第542話 「不安」

 レベッカとケイレブが方針を決めた翌日から本腰を入れて影の捕獲を開始する事となった。

 人数の増員、巡回範囲の拡大と強化。

 やや無理をして人員を捻り出したので、時間はかけられない荒業だ。


 それだけの事をしたにも拘らず影は捕まらなかった。

 元々、国の全域で目撃情報があり、気まぐれに時折現れる蜃気楼のように神出鬼没だった影だ。

 簡単には尻尾を掴ませてはくれず、成果の出ない日々に彼等は焦りを覚え始めていた。


 そしてある日、決定的な事件が起こってしまう。

 死者が出たのだ。

 被害者は民家に住む一人暮らしの男性。 いつまで経っても出勤しないので同僚が心配になって見に行ったら自宅で死んでいた。


 外傷はなし。 本当にいきなり死んだようにしか見えないような死体だったようだ。

 ただ、奇妙な点が一つ。 忠紋が消えていたのだ。

 忠紋は国への忠誠の証、消える事はまずありえない。 何故なら消えると言う事は国への背信を行い国民としての資格を失い、その命を失うのだから。


 忠紋とは国民を管理する為の印であると同時に裏切や情報漏洩を防ぐ為の措置でもある。

 背信が確定し、起動すれば肉体が爆散し、跡形もなく消えてなくなるはずだ。

 

 ――にも拘らず死体が残り忠紋のみが消滅している。


 不可解としか言いようがない現象だ。

 死体をテュケの下へ送り解剖などを行い、徹底的に調査したが不審な点はなし。

 アメリアですらさっぱり分からないと匙を投げた。


 その日から不定期に同様の事件が起こる事となる。



 「どう言う事だ!」


 ケイレブが苛立ちを乗せて拳をテーブルに叩きつける。

 場所は前回と同様、王城の一室。 王に不審者を取り逃がし続けているといった屈辱的な報告を終えたばかりなのでその機嫌はすこぶる悪かった。


 腕を組んで壁に寄りかかっているレベッカも苛立っているのか黙っている。

 アールはどうすればいいのか分からずおろおろとするばかりだった。

 

 「これは参ったな」


 前回は居なかったが今回は参加している人物がいた。

 アメリアだ。 レベッカが難色を示したが、彼女の考えも聞いておきたいと言ってアールが取り成したのだ。


 「犠牲者は現在七名。 性別や年齢などの共通点はなし。 老若男女問わずか」


 アメリアはテーブルの上に広げられた国内の地図へと視線を落とす。

 そこには事件の現場に印がつけられていた。


 「場所にも規則性はなし。 完全にランダムだ」

 「あの、亡くなられた方の死体から何か分からなかったのですか?」

 

 アールの質問にアメリアは首を傾げるだけだった。


 「もう死体は辺獄に持って行かれてしまったので、現物はないが調べた限りでは本当に何もなかったとしか言いようがないな。 外傷なし、腹を裂いてみたが臓器にも異常なし、唯一の異常といえば忠紋が消えていた事ぐらいか。 現場も見たが争った形跡もなし、はっきり言って突然死んだとしか言いようがないな」

 「有り得んだろう。 どうやったら人がいきなり死ぬと言うんだ。 聞き取りを行ったが、誰も彼も前日まで健康そのもので、体調の不良を訴えた者は一人も居なかったぞ」

 「それは理解しているよスペンサー将軍。 要は死体から分かる事はそれだけだと言いたいだけだ」


 結局、何もわからないと言う事だけが分かったと言う事だ。

  

 「消えた手段に心当たりはないのか?」

 「……と言うと?」


 ケイレブの質問にアメリアは首を傾げる。


 「そちらには魔石を用いた移動手段があると聞くが?」

 「あぁ、転移魔石の事を言っているのかな? だとしたら無理だと答えさせてもらおう」


 アメリアは服のポケットから魔石を二つ取り出す。


 「確かに転移魔石を使えばその場から消えるだけなら可能だろう。 だが、それだけだ。 あれには欠点があってね。 転移と銘打っているが実際は場所の入れ替えなんだよ」


 アメリアは二つの魔石を両の手で一つずつ持って持ち替える。


 「このように本質的には入れ替えるだけだ。 つまり、噂の影がそれを使っていると言うのなら消えたその場に魔石が残る筈だが……カールトン将軍、現場に何か残されていたかな?」

 「……何も見当たらなかったと報告を受けている」

 「そう言う訳だ。 もっとも、仮に転移できたとしても国外に出る事は不可能だ」

 「あ、あの、それはどういう事なんですか?」


 転移魔石について知識の乏しいアールが質問をぶつける。


 「良い質問だアール君。 基本的に転移魔石は条件さえ揃えば距離は関係ない。 ただ、それには例外がある。 空間的に魔法、またはそれに類するもので隔絶されている場合だな」

 「えっと、魔力障壁の類で周囲を覆えば転移はできないと言う事ですか?」

 「そうだ。 他に特定の付与を施した物体で囲んでも同様の効果が出るといった結果が出ている。 つまりは強力な魔力障壁と特別製の外壁に覆われたこのオフルマズドへ外から転移するのは難しい」

 「……難しい? 不可能とは言わないんですか?」

 「あぁ、実を言うとこの障壁には弱点があってね。 空間的に外と繋がっていれば転移は可能となる」


 アメリアの言っている事の意味が分からずアールは首を傾げる。

 

 「済まない。 少し難しかったかな? 要はどこか一部分でも穴が開いた状態であるのなら転移は可能と言う事さ」

 「穴――ですか?」

 「あぁ、この場合は内門と外門、後は港だな。 門であるなら両方開いている間は転移が可能だ。 付け加えておくが、理屈の上では可能というだけで今回の件とは無関係だと言っておくよ?」

 

 何か言おうとしたレベッカが無言で口を噤む。

 

 「内門、外門の開閉は片方ずつしか行わない上、物資の搬入時のみだ。 それも日中のみで夜間は一切開閉を行わない」


 ケイレブが黙ったレベッカの代わりに転移魔石の関与を否定する。

 レベッカとしては心情的にアメリアが何かやったという結論の方が気が楽だったからだろう。

 結局その説は犯行が夜間に行われているこの件とは無関係だという結論に至る。 


 「それで? 結局、色々言っているけど何もわからないってのがそっちの見解?」


 アメリアが肩を竦める。


 「これでも真面目に取り組んではいるのだが、いかんせん情報が少なすぎる。 その謎の影を一体でもいいから捕獲しないと話にならないとしか言えないな。 出現傾向も完全に無作為、空いている期間も早い時で三日、遅い時で十数日。 いつ来るか分からない物に備えろと言うのは些か厳しいな」

 「かといってやらないという選択肢はないだろう」


 結局、その日は情報確認だけに留まり、有効な手立ては特に出てこなかった。

 アールはこの手の話は門外漢なので疑問を挟むだけの参加のみだったが、ここまで長引くと流石に彼にも皆の苛立ちや焦りが伝わり不安になって行く。


 大丈夫なのだろうかと。

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