第496話 「魔剣」
あの変わった全身鎧の辺獄種を倒した事によって街を塞いでいた柱は消え失せて、街への道が開いていた。
門を潜った僕――ハイディは油断なく聖剣を構え、街へと入る。
疲労はかなりの物だけど休んではいられない。
早く話に聞いた魔剣を探さないと――
「例の魔剣なんだけど、何処にあると思う?」
「まぁ、一番分かり易いのはあの城よね」
僕の質問に真っ先に答えたのはリリーゼさんだ。
確かに街の中央で圧倒的な存在感を示す、巨大な城。
大事な物を置くとしたらあそこが一番怪しい。
「うん、僕もそう思うよ。 じゃあまずはあの城を調べようか」
特に異論は出なかったので真っ直ぐに城へと向かう。
僕を先頭に他は周囲を警戒しつつ慎重に進む。
――この街は一体何なんだ?
さっき戦った辺獄種もそうだったけど、気になる事が多すぎる。
第一に彼は明らかに他の辺獄種とは違う。 明確な意思と信念を持ち、僕達――特に聖剣に向ける怒りは本物だった。 辺獄種は魔物と言われていたが、彼をそう呼ぶ事には抵抗があった。
それほどまでに明確な感情を以って戦い、そしてそれは他の辺獄種も同様で最後の攻撃を放つ直前に仲間に力を与える為に自ら消滅を選んだ。
敵ではあったけど、魔物と戦っている気がしなかった。
……それに……。
消滅の瞬間にあの辺獄種が見せた涙。
あれは自分の無力さを嘆く人間が流す涙に見えたからだ。
それだけに分からない。 辺獄種とは一体――。
分からない事が多かったが、疑問に答えてくれそうなマーベリック枢機卿は命を燃やして死んでしまった以上、もう聞く事はできない。
彼の言葉を信じて戦ったけど、これで良かったのだろうかと言う疑問が拭えないからだ。
確かに辺獄種は将来的に脅威となる。
その点は疑っていない。 少なくとも彼等の見せた憎悪は全体の総意とみていい。
生者への怒りと憎悪。 それをぶつける先を渇望しているとさえ言って良いだろう。
辺獄種は死者の成れの果てと言う話だけど、あそこまでの憎悪を総意として維持し続けるのは難しいのではないのだろうか?
僕にはとてもじゃないが維持できるとは思えない。 これは人間にも言える話だけど、大勢が完全に一枚岩になると言う事は不可能とは言わないけどかなり難しい。
何故なら皆、それぞれ意思を持っており、それぞれ違った考えや気持ちを持っているからだ。
僕達も教団の足並みをそろえる為に相応の苦労はしてきた。
何度も話をし、根気強く説明をして、時には実利を示す。
そこまでやってようやく皆が力を貸してくれるようになる。 だからこそあそこまでの一体感を示せる辺獄種達の士気の高さに違和感を覚えたのだ。
単に憎しみに突き動かされているだけならそこまで気にもならなかったけど、彼等は仲間の為に自らの憎悪を捨てる事すら厭わなかった。 その一点が僕に疑問を抱かせる。
……気になる事は他にもある。
この街だ。
ここは一体何なんだろうか? 彼等の街と言う事は理解しているし疑いようのない事実だ。
だけど、何故辺獄に存在するのかが分からない。
彼等が築いた物と考えるのが自然なのだろうけど、ここにあること自体が不自然なのだ。
視線を巡らせて街並みを軽く見回す。
激しい戦闘があったのか、あちこちに激しく破壊された状態ではあったが立派な街並みであったことは良く分かる。
店舗らしき物や家屋などもあったが、出入り口に家具を積んで防壁にした跡のような物も散見された。
「……何か、戦闘の後って感じね」
僕と似たような事を考えていたのかリリーゼさんがそう呟く。
エイデンさんは余裕がないのか小さくそうだねと答えるだけで、周囲の警戒に力を入れていた。
それを見て僕も気を引き締める。 余計な事は後で考えよう、今は目の前の事に集中するべきだ。
――そう考えてはいたけれど、裏腹に街は静かなままで何の気配もなかった。
特に妨害を受けずに城に辿り着いたが、不意に聖剣が反応する。
何となく手を引かれている感じがする。 これはもしかして導かれているのか?
それに従って城の裏手に回る。 そこには荘厳と言うにふさわしい造りの神殿があった。
近づくにつれて聖剣の反応と警戒が強くなる。
何となくだけど予感がした。 魔剣はここにあると。
「……多分、あの中だと思う。 エイデンさん鎖と鞘の準備を」
僕の指示にエイデンさんは無言で頷いて回収した魔剣を封じる為の鎖と鞘を取り出す。
神殿は特に破損が酷く、激しい戦闘があった事を物語っていた。
正面の門は完全に破壊されており、侵入は容易だった。
僕達は慎重に内部へと足を踏み入れる。
かつかつと硬い足音だけが耳に入り、それ以外は何の音もしない。
聞こえるとしたら緊張しているのかエイデンさんを筆頭に聖殿騎士の皆のやや荒い呼吸音ぐらいな物だろう。
それからしばらくの間、無言で進み続けると最奥らしき場所が見えて来た。
足を踏み入れたそこは広々とした空間で、台座とそこに剣が一本刺さっている。
刃は勿論、柄までが真っ黒の剣で、禍々しい魔力を周囲に放っているのが分かった。
……間違いない。
いや、間違えようがないというべきか。
あれが魔剣だ。 雰囲気こそ真逆だが、その存在感は僕の腰にある聖剣とよく似ていた。
近づくと魔剣から漏れる魔力が勢いを増す。
まるで近づかれるのを拒むかのように。
「始めます」
エイデンさんがそう言うと僕の方へ確認するように視線を向けて来るので頷きで返す。
それを見たエイデンさんが直接魔剣に触れないように気を付けながら鎖を巻き付ける。
鎖で縛る前の魔剣には絶対に触らないようにとマーベリック枢機卿にかなりきつく言われていたからだ。
すると魔剣から放たれる魔力が弱まる。
そこで僕が前に出て、ちらりとエイデンさんに目配せ。
彼は頷いて鞘を準備する。 それを確認した僕は柄に手をかけて引き抜く。
かなりの抵抗があったが強引に引き抜いて、素早く鞘に納め、鎖で雁字搦めにして抜けないように厳重に封じた。 そこまでやってようやく魔剣から魔力の漏出が収まったけど――
完全ではないようだ。
抵抗するかのように鞘の隙間から光が少し漏れている。
これで目的は達成――でいいのかな? その証拠に聖剣も沈黙していた。
僕は少しだけ肩の力を抜こうとしたが、次いで響いた地響きに再度身構える。
周りの皆も各々武器を構えるが、この揺れ方は何かが来るような感じじゃない。
「……これってまさか、崩れる感じじゃない?」
リリーゼさんの言葉に僕ははっとなって即座に指示を出す。
「皆! 走って!」
彼女の言葉を肯定するように壁や床に亀裂が入り始めた。
これは急がないと不味い。
僕は皆を連れて出口へと駆け出した。
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