第484話 「銀幕」

 グノーシス教団が用意した盾持ちの聖騎士達はその仕事を完璧にこなした。

 魔法付与と特殊な強化が施されたその盾は本来ならば聖堂騎士に持たせてもおかしくない程の性能で、それを大量に用意して聖騎士に持たせている時点でマーベリック枢機卿がどれだけ今回の戦いに力を入れていたかが分かる。

 

 敵の騎馬による突進を防ぎ切った所で後ろに控えていた部隊が突撃。

 動きの止まった騎兵を片端から刈り取る。

 

 ――ここだ。

 

 エルマンさん達も同じ考えだったのかあちこちで声が上がる。

 突撃と。

 マーベリック枢機卿曰く、この地は辺獄種の世界で彼等が無尽蔵に湧いて来る。


 その為、持久戦に持ち込めば確実に敗北するので、敵の初撃をいなした後は密集陣形で一気に街に踏み込み、最奥にある神殿を目指すと。

 力を使い果たしたのか盾持ちの聖騎士は皆、息を切らせて膝を付いている。


 ――そして足の遅い彼等は置いて行く事も予定に組み込まれていた。


 置き去りにする事に心が痛むが、ここで足を止める事はできない。 全軍は真っ直ぐに街へと走る。

 先頭はクリステラさん達だ。 騎馬隊を全滅させた彼女達は街へと向かい一斉に駆け出す。

 僕達は何もない荒野を行くが、それを許す程、彼等の怒りは生易しくなかった。


 街を囲む壁を越えて無数の何かが浮かび上がって来る。

 目を凝らすと全て人の形をしていたが――

 明らかにそれを逸脱した物が多かった。

 

 錆色の羽に頭上には錆色の光を放つ輪。

 そして装備は聖騎士や聖殿騎士の物に酷似している全身鎧。

 兜のない物はその顔が良く見えた。 眼窩が空洞の命亡きその顔が。


 辺獄種の騎士達は真っ直ぐに僕達を見据えると一斉に抜剣。

 羽を震わせて真っ直ぐに空中からの突撃を仕掛けて来た。


 「来るぞ! 上だ!」


 誰かが叫ぶが、変化はそれだけでは終わらなかった。

 開いたままの門から増援の騎馬隊が出現。 今度は長槍ではなくやや長い剣を装備しており、明らかに乱戦を想定した装備だ。 それに続くように槍や剣で武装した辺獄種達がその後方から現れる。


 僕も聖剣を抜き放ちながら彼等の危険性を再認識した。

 こんなのが外に溢れる事を考えると、とてもじゃないが看過できない。

 武装している時点で危険なのに、明らかにこちらを殺しに来ている動きをしている。 お互いが接近しているので衝突は直ぐに――

 

 ――不意に地面が揺れる。

 

 「下!?」


 同時に地面が爆ぜて足元から無数の腕が突き出して僕達の足を掴んで来る。

 一瞬、何だと思ったが、即座に理解。 土系統の魔法だろう。 

 掴んでいる手は明らかに生身じゃなく土の塊だ。


 その間に上からの敵はこちらに肉薄。 上下と正面から同時に仕掛けて来た。

 流石に足元からの奇襲は想定していなかったので全体に動揺が広がり、咄嗟に武器で足元の拘束を剥がそうと攻撃を仕掛ける者が多数現れる。


 彼等からすればその僅かな隙――一瞬でも自分達から意識を逸らさせれば充分だったのだろう。

 結果、空中から来ていた者達の突撃への反応が遅れ――


 「――このっ!」


 僕は全力で聖剣の力を解放。

 刃部分が水面のように揺らめいて銀色の液体が噴出。 水銀だ。

 水銀は僕の意思に従って空中へと浮かび膜のように大きく広がる。


 「穿て」


 空中の水銀の幕から槍のような物が大量に突き出す。 正確にはそのように形を変えただけだが、瞬時に硬化したそれは本物の槍にも劣らない鋭さを持つ。

 そして射出。 無数の銀色の槍が目視できない程の速度で空中の辺獄種達に襲いかかる。


 辺獄種達は奇襲に近い攻撃だったにもかかわらず咄嗟に回避行動。

 水銀の槍は次々と撃ち落とすが、三割近くを撃ち漏らしてしまう。 思ったより動きが早い。

 

 ――だけど!


