第486話 「武者」

 最初にそれを見たのはグノーシスの聖堂騎士の一人だった。

 彼は敵の辺獄種――明らかに聖堂騎士にしか見えない存在と死闘を演じている最中にそれが姿を現したのだ。


 がしゃりと音を立てたそれはこの世界ではあまり見かけないデザインの全身鎧。

 知識のある者が見ればそれに驚愕を浮かべただろう。

 細部は異なるが当世具足と呼ばれる転生者のいた世界で使われた武者が身に纏う鎧だった。


 腰には刀が二本と剣が二本を左右に佩いている。

 武者はゆっくりとした動作で刀を一本抜刀。

 無造作に一閃。 聖堂騎士は咄嗟に剣で受け止めようとしたが、刀が瞬時に赤熱。


 受けた剣を瞬時に溶解して使い手ごと二つに溶断・・

 聖堂騎士は自分に何が起こったのか悟ろうとしたが、それは叶わず二つになった体が瞬時に燃え尽きて灰になった。

 武者はたった今、仕留めた獲物の末路など気にも留めずに僅かに腰を落とす。


 刀を一閃。

 それだけで間合いの外にいたはずの聖騎士達だけが両断され、物言わぬ肉塊として辺獄の大地に散らばる。 奇妙な事に攻撃範囲内に居たはずの辺獄種には一切のダメージがなく、聖騎士達だけが斬殺されたのだ。

 聖騎士達は攻撃に反応できず、自分の身に何が起こったのかすら理解する間もなく死ぬ事になった。


 「貴様ぁ!」


 もう一人の聖堂騎士が怒りに任せて手にした槍を真っ直ぐに武者に突き出――

  

 ――す前に穂先が消滅。


 斬り飛ばされたと認識する頃には返す刀で袈裟に両断されていた。

 武者は歩きながら目に付いた聖騎士達を片端から一刀で斬り伏せ、生存を許さなかった。

 接近に気付かなかった聖騎士は一瞬で首を刎ね飛ばされ、気づいた聖騎士は斬りかかる前に両断。


 何とか止めようと挑んだ聖殿騎士は振るった剣ごと腰から斬られ上半身と下半身が分離。

 背を向けたユルシュルの騎士は飛ぶ斬撃で逃げる事すら許されなかった。

 武者は周囲の聖騎士達を全て斬り伏せると残敵の掃討を他の辺獄種に任せて、彼は標的を定める。


 聖剣を持つ者へと。


 


 グノーシスの聖堂騎士が一気に二人も減った事により戦況が一気に傾いた。

 指揮を執るだけでなく、彼等の精神的な支えでもあった聖堂騎士の脱落は士気に大きな影響を及ぼす。

 そして彼等の絶望はそれだけではなかった。


 武者が大仰な動作で片手を上げると街の周囲に巨大な石柱が地面から立ち上がり、門を塞いでしまったのだ。 そして周囲から見える動作で光り輝くペンダントのような物を見せる。

 その動作が意味する事はつまり――


 ――街に入りたければ自分を倒して見せろという意味に他ならない。


 武者はやるべき事はやったと言わんばかりに刀を手に目に付いた聖騎士達を次々と刈り取る。

 どれだけの聖騎士達が沈んだだろうか、武者は油断なく敵を減らし続けていたが不意に足を止めた。

 雰囲気が変わったからだ。


 ふわりと小さな風が吹いたと同時に何かが凄まじい速度で踏み込んで来た。 

 武者は事も無げに刀を一閃。

 金属が接触したとは思えない程の低く、重い音が響き渡った。


 武者に斬りかかった襲撃者――クリステラは全力で走って来たのか、額から汗を流しながら鋭い視線を武者に向ける。

 同時に武者の足元から地面が隆起して襲いかかるが、瞬時に輪切りになって地面に転がった。

 

 「ぬぅ! アレを防ぐか! ……だが!」


 グレゴアが地面に叩きつけた戦槌を持ち上げながら武者に畏怖の視線を向けるが、その目は先を見据えていた。

 左右からグノーシスの聖堂騎士二人――リーガンとペネロペが小剣と剣で斬りかかる。


 三段構えの不意打ちだったが武者はわずかに身を動かして最小の動作で回避。

 

