第495話 「交差」

 武者はそのまま走り抜け、クリステラは片足を切断されて脱落。

 崩れつつある大剣から落下していった。

 障害を排除した武者は真っ直ぐに聖女へと肉薄。


 「――くっ!」


 聖女は向かって来る武者を迎え撃つべく、聖剣から限界まで力を引き出す。

 知覚が大きく引き伸ばされるが、武者の動きはそれすらも凌駕した。

 武者は自らの全てをこの一撃に込めて踏み込む。


 完璧なタイミング、完璧な間合い。 これは通ると確信。

 首を一撃で刎ね飛ばす。 聖女も聖剣で仕掛けようとしているが技量という明確な差によって攻撃を繰り出すのが致命的に遅れた。


 武者の刀が聖女の首に――

 



 ――時はほんの少しだけ遡る。


 片足を失ったクリステラは痛みに耐えながら何とか立ち上がろうともがいていた。


 「御無事ですか!」


 近くに居た聖殿騎士が肩を貸して立ち上がらせる。

 クリステラはそれに応えず自分を斬った武者の姿を探し――すぐに見つかった。

 明らかに聖女を捉えており、勝負を決める気だ。


 何とか止めようと考えるがこの足では――

 クリステラは必死で考えて、何かに気が付いたようにはっと小さく目を見開く。

 彼女はおもむろに聖殿騎士の襟元に手を伸ばす。


 「な、何を――」

 「借ります」


 首にかかっていたグノーシス教団のシンボルである首飾りを引っ張り出しそのまま千切り取る。

 賭けでしかなかったが今の自分にできる事はそれしかなかった。

 首飾りを握りしめ、クリステラは祈る。 


 ほんの少しでいい。 聖女ハイデヴューネを救う力を――

 潰さんばかりに握りしめ、目を閉じた。

 


 

 ――聖女の首を過たずに捉えた必殺とも言える斬撃はその狙いを逸らし彼女の兜を切り裂いただけに留めた。


 武者は驚愕を感じ自らの足を見た。

 片足がなくなっていたのだ。 反射的に振り返るとその先に原因が居た。

 クリステラだ。 彼女は背後に何か羽のような輪郭を背負い、目は異様な輝きを帯びており、真っ直ぐに武者を見据えている。


 『ρετριβθτιωε ξθστιψε正義


 それは彼女がかつて使えた『正義』の権能。

 自らの損傷を相手にも与えるそれは武者から片足を奪い去ったのだ。

 使えたのはほんの刹那の出来事で、クリステラは力尽きたかのように意識を失った。


 だがその刹那は勝敗を明確に分けたのだ。

 結果、武者は攻撃を外し聖剣による反撃が間に合った。

 聖女の兜が破壊されてその素顔が露わになり、金の髪が散るように広がる。


 武者は動けずにそれを見る事しかできなかった。

 聖剣は武者を袈裟に両断。 その仮初の命を完膚なきまでに粉砕。

 瞬間、武者は自らの敗北を悟る。


 ――あぁ、結局自分は最期まで何も守れなかった。


 諦観と絶望の中――武者は願う。

 誰でもいい。 どうか、自分の無念を――誰か――

 纏まらない思考の中、彼は最期に戦友や在りし日の仲間達に詫びる。


 ――すまない――


 「――――!!」


 武者は声にならない咆哮をあげ、目から血のような涙を流しながら消滅。

 残骸も辺獄の風に攫われて消滅。 後には何も残らなかった。 

 聖女は肩で息をしながら周囲を確認。 脅威が去ったと判断して僅かに警戒を解く。


 「動ける者は負傷者の手当てを! 早く!」


 素顔を露わにした聖女の声にその場の全員が弾かれたように動き出す。

 負傷者を集めて治療系の魔法や魔法薬を持った者達が次々と治療を施していく。


 「聖女様!?」

 「ちょっ!? 兜! 顔、顔!」


 聖女自身も率先して動いていたが、無事だったエイデンとリリーゼに捕まって引っ張られて行った。

 

 「あ、二人とも無事だったんだ。 良かった……」

 「いや、心配してくれるのは嬉しいんだけど、顔隠さないとダメでしょ! ほら、髪やりますからそこに座ってください。 エイデン! その辺から無事な兜拾ってきて!」

 「分かったよ姉さん」


 リリーゼは無理矢理座らせた聖女の髪を腰のポーチに入っていた櫛で簡単に整えて結わえる。

 聖女は気持ちよさそうに目を細めてされるがままだ。

 

 「ありがとうリリーゼさん」

 「……はぁ、無事なのはあたしも嬉しいですけど、顔隠さないとダメなんですから気を付けてくださいよ。 本当に……」

 「あはは、ごめんね」


 髪形のセットが終わったタイミングでエイデンが比較的無事な兜を拾ってきて被せる。

 落ち着いた所でエルマンと聖殿騎士に肩を借りたクリステラ、魔力を使い果たしてフラフラのグレゴアとゼナイドが集まってきた。


 「……何とか勝てたな」

 「エルマンさん……」

 「一応、少し落ち着いたので簡単に損害を報告するぞ。 まずはグノーシスだが、損耗はざっと八割って所か、かなり無茶をしてやがったからな。 痛いのはマーベリックを筆頭に聖堂騎士が全員死んじまった事だ。 それとこっちの損耗は約六割、ユルシュルの連中は全滅していた。 ……まぁ、さっさと逃げようとして孤立した所を潰されたようだがな」


 エルマンは失った腕が痛むのか表情を歪める。


 「痛つつ、後は負傷者だな。 こっちの聖堂騎士は奇跡的に全員残ったが、戦闘は厳しい。 俺は片腕、クリステラは片足をやられてる。 ここじゃ風化が早いのか切断された手足はもう使い物にならん。 治療のしようがないから神殿で再生させる必要がある。 ゼナイドの嬢ちゃんは魔力切れで立ってるのがやっと、グレゴアはそれに加えて戦闘での消耗が激しい。 俺も持って来ていた魔法薬で多少は回復したが動くのがやっとだ」

 「分かりました。 僕はまだ動けるので、少し休んだら街に向かいます」

 「……あぁ、ただ一人で行かずに、動けそうな奴を何人か連れて行け」

 

 エルマンの言葉に聖女は頷きで返す。

 その後、エイデンとリリーゼに他数名を連れて聖女は街へと入る事になり、他は街の近くで待機となった。

 現状、辺獄種の増援は現れていないが油断はできない。

 急いだ方がいいと判断して聖女は街へと向かう足を早めた。

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