第494話 「護剣」

 聖剣の刃が武者の防具の守りを突破してその体を切り裂く。

 

 「――――!!!」


 苦痛の声なき叫びが漏れる。 咄嗟に籠手を割り込ませたが聖剣の刃は籠手ごとその身を切り裂き、肉体を内部から焼く。 致命傷は避けたが、損傷は甚大だ。

 負けたと武者の心の片隅でそんな声が響く。 だが、彼の魂はそれを許容しない。

 自由の利かない体に鞭打って倒れずに地面を踏みしめて立つ。


 「っ!? まだ動けるのか!?」


 聖女が追撃をかけようとするが武者は即座に後ろに跳んで躱す。

 そのまま着地しようとしたが失敗して転倒。 無様に地面に転がる事となった。

 必死に身を起こしながら歯軋りをする。


 負けられない負けたくない。 こんな所で斃れる訳にはいかない。


 自分がここで斃れたら、誰が、誰が死んでいった仲間たちの思いを、戦いを、そして何より無念を抱えて行けると言うんだ。


 その一念が武者を突き動かすが、その場に居た生者達はそれを許さない。

 立て直したクリステラが斬りかかって来る。

 転倒した武者にそれを防ぐ術はなかったが――斬撃は届かなかった。


 「っ!?」


 クリステラから微かな動揺が伝わる。


 二者の間に割り込んだ者が居たからだ。

 辺獄種。 それも身なりからして元は位の高い騎士だったであろう者がクリステラの刃から武者を身を挺して守ったのだ。


 それに続くように次々と辺獄種達が聖騎士達を突破して武者を庇うようにその前に出る。

 武者はその姿に驚きを露わにする。 この地で自我を持っているのは自分だけで他の者は指示を出せば従うがそれがなければ基本的に手近な人間に襲いかかるだけしかできない筈だったのだ。 


 辺獄種は生者への憎悪で形作られている。

 その為、自我のない者は近くに生者が居ると本能的に襲いかかってしまうのだ。

 例外は守護者たる武者の命令だが、彼は聖剣を抑える為に前に出ざるを得なかったので指揮を執る事が出来なかった。 その為、生者を蔑ろにして武者を庇うような行動は取れない。


 ――なのに――


 何故と武者は思う。


 何故、彼等は自分を振り返って敵に向かっていくのだと。

 何故、手近な生者に襲いかからず庇うように敵に立ち塞がるのだと。

 何故、自分に肩を貸して立ち上がらせ、その場から逃がそうとしているのだろうと。


 辺獄種達は聖女達に挑みかかる。

 その動きは生者を憎む者ではなく、守る為に戦う者のそれだった。

 強引に突破したお陰で生き残っている聖騎士達も追撃をかけて来るが、彼等は気にする素振すら見せずに武者の退路を守り続ける。


 結果、後ろから斬られる事になろうとも彼等は一歩も引かなかった。

 武者の耳に聞こえる筈のない仲間たちの声が響く。 


 ――我等は護国の剣。 国と民、そして世界と友の為に。


 武者はやんわりと自分に肩を貸してくれている仲間を振りほどく。

 彼の心に風が吹いた。 それは全ての憎悪と憤怒を一時の間とは言え消し去る程、強い風だった。

 それほどまでに彼の目には仲間達の背は誇らしく尊い物だったのだ。

 

 辺獄種達を突破して武者に迫ろうとしている聖女達。

 刀を構え力を振り絞る。 彼は予感していた。

 この一撃で戦いの趨勢が決まると。その為、放つのは全霊の一撃。


 地面に小さく円を描いて力強く踏みつけ、武者は自身に残された全てを燃やす。

 まともに機能しない全ての煙道と轆轤を全開にして力を引き出すべく精神を集中。

 彼の持つ技の中で最大の破壊力を持つ正真正銘の切り札を放つべく魔力を集めるが――


 彼の体のあちこちが小さく爆ぜる。

 循環する魔力に耐えられなかったのだ。 だが、武者は集中を切らさない。

 勝利の為、そして何より仲間と戦友との誓いの為に。


 侵略者共め。 この地は断じて渡さない。

 



