第485話 「颶風」

 敵の騎兵――その最後の一体を斬り捨てた所で、私――クリステラは小さく息を吐いた。

 一先ず敵の先鋒の撃破には成功したようだ。

 地中、空中、正面に加え、接触の瞬間にいきなり死角から湧いて来たのも中々厄介ではあったが、連れて来ていた聖騎士達とグノーシスの精鋭のお陰で損耗は最小限に抑えられた。


 手強い。 素直にそう言えるほどの強さだった。

 統率、連携、練度、その全てを高い水準で兼ね備えており、並の軍勢では敵わないだろう。

 マーベリック枢機卿の訴えていた危機と言うのもあながち誇張ではなかったと納得した。


 周囲の気配に気を配りながら浄化の剣を握る手に力を籠める。

 同時に敵の戦力評価と分析。 騎兵や空中から襲ってきた天使の羽を背に生やした全身鎧の者達は、武器の扱いや連携を駆使し、個々の戦闘力も高い。


 反面、いきなり湧いて来た者達は全身鎧の者達に比べて質が格段に落ちる。

 その為、武装した辺獄種の処理を優先するのが良いか。

 素早く撃破の優先順位を決めた私は皆の先頭を走り、街を目指す。


 私の役目は先鋒として街までの道を切り開き、聖女ハイデヴューネを導く事。

 それだけを考えて前へと進めばいい。 迷いも憂いもない今、自分は十全に力を振るえるだろう。

 視界に敵の姿をはっきりと捉える。

 

 敵も私の姿を認識し、一斉に槍を並べるが構わず突っ込む。

 最小の動きで突き出された槍を躱し、すれ違い際に切断。 そのまま敵中に飛び込み、道を塞ぐ者達を片端から斬り捨てる。


 全てを倒す必要はない。 障害物だけ捌いて前に行けば敵は崩れ、後続が私が開けた穴を広げて大きくしてくれるだろう。

 浄化の剣で次々と襲い来る辺獄種達を両断して――


 「っ!」


 咄嗟に下がると地面が爆ぜた。 正確には上から飛んで来た鉄球が地面を抉った結果だ。

 視線を鉄球から伸びている鎖の先へと向けると辺獄種達が左右に別れて道を作る。

 そこに居たのは異形の存在だった。


 四角い頭部に虫などに多く見られる硬質かつ光沢を放つ肉体。

 鎧は破損が激しくあちこちが脱落しており、手には先端から鎖が垂れた棒。

 異邦人だ。 彼らまで辺獄種と化していた事には驚いたが、敵である事に変わりはない。


 異邦人が棒を僅かに操作すると鎖が軋むような音を立てて棒に巻き取られて行く。

 彼は真っ直ぐに私を見据え、その視線には抑えきれない怒りが燃えていた。

 その証拠に武器を持つ手には震えが走っている。


 周囲の辺獄種達が下がり後続の聖騎士達の下へと向かっていく。

 それだけあの者の実力を信じているからだろう。

 明らかに雰囲気が違う。


 鉄球使いが鉄球をゆっくりと振り回し、回転させる。

 一騎打ちか。 私は無言で浄化の剣を構えて、油断なく敵の出方を見る事にした。



  

 先頭のクリステラの足が止まった事により、全軍の歩みも何かに引っかかるように停止。

 辺獄種達はその隙を見逃さず、精鋭を投入する。

 目的は聖堂騎士を抑える事。


 クリステラの足を止めた鉄球使い――カナブンに似た転生者の成れの果てはその仕事を果たし、進軍が停止した事により聖堂騎士達は状況に対処しようと声を張り上げた所で、特定されてしまった。

 標的はゼナイド、グレゴアにグノーシスの聖堂騎士達六名。

 

 この地を守護する辺獄種の精鋭に聖堂騎士達が襲われ、全軍の足が完全に止まってしまった。 

 



  

 グノーシス、アイオーン両教団は長期戦を行うつもりはないので、目的である街までの突破を狙う。

 その為、矢印に似た――所謂、鋒矢の陣に近い陣形を取っての進軍で、一点突破を狙う。

 対する辺獄種達は騎兵の突進と空中からの攻撃で教団側の速度を落とした後、後続が先頭を抑えつつ包囲する構え。

 

 彼等の憤怒は底知れず、目的は一人も残さない鏖殺。

 決して逃がさないと言った絶対の意思を以って侵略者を迎え撃つ。

 彼等を指揮する存在は憤怒に燃えてはいたが、冷静ではあった。


 敵の戦力を見極め、中でも動きの良い者――聖堂騎士達の足止めの為に精鋭を送り込む。

 指揮を執っている将を抑えれば自然と周囲の動きが止まる。

 それさえ成れば全体を止める事も難しくない。

 

 街を守る守護者である「彼」は荒れ狂う感情を抑え込み拳を握りしめた。

 場所は街の中央に座する城――その頂上。

 辺獄の風を全身に浴びながら戦場を俯瞰する。


 彼は戦闘を最初から見ており、空中からの強襲を防いだあの銀幕もしっかりと見ていた。

 そして侵略者共が何を持ち出して来たのかを悟り、彼の憤怒は一瞬ではあるが振り切れるほどに高まる。

 

 彼の赤熱した思考はそれを認識して思う。

 聖剣! 聖剣だ! 奴等よりにもよってエロヒム・ツァバオトを持ち出して来た!!

 憤怒に身が震える。 

 その時点で彼の中ではあの侵略者共を皆殺しにする事は決定事項となった。

 

 戦況は推移する。

 辺獄種達が先頭にいたクリステラの足止めに成功し、教団の連合軍の動きが止まる。

 彼の取った手は堅実だった。


 全体を俯瞰した事により最も動きの良い聖堂騎士達を即座に見つけ、彼は精鋭を当てて封じ込め、物量で勝っている事を活かしての包囲殲滅を狙う。

 基本的ではあるが堅実な攻めを用い、将として目的を違えず、激情を忘れないが、感情には流されない。

 

 敵の殲滅は勿論、街の防衛も彼にとっては重要な意味を持つ目的だ。

 本来なら街に引き込んでからの方が有利に事を運べるが、それだけは彼の矜持が許さない。

 あんな汚らわしい連中を一歩たりとも街に踏み込ませる気はないからだ。


 もう少しで全軍の展開と包囲が終わる。 そうなれば指揮を執る必要はなくなる。


 ここは既に背水の陣と彼は定めていたので、見ているだけのつもりはない。

 自ら出撃し、渾身を以って侵略者を滅ぼす。

 彼は殺意を漲らせながら戦場へと向かうべく踵を返し、その場を後にした。



 戦況は推移する。

 完全に包囲された教団の連合軍は後ろからついてきていたユルシュルの軍諸共に完全に逃げ場を失った。

 エルマンは突破は無理と即座に判断し、陣形を切り替える。

 

 鋒矢から守勢に長けた方円――味方を集めて円状に陣を組む事によって時間を稼ぐ手に切り替えた。

 当然ながら長期戦は悪手なのであくまでその場しのぎだ。

 現状、他の聖堂騎士が抑えられている以上、クリステラが敵を突破して道を抉じ開けてくれるまで耐える事こそ最も勝利に近いと彼は信じており、その判断は正しかった。


 だが、彼は辺獄種とこの地を守る最強の守護者への認識が足りていない。

 それを痛感するまでそう時間がかからなかった。

 何故なら――


 戦場の一角で何かが炸裂し、颶風と共にそれが姿を現した。

 それは最速で彼等に絶望と死を齎す為に辺獄の大地でその怒りを解放。

 結果、戦況が大きく傾く事となった。

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