第544話 「唐突」

 調査は難航した。

 遅々として進まず、影の正体も不明。 定期的に増える犠牲者。

 将軍達の焦りと怒りもピークに達しようとしていた。


 だが、不意にそれは終わりを告げる。

 ある日を境に事件が全く起こらなくなったのだ。

 影の目撃情報もそれ以降、なくなってしまった。

 

 それでも彼等は警戒を緩めずに巡回を続ける。

 何も起こらなくなって数日、十数日、数十日と過ぎた。

 そうなると緩やかに警戒が解けていく。 巡回の頻度が減り、人員は減少。


 彼等にもやるべき仕事がある以上、深夜の巡回に時間と人数を割けないのだ。

 何も起こらなければ過去の事件は過去として緩やかに日々に押し流されて行く。


 アールもその一人だった。

 事件の発生当初から犠牲者が出るまでの間、彼は不安でたまらなかったが、過ぎ去ってしまえば平穏な日常が全てを忘れさせてくれる。


 ――その筈だった。


 その日は朝から快晴で気持ちのいい一日だった。

 空からは陽の光が差し込み、作業をするには最適な日だ。

 国の上空を覆っている障壁は外からは内部の様子は窺えないが、中からなら外が見えるので空を仰げる。


 陽光はオフルマズド全域を優しく包み込み、その恵みを分け隔てなく与えた。

 そして日は昇りきり、やがて沈む。

 アールがその日の作業を終え、家路を急いでいる時にそれは起こった。


 ――それも唐突に。


 それは二輪車を操作しながら今日の夕食はどうしようかな等と考えていた頃だっただろうか。

 凄まじい轟音が響き渡り、大地が大きく揺れる。

 咄嗟にアールは二輪車を停止させて周囲を確認。 何が起こったのかを確かめようとしてそれを目撃した。


 闇色の光が一条、夕暮れで薄暗くなった空を切り裂いて真っ直ぐに城へと迸る。

 瞬きする間もなく光は城へと直撃は――しなかった。

 命中の直前、城の周囲を覆っていた魔法障壁が光を防いだのだ。


 闇色の光は障壁を突破できずに飛び散り、周囲に降り注ぐ。

 幸か不幸か安全圏に居たアールはそれを目の当たりにしてしまった。

 闇色の光の粒は触れた瞬間、大きく爆ぜて城の周囲にある物を次々と吹き飛ばしたのだ。

 

 連続した爆発音、そして民の悲鳴。 少し遅れてあちこちから火の手が上がり、薄闇の空を明るく照らす。

 

 「い、一体何が……」


 余りにも現実離れした光景にアールは燃える街を呆然と眺めていたが、すぐに思い直して二輪車を動かして方向転換。

 向かう先は兵士の詰所だ。 まずは状況を把握しないと。

 そう考えて彼は目的地へと急いだ。


 


 幸いにも詰所には何事もなく辿り着いたが、中は大騒ぎだった。

 情報が錯綜し、何人もの兵士が通信用魔石で叫ぶように連絡を取り、火の手が上がっている場所へ駆けつけようと武装して飛び出していく姿も多く見られる。


 その中心ではレベッカがあれこれと声を張り上げて指示を出していた。


 「レベ、じゃなくてスペンサー将軍!」

 「アールか! 良かった、無事だったんだな」

 「えぇ、僕は帰る途中にあれを見かけて……」

 

 アールの姿を見たレベッカは明らかにほっとした表情で迎えた。

 

 「一体何が起こっているんですか?」

 「分からん。 今、部下をやっているからそうかからない内にケイレブの所かこっちに報告が来るはずだが……」


 話している内にレベッカの魔石の一つに反応があった。

 

 「私だ。 現場についたのか? だったら報告を――」

 

 焦っているのか矢継ぎ早に質問をするレベッカの口調を遮るように苦痛に満ちた荒い息遣いが聞こえる。


 ――す、スペンサー将軍! て、敵、敵襲です!


