第490話 「狂襲」
天使と化したマーベリックはその身に宿した権能を解放する。
『
それはかつて王都で力を振るった『寛容』の権能であり、全てを防ぐ鉄壁の守り。
武者と対峙していた聖女、グレゴア、ペネロペの三人を風が包み込む。
『「今です! 畳みかけてください!」』
異界の言葉と重なったマーベリックの声が響く。
真っ先に動いたのは聖女だった。 隙が出来る事を厭わず、一気に踏み込んで聖剣による斬撃。
当然のように躱され反撃が来るが、刀が彼女に触れる前に風の障壁に阻まれて止まる。
『――!』
武者から僅かに動揺が伝わる。
その隙を逃さずグレゴアの戦槌が下から掬い上げるように振るわれ、武者がカウンターを狙おうとしたが先程と同様に刃が止まる。 だが、向かって来る戦槌は何故か止まらず、無防備な腹に食い込んだ。
戦槌は武者の具足の胴体部分を粉砕しその身を吹き飛ばすが、空中の籠手が受け止めて地面に叩きつけられるのを防ぐ。
即座に立て直した武者は納刀して腰を落とし、居合の構えを取った。
「この障壁があればやれる! 辺獄種め! リーガンとオーエンの仇だ!」
武者の狙いは追撃の為に突っ込んで来たペネロペだ。
聖女とグレゴアも後から続く。
権能による防御がある限り、一方的に攻撃できる。 それは先程の攻防で証明された。
ただ、それは無制限ではない。 力を発しているマーベリックの体は目に見える速度でボロボロと崩れ始めていた。
それは人が天使の力を借り受けた代償と辺獄という地の特性が合わさった奇跡の時間。
マーベリックはその点をよく理解していた。 これは約束された奇跡にして与えられた僅かな時間。
ここでは本当の意味で
だからこそ成立する顕現。 マーベリックは内心で焦りながらも権能を維持し続ける。
同時に楽器をかき鳴らして周囲で戦う者達の傷と疲労を癒し、鼓舞していく。
力を使えば使うほど寿命が縮まるのは分かっているが、彼に迷いはない。
その視線は真っ直ぐに武者に向けられている。
『在りし日の英雄』
マーベリックは思う。 彼等の在り方は敵ではあるが心から尊いと思える物だった。
悲しい程に。 それ故にここで終わらせなければならない。
ここで彼をその長い苦しみから解き放つ事こそが自分達にできるたった一つの事だ。
そして魔剣を封じ少しでも時を――
マーベリックの思考は武者の斬撃によって両断された。
斬りかかったペネロペに対して武者は集中するかのように一度深く呼吸する。
そして彼女が間合いに入った瞬間、その手が霞んだ。
武者の神速の居合は
袈裟に斬られた彼女の体がずれて二つになった。
「ぺ、ペネロペさん!」
聖女が思わず叫ぶが当の本人は自分に何が起こったのか理解できないと言った表情のまま事切れて辺獄の地に斃れた。
「グレゴアさん! 距離を取らせないように!」
「承知! 恐らく今の技は間が必要と見た。 間断なく攻めれば勝機は充分にある!」
聖女は即座にペネロペを両断した際の動きを見て、攻撃に溜めがいる事を看破。
可能な限り畳みかけるやり方に切り替える。
二人は仲間を喪った事は努めて気にせず武者に攻めかかった。
グレゴアと聖女が辺獄種――間違いなく話に聞いていた『英雄』と戦闘を続けているのを見て俺――エルマンは凄まじい胃の痛みに襲われていた。
マーベリックが天使になったのも驚きだが、それ以上にあれだけやって未だに勝てていない事が理解できなかった。
一体何なんだあの化け物は?
いくらなんでも強すぎる。 辺獄種――いや、魔物と呼ぶには動きが良すぎる。
斬撃を繰り出す圧倒的な技量はクリステラのそれを遥かに凌駕し、瞬く間に数名の聖堂騎士を仕留めて見せた。
少なくとも俺の人生で出くわした魔物の中でも最強と言って良い。
まともにやっても勝てないと断言できるが、負けるとも言い切らない。
何故なら――相手も相応に消耗している事が分かるからだ。
遠くから見ていれば分かるが、奴の動きが時間が経つにつれて鈍くなっている。
実際、最初のキレがなくなっており、人数が減ったにも拘らず戦えているのがその証拠だろう。
何故だと考え、ややあってその理由に当たりを付ける。
……マーベリックの奴が聖女の協力を取り付けたがる訳だ。
聖剣から漏れる光に触れる度に奴が苦しんでいるように見えるのだ。
マーベリックは言っていた。 過去に仕留めた時は聖堂騎士を数十人規模で用意する必要があったと。
それを押して今回の進行を進めた理由は聖剣こそが勝利の鍵となると分かっていたからだろう。
時間をかけて粘れば恐らくあの化け物は殺れる。
だが――
俺は周囲の様子を見ると、味方の数が随分と減っていた。
ゼナイドや聖殿騎士達だけではそろそろ抑えるのが難しくなってきたか。
それでも聖騎士達は聖女達の戦いに横やりを入れられないよう、倒れながらも懸命に戦っていた。
「……う……」
不意に治療していたクリステラが小さく呻く。
「クリステラ! よし、意識が戻ったか」
やや苦し気ではあるが、目を開いて身を起こす。
「エルマン聖堂騎士? ……はっ!? 状況は!? あれから何が――」
「起きて直ぐで悪いがリーガンに続いてペネロペが殺られちまった。 グレゴアや聖女だけじゃきつい。 行ってやってくれないか?」
そう言いながら俺はほっと胸を撫で下ろす。
クリステラが復帰すれば戦況はだいぶましになる。 今の弱っている奴なら何とか仕留められるはずだ。
勝機が見えて気持ちが逸る。
だからだろうか――
「えぇ、迷惑をかけました。 今――」
――立ち上がろうとしたクリステラの背後から斬りかかってきた存在に対する反応に遅れたのは。
俺は咄嗟にクリステラを突き飛ばして腰の短槍を抜いて相手の剣を受け止めようとしたが、間に合わなかった。
剣の軌道に割り込ませようと短槍は空を切って相手の剣は俺の肩に食い込んでそのまま腕を切断される。
短槍が腕と一緒に地に落ちる。 同時に血と痛みが噴出。
「くっ、そっ! がぁぁぁ!」
歯を食いしばって残った腕でもう一本の短槍を抜いて相手の顔面を狙って突きこむが、相手は余裕を持った動きで下がって躱す。
……くそっ! 何だこいつは!?
仕掛けて来たのは辺獄種ではなく聖騎士――しかも鎧の形状から見て聖堂騎士だ。
グノーシス教団側の最後の一人か。
「あ、ぐ……。 お前、どう言うつもりだ!」
傷口を手で押さえ出血を止めながら魔法で治療を施す。
痛みで顔を歪めながらも思わず怒鳴りつけるが、聖堂騎士は俺を無視してクリステラへと視線を向ける。
さっきの奇襲もそうだったが、明らかに奴はクリステラを狙っていた。
「貴女は一体?」
クリステラも突然の出来事に困惑が先に立っているようだ。
聖堂騎士は不意に身を震わせる。
「――く、くひ、くひひひひひひひ」
その兜からは狂気を孕んだ歪んだ笑い声が響く。
声からして女か。
「――っ」
それを聞いたクリステラが息を呑み、表情には驚愕が浮かんでいた。
何だ? 心当たりでもあるのか?
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