第472話 「相談」

 ――……何を言って来るかと思えば、バラルフラームへの侵攻打診とは……。


 その日の夜、僕はエルマンさんに魔石で連絡を取っていた。

 流石に予測できなかったようで、話を聞いたエルマンさんの声は苦い。

 

 ――聞く限り、相当ヤバいってのは良く分かった。 仮に連中の話を信じて、バラルフラームを攻めるのなら、相当の犠牲は覚悟した方がいいだろうよ。


 ――エルマンさんはマーベリック枢機卿の話をどう思いましたか?


 ――正直、その場に居なかったから何とも言えんな。 跪いて頭を下げた話を聞いた時にはついに耳までおかしくなったかと思っちまっ……いや、ともかくだ。 聞く限り話の信憑性は高い。


 エルマンさんは何故か途中で咳払いして気を取り直したのか話を続ける。


 ――教団と言っても人の集まりだ。 当然ながら序列や階級が幅を利かせる。 下は上を敬い、上は敬われるに足る行いを求められる訳だ。 そこで聖女様に聞こう、人前で――それも部下や部外者が居る場で跪いて頭を垂れると言うのは上位者に相応しい行いか?


 ――……いえ……。


 ――だろうな。 俺もそう思う。 つまりマーベリックって奴は枢機卿としての矜持をかなぐり捨ててまで聖女様の協力を取り付けたかったわけだ。


 確かに彼の行動には恥も外聞もかなぐり捨てた必死さがあった。

 だからこそ僕は迷っていた。 だが、人は平気で嘘を吐けるし騙す事が出来る生き物だ。

 これが僕個人だけの話なら受ける方向で考えただろう。 でも、今の僕が背負っている者は仲間の命だ。


 安易に決める事はできない。

 だから皆と何度も話し合って慎重に、それも納得できる形で話を進めたかった。

 そう考える度に僕がロートフェルトと名乗っていた時のことを思い出す。

 

 こうして聖女として振舞えば振舞うほど、あの時の自分に足りないものが次々と浮き彫りになって行くからだ。 そしてこうも思う。

 やはり、自分はオラトリアムの領主たる資格はなかったと。


 それでもこうして聖女として人を率いる事を受け入れたのは、今なら――今の自分ならもっとうまくやれるのではないかという想いもあったのかもしれない。

 少なくともあの時よりはずっと上手くやれていると信じている。


 そこでふと思い出した。 オラトリアムは今どうなっているのだろうかと。

 

 ――エルマンさん。 こちらの話は以上となりますが、そちらはどうでした?


 彼はオラトリアムへの資金援助を求めて交渉に向かったはずだけど――


 ――あぁ、一応は上手く行った。 ただ、それなり以上に吹っかけられはしたがな。


 エルマンさんには交渉する際に全てを任せているので問題ないとは思っていたのだけど……。

 考える。 話を聞く限り、今のオラトリアムを治めているのはファティマだ。

 記憶にある元婚約者の事を思い出す。 確かに彼女は頭の回転も早いし人を使うのも上手い。


 その為、領地経営に関しては器用にこなすだろうとは思っていたが……。

 ここ最近のオラトリアムの繁栄ぶりを見るとどうも違和感を感じる。

 特に作物の収穫量は異常と言って良い。 オラトリアムの内情を知っていた身としてはあり得ないと言い切っても良い程だ。


 以前に交渉に行った事のあるエルマンさんに話を聞いたけどとてもじゃないが信じられなかった。

 いくつもの商会と関わりを持ち、次々と収穫される質の良い野菜や果物を売り捌き、凄まじい勢いで勢力を拡大。 そして国が割れた事を利用して一気に版図を広げ、遂には国内の北方の全てを支配した一大勢力にまで規模を拡大した。


 それを彼女の力だけで成した? どうにも疑問が拭えない。

 当時の内情と現状が噛み合わないのだ。

 それもエルマンさんの話で明らかになると思われたが――


 ――え?


