第524話 「吐露」
こんにちは……。 梼原 有鹿です。
今日はお休みだったのでぶらぶらと近くの散策を行っていたけど、どうもここ最近、オラトリアムの様子がおかしい。
何と言うかそわそわしていると言うか、落ち着かないと言うか――。
上手く言葉にできないけどそんな感じだった。
ちょっと前にトラストさんが遠くに出張に出たとかで居なくなった事を切っ掛けに他の部署――特に警備関係や戦闘関係の部署に動きが見られる。
後は首途さんとジェルチさんの所かなぁ。
ゴールド以上の免許保持者は全員招集されたって話だったけど、収穫班にはあまり関係がないので朝礼や夕礼の際に少し耳に入る程度の話しか知らない。
例の工場――じゃなくて研究所もフル稼働らしく、ジェルチさんの所の人も諜報活動とかで何人か外に出てるみたいだ。
明らかに何かの準備をしているように感じる。
怖くて聞けないけど想像は付く。
戦い。 もしかしたら戦争と言って良い程に規模の大きな物になるのかもしれない。
明らかに今までの魔物相手の戦いとは力の入れ具合が違う。 そう考えて体が震える。 怖い。
この穏やかな生活が脅かされるのが。 周りにいる自分の日常を構成する要素を破壊される事が。 本当に怖い。
不安をどうにかしたいと感じていたので、誰かに話を聞きたいと思っていたのだけれど……。
誰なら教えてくれるのかな?
まずは手近な所でジェルチさんか夜ノ森さんだけど、最近忙しいらしく家にいない事が多い。
次に上がったのはケイティさんだけど、転勤になって屋敷に居ない。
代わりにヴァレンティーナさんというモデルみたいな美人さんが居たけど、話しかけ辛いなぁ。
何と言うか美人なんだけどかっこいい系の人なので声をかけるのが躊躇われる。
後、スタイルがとんでもない! 何、あの高身長であの胸!?
加えて笑うと歯が光りそうな爽やかな笑み。 やだ……格好いい……。
ちょっと陽キャラ極めすぎてて遠くで見ている分にはいいけど気後れしちゃうなぁ。 その為、選択肢から除外。
そうなると首途さんかなぁ。
結局、その結論に落ち着いたので休みを利用して施設に向かっていたのだけれども――
「あ、開いてる」
途中、ある建物が目に入って足を止める。 教会だ。
以前に通りかかった時は閉まっていたからスルーしたけど、今日は入り口が開いてる。
ふと興味を惹かれて近寄ろうとした所で誰かが出て来た。
……あ、緑の人だ。
緑の人は傍目にも上機嫌なのが分かった。
「ふ、ふははははは! やっと僕の時代が来た! くぅ……長かった……」
足取り軽く、何かを言いながら首途さんのいる研究所の方へと小走りに去って行く。
何だろう? 何か良い事でもあったのかなと内心で首を傾げながら教会の中へ。
中は広々としており、日本で見た事あるような木製の長椅子が並び、下は絨毯かな?
ふかふかしてちょっと歩きやすい。
そしてその奥には――
「ようこそいらっしゃいました。 今日は――あら? 初めての方ですか?」
シスターが居た。
服装は修道服だけど普通の人間じゃない感じだ。
背中には羽、腕が六本、頭巾を被っているので、髪色等は分からないけど修道服は特注品らしく体格に配慮したデザインとなっている。
くるりと振り返ったシスターさんは何だか優しそうな感じの人だった。
「あ、どうもこんにちは! すいません、開いてたから気になってつい――」
「お気になさらず、ここは教会。 迷える子の為、門戸は広く開け放たれています」
そう言ってシスターさんは小さく微笑む。
わたしも笑い返してそこではっと気が付く。
「自己紹介がまだでしたね! わたしは梼原といいます。 収穫班で班長をやってます!」
オラトリアムでの基本行動その一! 初対面の相手にはまず自己紹介して味方である事をアピール!
その二! さり気なく身分を明かして必要以上に軽く見られないようにそれとなく予防線を張る!
