第514話 「壁抜」
休息を済ませ各々、目を覚まして探索は続く。
「何と言うか風景にほとんど変化がないから進んでいるか分からなくなるね」
アスピザルの言葉に誰も返事をしないが概ね同意と言った雰囲気だ。
周囲は暗く視界は通り辛い。 光源はサベージの鐙に引っかけているランタンとアスピザルが作った魔法による物のみ。
音は微かに聞える他の面子の息遣いとコツコツと床を叩く足音だけだ。
どうもアスピザルは沈黙が続くと間が持たないとでも考えているのか、時折声を上げたり他に話しかけたりしている。
――とは言っても、トラストは相手にしないし、ヴェルテクスは鬱陶しいと言った態度を隠しもしないので俺の方にばかり話しかけて来るのはいかがなものかとは思うが。
時折、サベージを触ったりしているが奴が嫌がると食い物を差し出して黙らせていた。
ちなみにいくら機嫌を取っても跨ろうとすれば振り落とされるので、乗ろうとするのは諦めたようだ。
一度、乗っていいかと聞いて来たので俺は一言、歩けと言って切り捨てた。
流石に奥へ行けば行くほど、魔物の攻勢は激しくなるが、例のゴキブリ擬き――ブラトディアはアスピザルに防がせて俺とヴェルテクスで薙ぎ払うといった最初と同じ対処法で問題なく処理できた。
ネマトーダに至ってはもう相手にすらならない。 出てきた瞬間にトラストに処理されてしまうので後衛の出る幕がないのだ。
気配は探知できないが、襲撃の際の揺れでどちらが来るかの予測は立てられるのでそろそろ苦戦しなくなったを通り過ぎて作業になりつつある。
出現の傾向も大雑把だが掴んだので、例の出現例が少ない人型とやらが出て来るまでは苦戦する事はなさそうだ。
「ねぇ、そろそろなんじゃない?」
アスピザルの言葉に頷く。
そろそろ行程の九割の消化となる。 もう数時間もしない内に行き止まりとなるだろう。
「やっぱりこのメンバーだと楽勝過ぎなんじゃない?」
「……そうかもしれんな」
前衛は俺とサベージだけでも問題ないにも拘らずトラストまでいるので、障壁を抜けて来たブラトディアは即座に殲滅できるし、アスピザルが居れば奇襲されても問題なく対処できる。
後はヴェルテクスの火力だ。 大抵の奴は一撃で仕留めてしまうので処理が早い。
出現する魔物のバリエーションが少ないのもこの状況に拍車をかけている。
楽なのは良い事なのだろうが、歯応えがなさすぎるのも問題か。
正直、飛蝗クラスの化け物でも出てこない限り、大抵の状況には対処が可能だろう。
そうこうしている内に気が付けば最奥に到達していた。
「今の所、一番奥ってここになるのかな?」
「そうだな。 少なくとも俺の仕入れた情報だとここで行き止まりだ」
「ふーん。 見た感じ、普通に行き止まりって感じだね」
アスピザルはそう言うと魔法で作った光源を移動させて周囲を照らす。
特に何もない、来る途中に散々見た天井や床と同様に硬い壁だ。
トラストは調べる気はないらしく周囲の警戒。 ヴェルテクスは壁を触ったり軽く叩いたりして感触を確かめている。 サベージは何故かふんふんと鼻を鳴らして周囲の臭いを嗅いでいた。
「……壁を調べたが妙な所はねぇな。 どうする? マジでぶち破んのか?」
ヴェルテクスはこいつを抜くのは骨だぞと付け加える。
元々、そうするつもりだったし、予定を変えるつもりもない。
それにどう見てもここが最奥とは考えにくい。
ここでだらだら時間を潰すのも無駄だしさっさとやるとしよう。
魔剣を第一形態に変形させる。
円環状に浮遊する刃が音もなく高速で回転。
「下がってろ」
そう言って全員を下がらせて魔剣を壁に叩きつける。
凄まじい音がして装甲のような壁がみるみるうちに削り落とされて行く。
「どうだ? 行けるのか?」
「あぁ、時間はかかるが穴は開きそうだ」
面倒なので第二形態を食らわせる事を考えたが流石にここで派手に魔力を使うのは不味い。
穴を開けたのはいいがガス欠で動けませんでは笑えんからな。
手間はかかるが燃費の良い第一形態で地味に穴掘りといこう。
「うーん。 何だったかな……」
アスピザルは後ろで唸っているが、さっきから何だお前は?