 僕は聖剣に魔力を更に込める。

 辺獄種達を貫いた水銀の槍は空中で反転。 その切っ先を撃ち漏らした彼等の背に向け、再度飛翔。

 的が減ったお陰で狙い易い。 今度こそ槍は空中にいる全ての辺獄種達を撃墜。


 よし。 次は――

 そのまま前線の支援を行おうとして思わず膝を付く。 訳も分からずに動揺するが、ややあって理解が広がる。

 理由はすさまじいまでの疲労感に襲われたからだ。


 「――はぁ、くっ」

  

 喘ぐように呼吸して落ち着ける。 原因はすぐに分かった。

 聖剣から凄まじい量の魔力を吸い上げられたからだ。


 ……どうしてだ!?


 今まではこんな事はなかったのに……。

 聖剣を手に入れてから何度も使って来たがここまで消耗したのは初めてだ。

 それこそ今のような大技を何度も使った事もあったというのに――


 ――聖女ハイデヴューネ!


 不意に声が響く。 出所は通信魔石だ。

 相手はマーベリック枢機卿で声には焦りが滲んでいる。


 ――助けてくれた事には感謝しますが、聖剣の力を使うのは控えなさい! 貴女も気づいているでしょうが、ここでは聖剣の力は弱まるので外のようにはいかない! 敵の『英雄』が現れるまでは使用を控えてください!


 ――ですが……。


 ――お願いします。 貴女が倒れればすべてが終わる。 あなたの力は必要な時まで使用を控えなさい! 何人死のうともです。

  

 「大丈夫か!」


 膝を付いた僕を見てエルマンさんが駆け寄り、僕の足を掴んでいた腕を短槍で切り裂いた後、助け起こしてくれた。


 「……はい、何とか」

 「どうした? どこかやられたのか?」


 エルマンさんの表情は心配そうだ。


 「いえ、聖剣の力を使ったので消耗したようです」

 「……それだけか?」 

 「はい、マーベリック枢機卿によるとここで使うと消耗するので使用を控えるように言われました」

 「まぁ、そうなるだろうな。 お前の力は例の『在りし日の英雄』とやらに使うって決めていたからな。 消耗がきついなら無駄撃ちは避けたい」

 

 エルマンさんはちらりと街の方を振り返る。

 

 「流石だな。 クリステラの嬢ちゃん、もう正面の連中を片付けちまいやがった」

 

 視線を追うと正面から来ていた騎馬隊が全滅していた。

 それでも街からは次々と辺獄種達が出撃してきている。

 

 「くそ、流石は連中の巣って事か。 いくらでも出てきやがるな」


 エルマンさんは僕に魔法薬ポーションの入った容器を押し付ける。

 素直に受け取って中身を一気に飲み込むと少しして体が楽になった。

 

 「よし、立てるな? ならこのまま先に進むぞ。 道は先頭のクリステラが抉じ開ける。 俺達は奇襲に気を付けつつ街まで向かうぞ。 サンチェス姉弟! 意地でも聖女を守れよ」

 「は、はい!」 「了解です」


 落下した辺獄種達の掃討を終えたエイデンさんとリリーゼさんがこちらに駆け寄って来る。

 二人とも傷を負ってはいるが、戦闘に支障はなさそうだ。

 まだ戦いは始まったばかりだ。

 

 街までの距離は遠い。

 それでもこの道を踏破して辿り着かなければならないのは理解している。

 僕は足に力を込めて街へと駆け出した。

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