第471話 「頼事」

 「聖女ハイデヴューネ。 貴女は辺獄の領域、もしくは境界と呼ばれる場所がどう言う物かご存知ですか?」

 

 当然、知らないので何も答えない。

 マーベリック枢機卿は僕の反応を見てそのまま話を続ける。


 「あの地は辺獄とこちら側との距離が最も近い場所です。 世界に十ヵ所存在し、辺獄に何かしらの異変があれば真っ先にあの地に変化が起こる」


 辺獄種が現れるのはその為と言うのは聞いていれば分かるが、それだけだと攻める理由にならない。


 「少し前の事です。 ウルスラグナ南方にあるフォンターナ王国とアラブロストル=ディモクラティアとの境界にザリタルチュというバラルフラームと同じ、辺獄の領域があります。 そこから大量の辺獄種が湧きだすと言った事件があったのはご存知ですか?」

 「……なっ!?」


 後ろでグレゴアさん達が驚きの声を漏らす。

 

 「最近の事でこちらには情報が届いていないでしょうが事実です。 そして辺獄の領域はお互いが何らかの形で繋がっているとされ、一ヶ所が活性化すれば他も引っ張られて同様の現象が起こると予想されています」

 「……つまり、バラルフラームでも近い将来、辺獄種が湧きだしてくると?」


 僕がそう言うとマーベリック枢機卿は大きく頷く。

 

 「その為、先んじてこちらから打って出る必要があります。 あの地を攻めるには私が連れて来た者達だけでは力不足、ですから聖剣の担い手たる聖女ハイデヴューネ。 貴女と貴女の率いるアイオーン教団の力が絶対に必要なのです」


 マーベリック枢機卿は随分と大勢の部下を連れて来ていた。

 聖堂騎士は控えている三名に加えて、外にもう三名連れてきているらしい。

 加えて配下の聖騎士や聖殿騎士が王都の外で軍勢と言って良い数が居る。 僕に会いに来るだけにしては数が多いと警戒していたがそう言う事か。


 「……連れて来た方達だけでは足りないと?」

 「足りませんな。 恐らく我々だけでは皆殺しにされるだけでしょう」


 マーベリック枢機卿は表情を変えず、当然のようにそう言い切った。

 僕はちらりと彼の後ろに控えている聖堂騎士達を見やると、ペネロペ聖堂騎士は悔し気に表情を歪め、リーガン聖堂騎士は僅かに表情を曇らせる。


 流石に堂々と「お前達には勝ち目がない」と言われれば面白くもないだろう。

 彼の話を聞きながら僕は必死に彼の言葉を反芻する。

 どこまでが本当なのか、もしかして裏があるのではないか、脳裏に様々な可能性が浮かんでは消えた。


 「……辺獄に攻め入りたい理由は分かりました。 ですが攻め入って具体的に何をするのですか?」


 一先ず、彼の話を額面通りに受け止めて聞ける事を聞こうと判断。

 攻め入る理由には納得したが、辺獄へ行って何をするのかが不明だ。 辺獄種を間引いて終わり?

 それはあり得ないだろう。 やったとしても問題を先延ばしにするだけだ。


 「辺獄の領域には辺獄種の神殿とそれを守護する守り手が居ます。 そしてその最奥にある「魔剣」。 それを封ずる事に成功すればこの地の危機は去るでしょう」


 更にマーベリック枢機卿は「封ずる手段も用意しております」と付け加え、振り返るとさっきから黙っていたオーエン聖堂騎士が巨大な盾の裏に収納していた鞘と鎖を取り出す。


 「これは魔剣の力を封ずる鞘と鎖で、これに魔剣を納めて鎖で縛すればその力を抑え込む事が可能です。 我々の目的は魔剣を持ち帰り厳重に封ずる事」


 考える。

 確かに彼の話がすべて本当だった場合、放置はできない問題だ。

 辺獄種が無尽蔵に湧き出してしまえば、たちまちこの国は飲み込まれるだろう。

 

 しかも都合の悪い事に現在、この国は大きく割れている。 この時期にそんな事態が起これば対応は難しいかもしれない。 いや、間違いなく少なくない犠牲が出るだろう。

 

 ……今は見極める為の情報が必要だろう。


 「問題はその守り手ですか?」

 「……えぇ、その通りです。 神殿に必ずいる最強の辺獄種『守護者』、『在りし日の英雄』等と呼ばれる存在。 魔剣の下へ到達するにはその者を突破する必要があります」


 英雄? 辺獄種の別称にしては随分と大げさな呼び方だなと少し思ったけど今はいい。

 

