第513話 「目的」

 ランタンを挟んで向かいに腰を下ろしたアスピザルに俺は視線だけを向ける。


 「まだ起床まで時間がある。 寝られるうちに眠っておいた方が良いんじゃないか?」

 「そうしようかとも思ったけど、聞きそびれた事があったからさ。 いい機会だし聞いておこうかなって」


 俺はややわざとらしく溜息を吐く。

 どうせ暇だし聞くぐらいはしてやってもいいだろう。 


 「言ってみろ」

 「ローの旅の目的だよ」 

 

 目的? 特にないが? 強いて挙げるなら自分探しだな。

 その過程で何故か邪魔が入るから問題の元を消去しようとしているだけだ。

 

 「特にはないな」

 「い、いや、何かあるでしょ? こう――えっと、ほら、あれだよ…………自分探し的な……」

 「何だ分かっているじゃないか、お前の言う通り自分探しだ」


 分かり切った事を聞くな。

 俺がそういうとアスピザルが何とも言えないと言った複雑な表情を浮かべ、何か言おうと口を開閉させた。

 

 「質問は以上か? ならさっさと寝ろ」

 「あ、いや、え? 自分探し? 本当に? 何かこう強くなりたいとか観光したいとかじゃないの?」

 「一応、観光は目的に含まれては居るな」


 見ごたえのある景色の場所に辿り着けばそれなりにいい気分にはなれるからな。

 ただ、筥崎に自分の存在についての指摘を受けた以上、俺は果たして今まで通りに雄大な景色を美しいと思えるのだろうか。


 我が事ながら自信が持てないな。

 

 「あのーもしかしてこれってはぐらかされてる感じだったりする?」

 「そうとしか答えられんからな。 好きに解釈しろ」

 

 アスピザルは探るような目でこちらを見るが本当に何もないのでそうとしか答えられない。


 「……分かった。 じゃあこの後の予定は? 当然、オフルマズドの件を片付けてからの話だよ?」

 

 ふむ。 オフルマズドまで行ってしまうとこの大陸は縦断した形になるな。

 通り過ぎて行っていない場所もあるのでそちらへ向かってもいいが――まぁ、恐らくは―― 


 「海を渡る事になりそうだな」  

 「他の大陸に行くんだね」

 「……恐らくそうなるだろう」


 この世界には巨大な大陸が三つ存在する。

 今、俺が居るヴァーサリイ大陸。 次にその西側に存在するリブリアム大陸。 そしてその更に西にあるのがポジドミット大陸。


 今の所、候補に挙がっているのは隣のリブリアム大陸だ。

 隣と言ってもそれなり距離があるので移動するに当たって船が要るな。

 

 「一応、聞くけどまさかオフルマズドから船を出すの?」

 「それが――あぁ、そういえばそうだったな」


 返事をしかけて気が付いた。 大陸南西にはもう一つ、先に挙げた物に比べれば小さい大陸がある。

 たった一つの国家に支配された大陸と言う名の国だ。

 神国クロノカイロス。 グノーシス教団の本国・・で連中の巣窟という可能であれば一生近づきたくない場だ。


 あの近海には連中の航路が存在する。

 その為、船で移動するのは危険ではないのかと言いたい訳だ。

 まぁ、言われてみればそうだな。 捕捉されて厄介事の種を増やすのも馬鹿らしいし、一度オラトリアムに戻って獣人国から船を出すのもいいかもしれんな。


 「最終的には世界一周ってところ?」 

 「まぁ、差し当たってはそうなるな」

 「僕が知りたいのはその後だよ。 君は世界を見て回った後にどうするつもりなのかなって思ってさ」


 何を言っているんだこいつは?


 「また旅に出るが? 少なくとも俺にとって旅は終わらせる事はできるが、終わらない物だ」


 もし終わりがあると言うのなら俺がもう充分と思える時だろう。

 それを見つけるまで俺はいつまでも旅をしよう。

 

 ――あなたの正体は亡者。 死ぬために生きている亡者。

 

 不意に筥崎の言葉が蘇る。

 果たして亡者である俺は生きるに足る目的を見つける事が出来るのだろうか?

 それとも旅の途中で斃れるのだろうか?