この二つをやっておけば少なくとも相手はまともに話を聞いてくれる。
「ご丁寧にありがとうございます。 私はこの教会を任されているサブリナと言う者です。 何て事のないただの修道女ですよ」
そう言ってシスター――サブリナさんは微笑むが、彼女の放つ雰囲気がその言葉を否定していた。
何となく根拠のない直感だけど分かる。 多分、この人は怒らせちゃいけない人だと即座に理解した。
……何と言うか雰囲気が強そうな人に似てるんだよね……。
「さて、梼原さんでしたか。 見学でしたらご自由になさっても構いませんが、何かお悩みがあるのなら私で良ければ話を聞きますよ?」
サブリナさんはここでの事は私の胸の内に留めておきますので安心して欲しいと付け加えた。
それを聞いて少し悩む。 不安を誰かに相談したいといった欲求はあったけど、サブリナさんはその対象として適切なのだろうかと。
……ここは言わないと失礼になるのかな?
そう考えると言わなければいけないような気がするけど――うーん、そんなに悪い事じゃないと思うし話してみようかな?
意を決して話す事にした。
「あの――ここ最近の領内の不穏な空気が――」
わたしは腹に溜まっている悩みを吐き出すようにサブリナさんに話した。
最近の領内が物々しい事と恐らく大きな戦いの気配があると言う事。
それによりこの生活が何らかの形で脅かされるのではないのか。 もしかして自分も駆り出されるのではといった不安。
サブリナさんは黙って、時折相槌を打って最後まで聞いてくれた。
「……なるほど。 よく話してくれました。 まずは貴女の心配は杞憂に終わると断言しましょう」
話を聞き終わったサブリナさんは開口一番にそんな事を言い出した。
「領内が騒がしいのは貴女の言う通り、近々大きな戦いがあるからです。 ですが戦場となるのはオラトリアムよりはるか離れた地。 つまりはここが戦火に曝される事はありません。 ……だから心配は要りませんよ?」
「そ、そうなんですか!?」
「えぇ、それに戦力は足りているので非戦闘員扱いの貴女が駆り出されると言う事はないでしょう。 ですから今後も農作業に従事してオラトリアムの為に働いてください。 そうすれば貴女の生活は何の問題もなく続くでしょう」
あっさりと言い切ったサブリナさんは安心させるようにそう言い、口調からは嘘の類は一切感じられなかった。 つまり、わたしの生活は、日常は問題なく続くのだろう。
「よ、よかったぁ……」
安心したのか体から力が抜ける。
心の底からほっとした。 毎日が楽しかったからだろうか?
やりがいのある仕事、頼れる友人や知人、いい関係を築けた同僚。
大事だった。 自分の人生で、自分の力で得たかけがえのない財産だった。
だから、それを理不尽に奪われる事が心底恐ろしかったのだ。
わたしはこの温かい日常を本当に愛していると、痛い程に良く分かった。
心配が杞憂に終わって本当に良かっ――あれ?
気が付けばわたしは泣いており、サブリナさんにいつの間にかそっと抱きしめられており、六つの腕で背中を優しくさすられて、それが無性に心に響いてわたしは更に泣いた。
どれぐらい時間がたっただろうか、涙が枯れるほど泣いた私は酷くすっきりした気持ちでサブリナさんから身を離す。
「落ち着きましたか?」
「……は、はい、ありがとうございます」
大泣きしたのでかなり恥ずかしく、サブリナさんを直視できなかった。
それでも救われた気持ちになったので恥ずかしと思いながらも深々と頭を下げる。
「お陰で気持ちが楽になりました! 本当にありがとうございました!」
「いえいえ、この地に住まう者は皆等しく同胞。 その悩みを払えたと言うのなら私自身、これに勝る喜びはありません」
こう見えても聖職者ですのでとサブリナさんは優しく微笑む。
わたしも笑みで返し、不意に気になった事があったので質問する。
「そう言えばこちらはどのような神様がいらっしゃるんですか?」
聞きながら最奥の祭壇に視線を向けて――え!?
大きすぎて気が付かなかったけど巨大な像があった。
領主であるロートフェルトさんの。
恰好いい騎士が身に着けそうな全身鎧に何故か金棒みたいな巨大な武器らしきものを持っていたが、見覚えのあるその姿は間違えようもない。
「ここはロートフェルト教会です。 我等の創造神であるロートフェルト様を崇め奉るありがたい場所です」
「えぇ、本当にありがたい場所ですね」
そう同意するが実は半分以上本音だったりする。
この生活があるのもあの人のお陰だし、怖いけど感謝はしているんだよね。
その後、サブリナさんとお話をしていい時間になったのでお暇した。
気軽にまた来てくださいねと言われたので、時間を見つけてまた行こうと思った。
色々吐き出したお陰で気分もいい。
よし! 明日も頑張るぞ!
そう気合を入れてわたしは家路を急いだ。
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