 「その『在りし日の英雄』が強いというお話は分かりました。 ですが、その存在の脅威をどうやって測ったのですか?」


 僕の質問にマーベリック枢機卿は沈痛な面持ちを浮かべた。


 「……我々グノーシス教団は現在、魔剣を二本保有しており、どちらもかつて辺獄の領域で手に入れた物です」


 それを聞いて僕は僅かに目を見開く。

 

 「私はその際の当事者ではないので伝え聞いた話ですが、どちらも手に入れる際に大軍勢を投入して帰って来たのは僅か数名で、その数名も半死半生と言った有様で戦いの凄まじさを物語っていました」

 

 マーベリック枢機卿の表情は苦い。

 少なくとも僕には嘘を言っているようには見えなかった。


 「かの者達の強さは凄まじい。 今の私の裁量で用意できる戦力を全てかき集めて来ましたが、恐らく足りません。 ジネヴラ殿やペレルロ殿がご存命なら状況は違ったかもしれませんが、亡き今、それは叶わない。 ……ですから! どうか、どうかご助力を!」


 そう言ってマーベリック枢機卿は跪いて地に額を付ける。

 教団の最高位の存在が地面に跪いて頭を下げる。 少なくとも僕の中ではありえない行動だ。

 それは他も同様だったらしく、両陣営の聖堂騎士達は驚きに目を見開く。


 「ちょっ!? あ、頭を上げてください」

 「お願い致します! どうか……どうか……」

 「ひ、一先ず頭を上げてください。 ほ、ほら皆さんも上げてくれるように言ってください!」


 思わず素で彼の後ろに控えている聖堂騎士に声をかける。

 彼等は慌ててマーベリック枢機卿に身を起こすようにやんわりとその体を掴む。

 結局、一度相談したいと返事をして彼等には少し待って貰う旨を伝えてその場はお開きとなった。


 



 「……彼等の話、どう思いますか?」


 場所は変わらず聖堂内。

 マーベリック枢機卿達が居なくなった所で僕は皆にそう切り出した。

 

 「今の段階では何とも言えませんね。 ただ……少なくとも私にはマーベリック枢機卿が嘘を言っているようには見えませんでした」


 最初に口を開いたのはクリステラさんだ。

 彼女は彼等が出て行った扉を一瞥すると、判断が付かないと言った複雑な表情を浮かべる。


 「……皆さんは彼等の話に何か心当たりは?」

 

 僕は初耳の話ばかりだったので黙って首を振る。


 「ぬぅ。 すまんが心当たりはないな」

 

 グレゴアさんも知らないと首を振り、エイデンさんとリリーゼさんも済まなさそうに知らないと困惑の表情を浮かべる。

 

 「聖女殿、どうされるおつもりですかな? もしマーベリック殿に協力するのであれば、ユルシュルへ話を通す必要がありましょう」

 「グロンダン聖堂騎士の言う通りです。 聖女様、受けるのであれば動くのは早い方がいいかもしれません」


 グレゴアさんとクリステラさんは半信半疑だけど、演技には見えなかったから場合によっては協力してもいいと思っている感じかな?

 ちらりとサンチェス姉弟の方へ視線を向けると――


 「あたしとしては気軽に受けるのは怖い感じですね。 実際、話の裏を取れている訳でもないし、聞けば噂の人体実験を主導していたのもあの人なんでしょう? 信用するのはどうかなと思います」

 「……姉さんと同意見です。 この状況を招いた責任の一部はあの人にある。 それを騒ぎが収まったらのこのこ出てきて協力して欲しいは、個人的に気に入りません」


 意見が割れた。

 けど、どちらの話も一理あると思う。 彼等が嘘をついているようには見えなかったけど、この落ち着いて来た時期に現れて話を持って来るのも余りいい気はしない。

 リリーゼさん達じゃなくても邪推したくなるだろう。


 少し考えたけど答えは出そうにない。

 今は保留にして皆と相談しよう。 まずは――


 「――後でエルマンさんに意見を聞いてみようか」

 「そうですね。 エルマン聖堂騎士ならば的確な意見をくれるでしょう。 何も一人で考える必要はありません。 皆で考えましょう」

 「ありがとう。 クリステラさん」


 クリステラさんが笑みを浮かべて励ましの言葉をくれたので僕も笑みで返す。


 ……まぁ兜の所為で見えてないだろうけど……。


 「取りあえず、エルマンさんに話をした後に皆を集めて相談しよう」


 僕はそう言うと各々頷いて動き出した。

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