 正直、それでもいいとは思っているが、好き好んで死にたい訳じゃない。

 だから、可能であればこの旅の間に何かを掴みたい所だ。

 

 「……何と言うか、ちょっと変わった?」

 「特に自覚はないな」


 アスピザルは小さく唸りながら首を傾げる。


 「うーん。 何だろ? 王都で別れた時と比べると――ちょっと焦ってる?」

 

 ……焦る?


 言われた言葉の意味を考える。

 焦る。 焦るか。 そう聞いて少し腑に落ちた気分になった。


 「……かもしれん。 もしかしたらお前の言う通り、焦っているのかもな」

 

 当てのない旅で目的らしき物はあるのに手掛かりがほぼ皆無と来た。

 もしかしたら思考のどこかに焦燥感のような物を感じているのではと言われると否定できんな。

 その言った当人は何故か目を丸くしている。 何だその反応は?


 「や、まぁ、何と言うか、素直に認めるとは思わなかったからちょっとびっくりしただけだから」


 視線で意図を察したのか取り繕うようにそう言うが、俺はこいつの観察眼は大した物だと少し感心したぐらいだ。

 前々から思ってはいたが、恐らく感覚的に人の感情の機微や思考の傾向を読み取る事に関しては特に秀でている。 そうやって今まで敵味方を判別していたんだろう。

 

 奴の周囲にいる夜ノ森や石切を見ればその観察眼は確かだ。


 「……それで? そんな事を聞いてどうするつもりだ?」


 はっきり言ってお前には関係ないだろうが。

 

 「そうでもないよ。 僕達がお世話になっているオラトリアムでは君の影響力は計り知れない。 配下に収まって生活しているけど、あそこはいい所だね。 部下もあっさり馴染んだし、僕自身も居心地がいいと思っているから、可能な限りそれが損なわれるような要因は潰しておきたいんだよ」

 「別にお前等が裏切らん限りどうこうする気はないが?」

 「いや、ローになくてもファティマさんにはあるかもしれないでしょ? もし君に何かあったらあの人は確実に歪む。 それも悪い方に」

 

 アスピザルの表情がいつの間にか真剣な物に変わっていた。


 「今だからぶっちゃけるけど、最初は君の事をいい感じの拾い物ぐらいにしか思ってなかったんだ。 一応、協力関係とは言え僕が依頼を出す立場だったから雇用、被雇用に似た関係って意識もあったのかもね」


 ただ、とアスピザルは続ける。


 「いつの間にか力関係が逆転しちゃってたからね。 正直、こっちは組織、ローは個人だから実力差があっても数でどうにかって考えはオラトリアムを見せられた時と霊山襲撃の時、シュリガーラやレブナントの戦いぶりを見て粉々になったよ。 今だから言うけど、あの辺りから僕はローの事がちょっと怖いと思っていたよ」

 「……そう言えば、夜ノ森も似たような事を言っていたな」

 「あ、そうだったんだ。 梓ってはっきり言うタイプだからね。 何かしら言っているとは思ってたよ」

 

 別に何もしなければ何もしないから怖がることもないと思うがな。


 「思えばあの時点で、不味いなと思ってたけどゲリーベを焼き払ったのを見て、とんでもないのを引き当てたなってちょっと笑っちゃったよ」

 

 そうか。 特に何も感じなかったので、適当に流す。

 

 「でも会えて良かったとも思っているよ。 さっきも言ったけどオラトリアムは居心地はいいし、何よりご飯が美味しい。 梓や最近来た石切さんも楽しそうだしね。 ……だから、僕は今の生活を守りたいと思ってるんだ。 その為にはローがいつまでも元気でいてくれる事が必須って訳さ」

 

 そう言ってアスピザルが立ち上がる。

 

 「テュケを潰したいのは僕の都合でもあるけど、君を勝たせたいのは立場上の都合って言うのもある。 ……何が言いたいのかと言うと、ちょっとは信用してくれると嬉しいなって話だよ」


 そう言うとひらひらと手を振って寝床に戻って行った。

 

 ……要は腹を割って話そうと言った所か?


 味方アピールのつもりなのかは知らんが、別に裏切らん限り俺からは何かをする気はないし、必要以上の期待をかけるつもりもないな。

 俺は何も変わらない。

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