 「っ!?」 「嘘でしょ? これを躱すの!?」


 二人が回避されて動揺するが即座に地を蹴ってバックステップ。

 そして――

 

 「今だ! やっちまえ!」


 エルマンの叫びと共に本命の攻撃が武者に襲いかかる。

 空から水銀の槍が雨のように降り注いた。

 武者は降り注ぐ槍を見つめ――


 ――その全てを刀で切り払った。


 水銀の槍は赤熱した刀に両断され、瞬時に蒸発。 完全に消滅した。

 

 「……嘘だろ……」


 エルマンが呆然と呟くが、相手に主導権を渡すのが不味いと判断したクリステラが一気に踏み込む。 

 彼女の浄化の剣は大抵の物は問答無用で切り裂く魔法剣で、その高い技量と合わさって大抵の相手は防御行動すらとれずに両断されるのだが……。

 

 武者は並ではなかったようで、事も無げにクリステラの斬撃を弾き、受け、流す。

 防御方法にバリエーションがあるのは攻撃を常に最適な方法で防いでいるからだ。

 クリステラは数度の攻防で隔絶した技量差を感じていた。

 

 その証拠に自分の斬撃に対して相手は一歩もその場を動いていない。

 偏に彼女が死んでいないのは隙を補う形で、リーガンとペネロペ、それにグレゴアが割り込んでいるからだ。

 

 「マジかよ。 聖堂騎士四人がかりでこれか」


 その光景を見てエルマンは焦っていた。

 予想外だ。 確かに強いとは聞いていたがここまでとは思わなかったのだ。

 まさか、クリステラを軽くあしらえる奴がいるなんて思わなかった。

 

 強いにしてもこの面子なら充分に殺れると判断して無理に引っ張り出して来たのだ。

 戦況が大きく傾いている以上、武者を一刻も早く仕留めて活路を開かなければ負けるのが目に見えている。 だからこそ最大戦力を一点に集めるなんて危険な真似をしたというのに――


 クリステラもそれを認識しているのか、その表情には焦りと畏怖が混ざっている。

 四人がかり――それもエルマンの隣にいるマーベリックによる支援魔法によって身体能力が底上げされているにも拘らずこれだ。


 認識が甘かったとエルマンは唇を噛む。

 どうやって仕留める? どう動く? 奴を最速で仕留める最適解は?

 様々な考えが脳裏に瞬いては消える。


 いっそ自分も参戦するかと考えたが、即座に却下。

 自分が行った所で即座に斬り捨てられる未来しか見えない。

 正直、これは夢なんじゃないかと思って現実逃避したくてたまらなかった。


 クリステラの手元が霞んでいるとしか思えない斬撃は片端から刀で防がれ、他の三人の攻撃は最小の動作で躱され掠りもしない。

 完全に手数で拮抗しているだけの状態だ。 誰か一人でもしくじれば即座に瓦解する危うい戦い方。

 しかも相手にはまだまだ余裕があるように見える。

 

 辺獄種は疲れを知らないという情報がエルマンの脳裏に絶望となって押し寄せた。

 どうすればいい。 奴とまともに戦えそうな奴はいないか?

 ゼナイドは他の抑えにかかり切りで動けない。 グノーシスの聖堂騎士は一人残っては居るが、別の場所で戦っているのかまだ来ない。


 自分は戦力外、盾持ちのオーエンは聖女の直衛に回しているので動かせない。 動かせたとしてもあの速度の戦いに付いていけるとは思えない。 

 その聖女は大技を使って動けない。 マーベリックはそもそも非戦闘員だ。

 魔法で支援しているだけでも充分以上に仕事をこなしていると言って良い。


 周囲では一人、また一人と辺獄種を抑えている聖騎士達が倒れている。 

 ちなみにユルシュルの騎士達は早々に逃げ出そうとして包囲されているがエルマンは知った事かと無視した。


 ――どうすれば……一体どうすればいい……。


 そう考えていると――


 「僕が行きます」


 聖女が空になった魔法薬の容器を投げ捨てて立ち上がった。

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