第483話 「軋風」
後日。
全ての準備を終えた僕――ハイディは野営地の撤収とバラルフラームへの進軍の準備を済ませ、現地へと向かっていた。
陣形に関してはマーベリック枢機卿やエルマンさん達と話し合って可能な限り密集する形にし、その後方にユルシュルから出してくれた援軍――と言う名の監視役、二千がついてきている。
ゼナイドさんの話では僕達がバラルフラームの攻略を終えた所で成果を掠め取ろうと画策しているとの事だけど――
近づくにつれて嫌な予感がする。 腰の聖剣から警告するように何かが伝わってきた。
――恐らくそんな事を考えているような余裕がある程、気楽な場所じゃない。
彼等は僕達の話を聞いてどこまで危険性を認識しているのだろうか?
そんな事を考えている内に目的地が見えて来た。
バラルフラーム。
旧ユルシュル領の南東に位置する広大な草原だ。
見ただけでは何の変哲もないただの手つかずの土地ではあるが、辺獄と繋がっているとされている所為で開拓も不可能で、魔物すら寄り付かない魔境だ。
実際に目の当たりにした僕の目から見ても確かにただの草原に見える。
時間はまだ昼間なので草が風を受けて揺れて小さな音を立てていた。
だが、鼓動はやけに早く胸を打ち鳴らし、緊張の所為か冷たい汗が出る。
周囲を見るが他の皆は特に何も感じていないのか特に緊張しているようには見えない。
「これからは手筈通りに行くぞ」
隣を歩くエルマンさんがそっと声をかけて来る。
僕は小さく頷いて魔石を取り出してマーベリック枢機卿に連絡を取った。
陣形が切り替わる。 グノーシスの聖騎士の一部が一斉に前に出る。
彼等は身の丈ほどもある
これはマーベリック枢機卿からの提案だった。 彼の話によれば相手はただの辺獄種ではなく人間と同等以上の高度な戦術を駆使してくる強敵だと語っており、その為の備えらしい。
恐らく草原の半ばまで来たら
草原には既に足を踏み入れているので、そうかからずに半ばに差し掛かるだろう。
僕は周囲を軽く見回す。
近くに控えているエルマンさんは前を見つつ時折、少し離れた位置にいるグノーシスの方に視線を送っていた。
エイデンさんとリリーゼさんはやや緊張した面持ちで僕の前を進んでいる。
クリステラさんは先行している部隊の少し後ろでゼナイドさんの隊と一緒に進んでいた。
グレゴアさんはその後ろ――全体の中央を進んでいる。
グノーシスは先頭と僕達の左右に展開している。
マーベリック枢機卿はやや後ろにいるが連れてきている聖堂騎士は散って部隊の指揮に当たっているようだ。
全部で六人と聞いていたけど、結局残りの三人と顔を合わせる機会がなかったな。
可能であればどんな人かを見ておきたかったけど……。
時間が合わなくて二人とは会えず、最後の一人は審問官という所から派遣されて来た外様の聖堂騎士らしく勝手に動いているとかでマーベリック枢機卿とは別で動いているらしいけど、彼曰く自分のお目付け役なのでお気になさらずと流された。
エルマンさんが追及したのだけど、彼自身にも良く分からないと言った返事が返って来たので、それ以上の事は分からなかったのだ。
マーベリック枢機卿も少し不安なのだそうだけど、一人でも多くの戦力が欲しかったので受け入れたのだそうだ。
念の為、本隊からは離すと言ってくれていたので問題はないと思う。
少し不安を感じるのは僕の気にしすぎだろうか……。
――とは言ってもいまさら言ってもどうにもならないので努めて気にしない事にした。
そろそろ草原の半ばに差し掛かると言った所でそれは起こった。
聖剣から最大級の警戒を促す何かが伝わり、僕の全身に何かが叩きつけられる。
それが何なのかを認識する前に――
「皆! 来る!」
――思わずそう叫んだ。
それに真っ先に反応したのはエルマンさんだった。
「全員、気を付けろ!」
同時に何かが軋むような音が響き、大きな風が吹いた。 あまりに強い風だったので思わず手で顔を庇い、次の瞬間には辺りの風景が一変、草原から広大な荒野へ変化していた。
そして正面――元々あったのなら見逃すはずのない距離にその街は現れる。
高い壁に覆われ、中央には巨大な城。
壁が街を完全に覆い隠しているので街並みははっきりと見えないが、破損によって空いた穴から少しだけその姿が窺えた。
そして――
もう一度何かが叩きつけられる。
さっきは咄嗟の事なので上手く認識できなかったが、今なら分かる。
これは怒りだ。 それも凄まじいまでの。
何だこれは――何故こんなにもはっきりとわかるのかは分からない。
ただ、あの街は僕達に対して強烈なまでの怒りを抱いている存在が――いや、これは街自体が怒りを抱いている。 それが良く分かった。
これだけの怒りを何かに対して抱けるのかと戦慄する程の感情の奔流。
『来るぞ! 前衛! 防御陣形!』
辺獄の地に大盾を持ったオーエン聖堂騎士の声が響く。
同時に空中に巨大な魔法陣が展開。 いつかオールディアで見た悪魔の召喚魔法陣と同等かそれ以上の規模だった。
次の瞬間、魔法陣から巨大な岩の塊が凄まじい速さで突っ込んで来る。
「なっ!? <
<流星>
かつて王都の一角を消し飛ばした現存する魔法の中では最大級の威力を誇るという物だ。
その効果は単純で、焼けた巨岩を叩きつけるだけという物だが、圧倒的な大きさと重量を誇るそれは、範囲内にある存在を平等に叩きのめす。 文字通り対軍、対城と言っても過言ではない恐ろしい威力を誇る魔法だ。
いきなりの事だったので、反応できなかったのかエルマンさんが呆然と呟いた声が聞こえたと同時に先頭の大盾を構えた部隊が一斉に盾を地面に叩きつけるように立てると全ての盾が一斉に発光。
周囲の空間が揺らめく。 次の瞬間、巨岩が揺らぎに接触して砕け散る。
凄まじい轟音と衝撃が叩きつけるように襲って来たが、揺らぎ――恐らく魔法障壁なのだろうそれはその全てを見事に防ぎ切った。
「……凄い」
思わず呟く。
あの盾は盾としての用途ももちろんあるだろうけど、本領は魔法の障壁を展開する事が出来るのか。 そして全体を守り易くする為に密集させたのだろう。
巨岩を撃ち尽くしたのか空中の魔法陣が消滅し、街の入り口らしき巨大な門が開く。
「来るぞ! 魔力供給を切って白兵戦準備!」
オーエン聖堂騎士の言葉と共に前衛が武器を構える。
最初に起こった変化は音だった。 開いた門の奥から何かが聞こえて来る。
それは徐々に大きくなってその正体が明らかになった。
足音だ。 それも数え切れないほど多くの。
そして土煙を上げて真っ直ぐに門を抜けて出撃して来たのは――
「……聖騎士?」
僕は思わず呟く。
それは聖騎士や聖殿騎士の鎧に酷似した全身鎧を身に纏い、馬らしき辺獄種に跨った命亡き騎士達だった。
彼等は突進用と思われる長槍を構え、馬を走らせながら横一列に陣形を形成。
あのまま突進力を活かして槍で突きこむ気だ。
前衛の盾隊も受けて立つ構えで動かない。
どんどん距離が詰まって行き――激突。
こうしてバラルフラームでの戦闘は幕を開けた。
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