が将軍達に話した事に嘘はない。

 外部から出入りする方法に本当に心当たりがなかったからだ。

 仮に転移魔石を使用したとしても、あの外壁は越えられない。 それはアメリア自身が検証を行ったので間違いない。


 「ちなみに現段階での名探偵アメリアちゃんの見解は?」

 「何らかの方法でこちらの探知をすり抜けて国内に潜伏中と言った所か」

 「そうなると門か港から入った事になるけど?」

 

 アメリアは肩を竦める。


 「問題はそこだ。 両方ともかなり厳重な警戒を敷いた上で開門を行っている。 それをすり抜けて内部に侵入するのは私から見ても現実的じゃない」


 門は唯一の出入り口だけあって警備が厳重なのは勿論、魔法による各種認識阻害や隠蔽、欺瞞の類を悉く無効化する仕掛けが満載なので、抜けたければ強行突破以外ありえない。

 

 「そうよねぇ。 私も検証に協力したけど普通に気付かれたし、あれは気付かれずに抜けるのは無理よ」

 「だから解せないという話になる」

 「話が戻っちゃたわね。 死体から何か分からなかったの?」

 

 アメリアは肩を竦める。


 「こちらもさっぱりだ。 忠紋が消えている以外に外傷は一切なし。 何で消えているのかもわからん」

 「あれってダーザイン由来の情報漏洩対策のギミックでしょ? 腕を切り落として別のをくっつけたとか?」

 「腕に付いている印はあくまで一部だから、切り離した所で意味がない」

 「うーん。 分からない事だらけよね。 なら切り口を変える?」

 「というと?」

 「影の目的なんてどう?」

 「素直に考えるのなら偵察と言った所だろうが……」

 

 だとしたらそう遠くない内にこの国に対して何かしらの行動を起こすのは目に見えている。

 

 「でもそれにしてはやる事がお粗末よねぇ」

 「やはりそこに引っかかるか……」

 

 偵察だと仮定すれば、腑に落ちる点は多いが、いくら何でも目立ちすぎる。

 そもそも堂々と姿を晒している以上、偵察の意味合いが薄いのだ。

 加えて住民を殺す意味が分からない。


 「いや、だって偵察でしょ? それって気付かれないようにやる物じゃないのかしら?」

 「その通りだ。 姿を晒してしまうと余計な警戒をさせてしまうのでかえって逆効果となる」


 彼女達が頭を悩ませているのはそれだった。

 結局、噂の影の目的がさっぱり分からない。 部分部分を切り取れば理解できなくもないが一貫性がない以上、意味不明という結論に落ち着いてしまう。


 「……まぁ、いいわ。 取りあえず目的は置いておくとして相手に心当たりはどう?」

 「ふむ、やはり他所の国の間諜と言った所だろう。 怪しいのはアラブロストル辺りか」

 「あー、あそこねぇ。 そう言えば研究所、消えちゃったんだっけ? あれって何が起こったの?」

 

 アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所の消失・・は当然ながら彼女達の耳にも入ってはいた。

 施設が丸ごと大量の土砂と入れ替わったその事件は、未だに原因や転移先の特定ができないでいる。


 「恐らく転移魔石関係の実験を行った結果だとは思うが、施設丸ごと消えるという状況が良く分からない。 まさかとは思いたいが、純粋な空間転移の実験を行った結果かもしれないな」

 「意図的に引き起こされたとは考えられない?」

 「考えられなくもないが難しい。 まず、内部の人間の意図か外部の人間の意図かで状況が変わって来る。 仮に外部の人間が施設を奪う為にやったとしよう。 方法自体は簡単だ。 施設の周囲を転移魔石で囲って範囲を括ればいい。 そうすれば好きな場所へ施設を飛ばせる。 破壊したいなら海の底にでも転移先を指定すればそれで片が付く」

 

 それを聞いて飽野は納得したように頷く。


 「それは無理ね。 転移魔石に必要な魔石って質は勿論、大きさもそれなりのだったわよねぇ」


 飽野が言い切るのも無理はなかった。

 転移用魔石に使用する魔石は大きさ、質共にかなりの物を要求される。

 それを施設を転移させる程用意するのは難しいからだ。


 「だろう? あれだけの施設を転移させたいのなら千近い魔石が必要だ。 それだけの数を用意したら文字通り国が傾く事になる」

 「千って、確かあれ一つでしばらく生活に困らない額って事を考えると想像もつかないわ……」


 単価を知っている飽野はやや呆れ気味に首を振る。


 「どちらにしても気にはなるがどうにもならないとしか言いようがないな」

 

 そう言ってアメリアは肩を竦める。

 

 「その辺りは将軍達の働きに期待するとしようか。 私達が出るまでに何かしら進展があるなら良し、そうでないなら勝手に頑張ってくれればいい」

 「そうねぇ、簡単な判断ならウチに残っているメンバーだけでもどうにかなるし、こっちはこっちで気楽にやりましょう」


 そう言ってこの場での話は終わった。

 彼女達は気付いていなかったが、侵入した者達の動きが偵察の意味合いが大きいと考え、ある事を失念していたのだ。


 明確な何かを探しているのではないのかという可能性を――

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