 負けられないのは聖騎士達も同じだった。

 辺獄種を放置すれば将来的に世を脅かす脅威となる。

 世界は勿論、家族や故郷、仲間を守る為に彼等はここに集い命を燃やしていたのだ。


 聖女は向かって来る辺獄種達を次々と聖剣の一撃で消し去っていたが不意に攻勢が消える。

 比喩ではなく消えたのだ。

 その場に居た全ての辺獄種達が動きを止め砂のように崩れて消え、光の粒子となった。


 「辺獄種達が――」

 「あれを!」


 クリステラの言葉で聖女ははっと武者へと視線をやると消えた理由が分かった。

 光が集い、武者の傷が凄まじい速度で癒されて行き、その体からは魔力が溢れている。

 恐らく辺獄種達は武者に全てを託して消滅したのだろうと思ったが、同時に聖剣から最大級の警告が発せられた。


 「いけない!」


 警告を発するが遅い。

 武者の全霊の一撃は完成したのだ。

 納刀した武者は大きく柏手を打った。 同時に地面が激しく揺れる。

 

 それは地震などではなく屹立の余波だ。

 武者の背後から巨大な柱が四本。 天に向かって立ち上がる。


 ――違う。


 聖女は即座に否定。 大きすぎて分からなかったが、先端を見ると良く分かった。

 腕だ。 巨大な腕が複数、天に向かって伸び、その手には腕に見合ったサイズの巨大な剣が握られている。

 巨大すぎるその腕の全長は剣を含めて数百メートル。 かつて獣人国に現れた巨大怪魚ですら一撃で両断できるその剣は真っ直ぐに聖女達に振り下ろさんと構えを取った。


 聖女達を半包囲する形で配置された腕は一切の逃亡を許さないと力を漲らせている。

 

 そして――


 『<■■■■■■■■■■■■■■■■■■■>』


 ――武者が柏手を打つと同時に全ての大剣が振り下ろされた。

 

 「お前等全員下がれえええええええええ!!」


 驚愕した聖女達の脇を通って前に出た男が居た。

 エルマンだ。 彼は隻腕に死んだオーエンが残した大盾を構えて全員の前に立ち塞がる。

 意図に気が付いたグレゴアがそれを支えて、他の聖騎士や聖殿騎士達も次々と集まった。


 大剣の直撃する直前、大盾の結界の形成が間に合い、接触――同時に凄まじい衝撃と圧力がエルマン達に襲いかかって来る。

 盾に触れている全員が渾身の魔力を盾に注ぎ込んで必死に結界を維持。


 聖女達が駆け寄ろうとしたが、合流していたゼナイドが制止する。


 「待って下さい。 お二人にはまだやって貰う事があります! それまで温存を!」


 そう言って彼女も結界の維持に加わる。

 ゼナイドはそう言ったが、二人は黙ってみているつもりはなかった。

 クリステラは小さく聖女に目配せをすると察したのか頷きで返される。


 大剣は刻一刻と障壁を押し潰さんと迫っており、次々と魔力が尽きて聖騎士達が倒れて行く。

 押し切られるのも時間の問題だった――が、振り下ろされた剣の左右に聖女とクリステラが回り込み、各々武器を一閃。


 二人で一本ずつ大剣を切り裂く。

 両断はできずに半ばで止まったがそれで充分だった。 大剣は振り下ろされた勢いに負けて切れ込みが入った部分から圧し折れる。


 冗談のような大きさの剣が宙に舞って地響きを立てて地面に突き刺さるのを見てエルマンは笑いそうになった。 目の当たりにしている規模もそうだが、その大剣を女二人が軽々と圧し折ってしまった光景が余りにも現実離れしていたからだ。


 失った腕の痛みが現実だと訴えているが、可能であれば信じたくなかった。

 そして仮にここを切り抜けたとしても、これと同等の戦いに放り込まれるのだろうかと考えると正直、泣きたくなるなと心の片隅で思った。


 大剣の本数が減った事で受け手の負担が激減、対して大剣の負担が激増――結果、力を使い果たした大剣が自らの重量に耐え切れなかったのか砕け散る。

 耐えきったと誰もが安堵の息を漏らすが――それが大きな隙となった。


 砕けて崩れ落ちようとしていた大剣の上を武者が駆け抜ける。

 狙いは聖女。 武者は大剣で仕留めきれないと判断したと同時に直接聖女を仕留める方針に切り替えたようだ。


 彼は仲間の力によって一時的に損傷を回復させ、低下した能力も幾分か戻っていた。

 その為、先程までとは比べ物にならない程速く、聖女との距離を一気に詰める。

 武者の動きに真っ先に気が付いたのはクリステラだ。


 彼女は即座に武者の進路上に割り込むと同時にお互いがお互いを間合いに収める。

 武者の神速の居合とクリステラの斬撃が交差。


 その結果――

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