第473話 「身振」

 翌朝、聖堂騎士の皆との話し合いまで少し時間があるので僕はエイデンさんとリリーゼさんを連れて別の場所へ向かう。

 場所は城塞聖堂へ行く途中にある宿舎。

 そこには異邦人という異形の騎士達が住まう場所だ。 エルマンさんに初めて聞いた時は随分と驚いたけど、ちゃんと話が通じるし彼等も姿が違うだけで人だと言う事が良く分かった。


 異邦人エトランゼ

 勢力によっては使徒アポストロス、彼等自身は転生者と名乗っていた。

 何でもこことは全く違う世界で死んだ後、異形の姿となってこちらに現れたとの事なんだけど……。


 ……別の世界。


 少しだけ話を聞く事が出来たけど、今一つ良く分からなかった。

 常識も文明も全く違う場所……か。 

 それだけに彼等も急激な環境の変化に耐えられなかったようだ。


 グノーシス教団はそんな彼等を保護して集めていた。

 正直、騒ぎにしかならないし見た目も魔物にしか見えない彼等を教団は何故、集めていたのだろうか。

 エルマンさん曰く、戦力と恐らく実験に使う為だろうと言っていたけど……。


 前者に関しては良く分かる。 彼等は魔物と人の混合らしく、その身体能力は極めて高い。

 そして魔物の特性を色濃く備えており、姿に見合った特殊能力を使える。

 教団は彼等の力に目を付け、聖堂騎士として取り込んでいたようだ。


 そして戦う意思のない者達まで保護している理由は善意ではなく――恐らく実験に使うつもりだったとエルマンさんは考えていたようだ。

 酷い話だ。 彼等を養うに当たって、何らかの対価を要求するのはある意味当然なのかもしれないけど、初めから戦力や実験材料としか見ていないというのはあまり気分の良い話じゃない。


 ……。


 グノーシス教団がこの国からほぼ消滅した以上、彼等にも身の振り方を考えて貰わなければならない。

 何度も話はしているのだけれどもあまり反応は良くなく、今日までずるずると引き延ばされている。

 僕やエルマンさん達も何度か話をしに行っているが反応はあまり良くない。


 特にこの先、マーベリック枢機卿の話を受けるのであれば彼等の力は必要になって来る。

  

 「……まぁ、話は分かってるんですがね」


 場所は変わって宿舎にある食堂。

 普段は数十人が食事をする場所なので広い。 そこに僕とエイデンさんとリリーゼさん。

 向かいには異邦人の代表が四名。 全員が全身鎧に兜の面頬を下ろしているので表情などは分からない。

 

 僕もそうだから人の事は言えないけど。

 代表で話しているのはカサイ・ツネユキさん。 どうも向こうは姓と名前が逆のようだ。

 後ろにいる三人はそれぞれ、キタマさん、タメガイさん、ムクシさん。

 

 最初はミナミさんと言う人が居たのだけれど、グノーシス教団の裏事情と解体の話をした日から来なくなった。


 「グノーシスが裏でヤバい事やってて、それがバレて突き上げを喰らった。 ……で、組織を立て直すために新しく立ち上げたアイオーン教団に協力しろってのがそっちの話なのは理解してるんですよ」


 カサイさんは何とも言えないと言った口調で現状を確認しているが、前にも話しているのでその反応の理由は良く分かる。


 「真面目な話、ここにいる面子はそっちに協力するのは別に構わないと思ってます。 ただ……他の連中となるとちょっと……」

 「まだだめそうですか?」

 「あぁ……これに関しては本当にすんませんとしか言えないんですよ」


 そう言ってカサイさんは頭を下げる。

 ここにる異邦人は彼等を合わせて、全部で十七人。

 聖堂騎士として活動していた経験のある者はその内五人。 残りの十二人は何をしているのかと言うと……答えは何もしていない……だ。


 日がな一日部屋に閉じこもって何もしていないらしい。

 部屋から出て来るのは食事と排泄の時だけだ。

 

 「あいつらは今までの生活に慣れ切ってましてね。 黙ってれば飯が出て来ると当然のように思ってるんで、その辺の認識を改めさせねーとどうにもなりませんよ」

 「……ミナミさんは?」

 

 僕の質問にカサイさんは顔を手で覆うようにして俯く。


 「あー……あいつはもっと重症でね。 ジネヴラが死んだ事とグノーシスの裏の事情を知っちまった事が相当ショックだったようで――特にジネヴラが死んだのは自分の所為だとか言い出して、部屋から出て来なくなりまして……最近は飯にも手を付けてないんですよ」

 

 ミナミさん。 当初はこの場にいてくれたんだけど、話をあまり聞いてくれない感じの人だった。

 グノーシスとジネヴラという枢機卿を随分と信頼していたようで彼女が死んだ事で常に怒っているような有様だったけど、グノーシスの不祥事が明らかになるにつれてどんどん元気がなくなって最後には顔も見せなくなってしまった。


 「まぁ、俺らで声をかけ続けるんで悪いんですがちょっと待ってやって貰ってもいいですかね。 当然ですが戦力が入り用の時は当然出張るんで声かけて貰えれば、全員がここを空けるのは不味いんで最低一人は残る事になりますが、手伝わせて貰いますよ。 ……いいよな?」


 カサイさんが最後に同意を求めるかのように振り返ると彼の仲間達が各々頷いていた。

 

 「……まぁ、そんな訳で俺ら四人はアイオーン教団に鞍替えする事に異論はないんで、生活の保障だけお願いします。 それと……」

 「はい、以前に言っていた帰る方法ですね。 今、旧グノーシス教団の施設から資料を引き上げているのでその中に関連する物があれば必ずそちらに報告します」

 

 カサイさんが協力するに当たって最初に出して来た条件がそれだった。 

 元の世界に帰る方法を探す事と既にグノーシスが見つけていないかの調査。

 断る理由はなかったので、僕とエルマンさんは二つ返事で引き受けた。


 怪しい施設は国内のあちこちにあるので、確認と調査は組織の立て直しや復興作業と並行して行っている事もあり、進みは遅いが約束を破る気はない。 その証拠に進捗は資料に纏めて彼に渡している。

 

 「……皆さんも異論はありませんか?」


 僕は念の為、カサイさんの後ろにいる三人にも声をかける。


 「……まー、いいんじゃねーんすか。 ただ、悪いんすけど、あのクリステラって女とだけは絡みたくねーんでそれだけ勘弁してもらっていいっすか」


 最初に返事をしたのはキタマさん。 態度は投げ遣りだったが、異論はないようだ。

 彼は王都での一件で友人のトウドウさんという人を喪っており、それに関わっているクリステラさんやエルマンさんに余りいい感情を抱いていないようだ。


 「自分はまぁ、長い物に巻かれろと言いますか……前の雇い主はもういない事ですし、構いませんよ」

 「私も……はい、生活の保障を頂ければ……はい、問題ありません」


 ムクシさんとタメガイさんも同意を示してくれたけど……。

 考えなどを一切発言せずに頷いてばかりだけど本当に良いのだろうか?

 

 「こっちも何もしてない訳じゃないんで近いうちに何とか三波だけでも立ち直らせますんで、何かあったらまた言ってください」


 カサイさんの言葉でこの場はお開きとなった。

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