 「やはりそうか、一体どこから現れた!」


 思わずそう怒鳴っていたが、部下は苦しいのか喘ぐように言葉を紡ぐ。


 ――わ、分かりません。 いきなり現れて、何とか、応戦しようと、したのですが……。


 部下は何とか情報を伝えようと言葉を絞り出す。


 ――じ、自分が見た限り、襲撃者は奇妙な武器を携えた黒の全身鎧が複数と、化け物が――


 「化け物? 報告は明瞭にしろ! 特徴を言え!」


 ――し、信じられない、あんな、あんな形をし――


 そこで不意に通信が途切れた。

 魔石からの応答がない。 この状態になるのは相手の魔力が切れたか破損したかのどちらかだが、後者であろう事は察していた。


 レベッカは怒りに表情を歪める。

 

 「第一分隊、集合! これより襲撃者の撃破に向かう! 非常事態につき、臣装ミニオンの使用を許可する!」


 その言葉に周囲がざわめく。 それだけ彼女の言葉は衝撃を与える物だった。

 臣装に関してはアールも詳しくは知らされておらず、強力な武具と言う事だけは聞いており、同時に王の許可なしでは扱えない事も彼は知っていた。


 「すぐに出る! 準備を急げ!」

 「す、スペンサー将軍! 僕にできる事はありますか!」

 

 動き出そうとしたレベッカをアールは思わず引き留めるが、彼女は苦笑してここで待っていろと言い、準備の為に去って行った。

 彼女の背を見送ったアールはどうすればいいのかと悩み、周囲が動き回る中取り残されたように立ち竦む彼は――悩み抜いた末に動く事にした。 自分に何ができるか分からない。

 

 ただ、何もしないで居ると言う事は彼には耐えられなかった。

 そう考えてアールも動き出す。


 

 時間は僅かに遡る。

 騒ぎを聞きつけたオフルマズドの警備隊は闇色の光の発射地点へと向かっていた。

 場所は国の中心付近。 王城からもそう遠くない位置で、近い位置に詰所があったので駆け付けるのは早い。

 

 明らかに敵対的な行動だったので全員が完全武装で向かうが、彼等の脳裏には疑問が満ちる。

 一体どうやってこの国――それも中枢に近い中心? そう考えながら辿り着いた彼等に待ち受けていたのは――


 「やっと来たか。 これで予定通りに進める事が出来るな」


 そう言ったのは闇色の剣を持った男だった。

 こちらではやや珍しいトレンチコートのような服を身に纏い、傍らには地竜。

 周囲には黒の全身鎧が多数と巨大な影が複数。 最後に変わった服装の女性が一人。

 

 「掃除は任せた。 後は適当にやっておけ」


 男はそう言うと踵を返して城へと向かい、地竜がそれに続く。

 そしてその周囲にいた異形の者達が一斉に襲いかかってきた。

 兵士達は驚いたが、即座に冷静さを取り戻して応戦しようとした所で不意に先頭に居た男の首が飛んだ。


 兵士達に動揺が広がる。

 何の脈絡もなく首が飛んだからだ。


 「おぉ、感謝いたします。 つまりはこの者達を撫で斬りにして良いと言う事ですね。 素晴らしい。 さぁ、私が高みに至る礎となりなさい」


 女はいつの間にか腰に下がっている六本の刀の内、一本を抜刀して兵士達に切っ先を向け、着ていた羽織をはだけた。 その下に着ていたのは変わったデザインの服で、袖がなく背中が大きく開いていた。


 「どうしました? かかってこないのですか? ならこちらから行くとしましょうか」


 女はもう一本の刀を抜き、二刀で兵士達に斬り込んで行った。

 そしてその背後に居た者達がそれに続く。

 こうしてオフルマズドでの戦いは、彼等の想像を遥かに越えた唐突さで始まった。

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