振り返った俺に気付いたのか奴はバツが悪いといった表情を浮かべる。
「いや、ほら、何かどこかと雰囲気似てるって話したじゃない?」
「そう言えば入った時にそんな事を言っていたな」
「うん。 何と言うか喉元まで出かかってるんだよ」
あぁ、そうかい。
心底どうでも良かったので掘削作業に集中。 ゆっくりと魔剣が壁に埋まって行くのを見ていたが、不意に抵抗が弱まり一気に沈み込む。
「何だ?」
感触が明らかに変わり――何かが噴き出した。
至近距離だったのでそれを思いっきり引っ被った俺は思わず顔をしかめる。
液体でそれなりに温度が高い。 ついでに鉄臭い味もするな。
……これは――血か?
「あ、思い出した」
俺がそう考えたのとアスピザルが声を上げたのはほぼ同時だった。
「ねぇ、ロー。 ここってダンジョンじゃなくて――」
不意に地面が小刻みに揺れる。
地震か? いや、違うな。 これはまさか――
「――物凄い大きな生き物の腹の中だったりしない?」
それを聞いてアスピザルがこのダンジョンの雰囲気に何を連想したのかを悟った。
あいつだ。 ディープ・ワン。 奴の体内に雰囲気が似ている。
かつて獣人国に現れた巨大なシーラカンスに似た怪魚。
その圧倒的な質量にも拘らず空中を移動し、空から大量の眷属を降らせてウズベアニモスという国を蹂躙した怪獣。
結果、一国を滅ぼした大災厄だ。
……滅んだ原因は俺が空中で仕留めたからだったりするんだが。
まぁ、俺には実害がなかったし些細な事か。
「でかい生き物の腹の中ってのはマジっぽいな」
ヴェルテクスがその辺に散った液体に触れて調べていた。
引っ被った俺も全くの同意見だ。
「あ、あの、ロー? 多分だけど、装甲抜いて生身の部分に傷がついたから痛みで跳ね起きた感じじゃないのかな?」
アスピザルはだから一度引き抜いたほうが良いんじゃないと言っているが何を言ってるんだ?
折角掘ったんだから貫通するまで掘るに決まってるだろうが。
「ちょ、ちょっと? 揺れが酷い事になってるんだけど、やっぱり一度抜いて確認したほうが――」
「おい、もう面倒だ。 一気に焼いちまうぞ」
ヴェルテクスは手を翳すと周囲に光の玉が現れる。
俺は無言で下がり魔剣を第二形態に変形。
消耗を抑えたかったが、まぁいいだろう。 ダラダラやるのも面倒になってきた所だ。 こっちの方が早いからやってしまうか。
同時に発射。
魔剣から放たれた闇色の光とヴェルテクスから放たれた光が同時に俺が穿り返した傷口に突き刺さる。
瞬間、地響きが一気に大きくなった。
「わ、ちょ、ちょっと! これ不味いんじゃないかな!」
立っていられなくなったのかアスピザルが思わず膝を付く。
「効いてる証拠だろ? さっさとぶち抜いて仕留めちまうぞ」
同感だ。 俺は魔剣に更に魔力を送り込んで威力を上げる。
ダンジョン全体が苦痛に身を捩るかのように振動していく。
随分と痛そうに――あぁ、そうか。
魔剣を一瞥。 そう言えばこいつには苦痛を増幅する能力があったな。
それでサイズを考えるなら針で刺したような傷でものた打ち回る程の痛みになったと言う訳だ。
なるほど。 すっかり失念していたな。
まぁ、手を緩める気はないから死ぬか穴が開くまで食らわせ続けよう。
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