 ――俺も驚いた。 まさか臥せっていると聞いていた領主自ら出て来るとはな。


 彼が何を言っているか理解できなかった。

 オラトリアムの領主が表に出てきている? 有り得ない。

 だってローは……。

 

 ――その領主、本物なんですか?


 思わずそんな事を聞いてしまった。

 動揺を隠せていないのが自分でも分かる程、声が震えている。

 エルマンさんはやや訝しむような反応を見せたが特に触れてこなかった。


 ――何とも言えん。 俺はオラトリアムの領主の顔を知らんからな。 ただ、そいつはロートフェルト・ハイドン・オラトリアムと名乗っていた。 特徴は――


 聞いた限り、身体的特徴はローの物と一致している。 

 記憶にある限りの彼の性格上、戻ると言う事は考え難かったが思い直したと言う事なのだろうか。

 でも――これで良かったのかもしれない。


 少なくとも彼が生きてこの国にいる。 今はそれだけで満足しよう。

 居場所が分かればいつだって会えるんだ。 そう前向きに考える事にした。

 気を取り直して話題を交渉の具体的な内容に移す。


 オラトリアムとの交渉の結果、こちらから出す条件は治安維持業務や商隊の護衛の一部の業務委託、アイオーン教団、及び旧グノーシス教団に関しての情報開示。

 大きく分けてこの二点だ。 前者は分かるが後者に関しては何とも言えない。

 

 ――情報開示と言うのは?


 ――恐らくだが、何らかの形で教団の裏の事情を知ったので、それ関連の資料を要求してくると思う。


 何に使うかは知らんがなとエルマンさんは付け加えた。

 そんな物でいいのならいくらでも引き渡せばいい。 アイオーン教団には不要な代物だ。


 ――それとこちらの内情だな。 一応、あんたの正体だけは死守したが、枢機卿との会談内容はどうにもならなかった。 悪いがさっきの話は向こうに流すが構わんな?


 ――えぇ、知られた所でどうなる物でもないので、話してしまっても問題ありません。 寧ろ積極的に情報を流して協力を要請するのもいいかもしれませんね。


 ――確かに行くとなれば大人数になる。 兵糧はいくらあっても足りんからな。 最近は連中、米っていう腹持ちの良い穀物を大量に売り出している。 上手い事言って分けて貰うのもいいかもしれん。


 少し食わせて貰ったが野菜の漬物って奴と食うと最高に美味かったと笑い――不意に声を落とした。

 

 ――受ける受けないの判断はあんたの事だ、他と相談して決めるんだろう? 時間はまだあるからユルシュルに調査を依頼して判断材料を増やすといい。 連中も足元にそんなヤバい物があるのならいい気分はしないはずだし調査自体はやるだろうよ。 ただ、例の魔剣の事は伏せろ。 変な欲を出して状況が悪くなるかもしれん。 そうなってしまえば笑えんからな。


 ――分かりました。 ユルシュルへの打診は明日の朝にでも行っておきます。


 ――頼む。 今回の一件、乗り切れば随分と楽になるはずだ。 踏ん張りどころだぞ。


 ――はい。 お互い全力を尽くしましょう。


 エルマンさんとの話を終えて魔石への魔力供給を止める。

 

 「ふー……」


 大きく息を吐き、邪魔な鎧を脱ぎ捨てて寝台に横になる。 その際に腰の聖剣が邪魔だったので、腰から抜いて枕の下に差し込む。

 ロー。 オラトリアムに戻っていたんだ。

 驚きだったが、これでいいのかもしれないとも思う。


 元々、僕が彼に期待していたのは自分のできなかった事を成して貰う為だ。

 だからある意味では彼の行動は僕自身の望み通りとも言える。

 それでも――


 二人と一頭でした短い旅の事を思い出す。

 ローがどう思っているかは知らなかったけど、彼と僕とサベージの旅は今、思い起こしても楽しかった大切な思い出だ。


 ……だから、これでいいんだ。


 もう一度という想いは考えないようにして僕は目を閉じて眠りについた。

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