第519話 「誘引」

 休めと言われてやる事がなかったので、どうした物かと考えながら嫌でも視界に入るミドガルズオルムを眺める。

 跳ね起きた奴の目的は一体何なのだろうか? 気になるのはこの後どう動くかだ。

 派手に暴れて住処を主張したいと言うのならこのまま人里を襲うのだろうか?


 だったら南側に誘導してオフルマズドに嗾けると言うのも手かもしれんな。 

 連中がどれだけ強いのかは知らんが運が良ければ相討ちにでもなるかもしれない。

 案の一つとしておこうか。 そんな事を考えていると、アスピザルといつの間にか起きていたヴェルテクスがこちらに近づいて来た。


 「さっきまでヴェルと相談したんだけど……一応、聞くけど、本当にあれと戦り合うの? ディープ・ワンの時と違ってあいつは僕達を狙っている訳じゃない。 逃げるのもありだと僕は思っているけど?」

 「逃げる必要があるのか?」

 「……いや、もう何の躊躇もなく言い切るその自信はどっから来るんだろうね……」

 

 アスピザル手で顔を覆って肩を落とす。

 

 「そいつとも話したが、仕留める場合はお前の手で行くしかなさそうだ。 要は本体を直接狙って中枢をやるのが一番確実だろうよ。 問題はその本体を引っ張り出す事だ」

 「ヴェルの言う通りだよ。 そもそもアレがどんな形をしているかも分からないからね。 最低限、胴体部分を地上に出さないと話にならないよ」

 「ならどうする? 出て来るまで待つのか?」


 俺がそう言うとアスピザルは小さく首を振る。


 「それもいいけど、いつになるか分からないし出て来る保証もない以上、こっちからアクションを起こして引っ張り出した方がいい。 さて、ここでちょっと聞きたいんだけど、あいつが跳ね起きたのってローの魔剣の所為だよね?」

 「恐らくそうだろうな」

 「ここで真顔で言い切る所、本当に怖いなぁ……。 つまりその剣はあいつにダメージを与えられる訳だよね」


 正確には苦痛だけで損傷と言う意味では微々たるものだろうがな。


 「だったらその剣で遠距離から砲撃してあいつを挑発して怒らせる。 後は胴体が出て来るまでローが逃げ切ればいい」


 アスピザルは分かり易いでしょ?と付け加えた。

 確かに大変分かり易くていいな。

 

 「後は全員でローのフォローだよ。 散って状況を見つつ援護。 取りあえず、ここまでが第一段階。 それで胴体が出てきたら第二段階。 薄そうな所を狙って僕とヴェルで取り付いて掘削。 何とかあの甲殻を抜くよ」

 「……で、穴が開けば突入だ。 そこからが第三段階となるが、中がどうなっているか分からねえ以上、中に入った後は流れに任せる形だな」


 ふむと考え――るまでもないか。


 「良いんじゃないか?」

 「……理解しているとは思うが一応言っておくぞ。 奴の注意を引くって事はお前が直接狙われるって事だ。 かなりヤバい事になる。 分かってんのか?」

 「そうだな」


 あのデカブツの気を引くだけでいいんだろう?

 簡単じゃないか。 何せ魔剣を適当に喰らわせて怒らせるだけなんだろう? 難しい事なんて欠片もないからな。

 

 「は、問題ないってんなら構わねえか。 なら位置やらの細かい打ち合わせをしてさっさと始めるぞ」


 方針が決まり、俺達はさっさと動き出す事となった。




 場所は変わってミドガルズオルムから少し離れた場所。

 俺はサベージに跨っていた。

 余計な荷物は近くに居たアンドレアの部下に預け、可能な限り身軽な状態にしている。


 アスピザル、ヴェルテクス、トラストはそれぞれ本体露出の際の掘削とその護衛だ。 

 国を覆いつくし、半日ほどで更地に変えた化け物。

 本来なら無視しても良いのだが、今回ばかりは話が別だ。 奴の特性は中々に便利である以上、手に入れておきたい。 恐らくこの後に控えているであろう戦いに備えて。


 当然ながらファティマには話している。

 別に無理はしなくてもいいと言っていたが、損得で考えろと言ったら絞り出すように必要ですと言い切った。

 

 首途が魔導外骨格の作成を始めている時点でタイタン鋼の恒常的な供給先は必要だ。

 それだけでも奴を仕留める理由に足る。 それに――首途には良い素材を渡して置けば将来、魔剣を捨てた時にザ・コア以上の武器を作ってくれるであろうことは間違いない。


 なら先行投資と考えれば多少なりともやる気が出ると言う物だ。


 「――そろそろか」


 呟く。

 配置についたと連絡が入ったからだ。

 では始めるとしよう。


 魔剣を第二形態に変形させる。

 赤黒い刃が割れ、俺の魔力を喰らってバチバチとドス黒い光が発生。

 発射。 黒い光線が真っ直ぐにミドガルズオルムの首の一本に突き刺さる。


 エンティミマスの連中がいくら攻撃しても歯牙にもかけなかった奴が苦しむように身を捩った。

 光線は奴の外殻を焼いているが貫通はしない。

 何て硬さだ。 目の当たりにしても信じられんな。


 さて、どう動く? やられっぱなしで終わるか?  

 ありえんな。 その証拠にミドガルズオルムの首が一斉にこちらを向く。

 どうやら本気になってくれたようだ。


 複数の首が一斉にこちらに突っ込んで来る。

 同時に地面が微かに揺れ、地中を何かが移動する気配。

 やはりアレで全部ではなかったか。


 一体何本あるんだ?

 でかすぎてわからなかったが、恐らく表に出ているのは四本。

 地底に居るのは――サベージが跳躍。 同時に空中を蹴って方向転換。


 一瞬前まで俺が居た場所を地底から出てきた首が通り過ぎる。

 サベージは鼻を細かく動かして臭いで来るタイミングを計っているようだ。

 左右から来る。 上に跳んで躱す。 目の前に巨大な影、首が叩きつけるように落ちて来る。


 宙を蹴って即座に横に躱す。 下から喰らいついて来る。

 ギリギリまで引き付けて、噛み付こうとした瞬間口の淵を蹴って回避。

 そのまま首の上を走り、跳躍。 距離を取る。


 俺は離れる前に魔剣の光線でさっきまで走っていた首を薙ぐ。

 全ての首が苦痛にのたうつが、すぐに持ち直して追いかけて来る。

 地面から数本の首が生えて来て追撃に参加。 首は全部で――九本か。


 思ったより多いな。

 サベージは次々と襲って来る首を躱し、時には飛び乗って撹乱していく。

 時折、小馬鹿にしたように鼻を鳴らしている所を見るとまだまだ余裕がありそうだ。

 

 ……それにしても――


 エンティミマスの跡地からそれなりの距離を稼いだはずだが、本体が出てこないな。

 どれだけ図体がでかいんだ。

 首は未だに喰らいつかんと肉薄してくるがその根っこらしき物が動く気配がない。


 視界の先に旧チャリオルトの山が小さく見えて来た。

 それにしても信じられん大きさだ。

 一体どこまで――


 不意に首がピンと張った糸のように伸びたまま動きを止める。

 内心で嘆息。 ようやくか。

 少し離れた所でサベージが着地。


 さて、どうする?

 何もしてこないなら魔剣で一方的に攻撃してしばらく苦痛にのた打ち回って貰うが、そうでないなら――……いや、来たか。


 不意に地面が振動。

 やっと本体のお出ましか。 一体どんな代物なのか。

 かなり離れた地で地面が爆発するように土や岩が噴出。


 ――そしてそれを起こした存在が姿を現す。

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