第446話 「悪霧」
本格的に始まりはしたが、チャリオルトの攻勢がやり難い相手を繰り出して終わりな訳がない。
その考えはすぐに現実のものとなった。 風が吹くような気配。
一瞬、遅れてチャリオルトが繰り出した子供や老人ごとアラブロストルの連中や聖騎士が切り刻まれる。
そしてチャリオルトの本隊らしき連中が凄まじい速度で体勢の崩れたアラブロストルの軍勢に喰らいつく。
このまま終わるまで見ていようかとも思ったが、そう言う訳にもいかんので魔法で姿を消してサベージに跨り移動する。 チャリオルト側は明らかに相当数の兵隊を投入しているので、今なら楽に入れるはずだ。
サベージは地面を蹴って大きく跳躍。 そのまま空中を更に蹴って空を行く。
戦場を飛び越えて――
余りにも酷い臭いに鼻が曲がりそうになる。
覚悟はしていたが思わず顔を歪めた。 サベージも不快気に鼻を鳴らす。
流石に国境を越えると臭いが濃いな。
姿を隠したまま戦場を飛び越えて少し離れた場所に着地。
本来ならそのまま飛んで行くつもりだったが、あの山の上部を覆っている霧のような物を見て嫌な感じがしたので一度降りる事にした。
どちらにせよ踏み込むのは最低限の情報を集めてからと決めていたので突っ込むのはなしだ。
さて、これからどうした物か。
一番良いのは何とか正気の奴を探して記憶を引っこ抜いて情報を得られればいいのだが……。
……まぁ、そんな都合のいい奴が転がっている訳ないか。
周囲には人は居ない。
一応、近くにやや大きめの村のような物があるが人の気配がしないな。
取りあえず入ってみるとするか。
サベージに向かえと指示を出して村へ踏み込む。
やはり人の気配はない。 念の為、探知系魔法で周囲を調べたが引っかからないな。
どうやら本当に無人のようだ。
取りあえず適当な民家に入る。
中を確認すると荒らされた形跡はないが、それなりに時間が経過している事が分かった。
一年とまでは行かないが放置されて数か月と言った所か。
この様子だと国民は全員おかしくなっているか逃げ出していると考えるべきだろう。
どうやら当てが外れたようだな。
そうなるとやはりこの国は自発的に襲って来たというよりはそうなるように仕向けられたと考えるべきだろう。
例のカンチャーナとか言う奴の仕業なんだろうが……。
一体何者なんだ? グノーシスの連中とは完全に無関係なのは確かだろう。
敵対する理由がない。 同様にテュケの線も薄い。
何故ならグノーシスは連中の客だからだ。
大っぴらに手を組んではいないのだろうが裏で繋がっているのは間違いない。
今回、グノーシスは貴重な聖堂騎士を投入している。 つまり連中はそれだけ本気で今回の件をどうにかしようとしていると言う訳だ。
そう考えるのならテュケの関与の可能性は低いと考えられる。
お互い承知済みの茶番だと言うのなら理由を付けて聖堂騎士の投入を見送るだろうからな。
かといってチャリオルト側の人間――いや、人間とは限らんか――存在とも考え難い。
ここまで得体が知れんと面倒だから突っ込んでしまおうかという考えが頭をよぎるが、辺獄の事もあったので今は抑え――る必要があるのか?
どうせここで得られる物は何もない以上、山へ向かいながら何かないか探せばいい。
恐らく敵は配置されているだろうし始末しながら移動しよう。
もしかしたら正気の奴もいるかもしれん。
このまま麓を探索しても埒が明かない気がするので、その辺に期待しながら四方顔の本拠を目指すとするか。
自分の選択をこれ程後悔したのは初めてかもしれない。
山に入ってすぐに鼻を引き千切りたいほどの悪臭が嗅覚に突き刺さる。
これは純粋な臭いではないので嗅覚を潰した所で無駄なので耐えるしかないのがそれに拍車をかけた。
ちなみに一度試したが無駄だった。
サベージもあまりの悪臭に表情を大きく歪めている。
これは酷い。
俺は一時間足らずで我慢できなくなったのでサベージに飛び上がる事を指示。
サベージは俺の決断に喜んで賛同して飛び上が――
――った瞬間、即座にサベージは空中を蹴って下に戻る。
奴の状態を察して俺は即座に飛び降りる。
サベージは大急ぎで近くの草むらに入り盛大に嘔吐した。
正直、俺も盛大にリバースしたい気分だった。 それだけ凄まじい臭い――いや、あれはもはや臭いではない。 暴力的な何かだった。
……あぁ、くそっ。 気分が悪い。
信じられん。 嗅覚に訴える訳でもない臭いという感覚だけでここまで酷い気分になれるのか。
下から行くという判断は正しかったようだ。 勢いのまま突っ込んでいたのならとんでもない事になっていたかもしれんからな。
下ならまだ我慢できるレベルなので何とか進めはするが、これ以上酷くなるようであるなら撤退も視野に入れる必要もあるか。 これが霧の影響を受けない弊害だとするのなら、恐らく護符の類があればある程度は防げるはずだ。
それでもここまで酷いとどこまで通用するかは怪しいな。
ふと腰の魔剣を見ると薄く光っている。
何だと思って柄に手を触れると臭いが多少ではあるがマシになった。
こんな事もできるのか。
うるさいだけかとも思ったが、偶には役に立つじゃないか。
しばらくの間、無言で進み続けたが少し高い位置に入り、霧が深くなった所でサベージが限界を迎えたようだ。
苦し気に呻いて膝を付く。
降りてサベージの状態を確認。 肉体面では問題ないが悪臭による精神面へのダメージが深刻だ。
……これは無理か。
頂上まで同行させるのは難しいか。
サベージは何とか立ち上がろうとしているが厳しいようだ。
「……少し休んだら山を降りろ。 麓の村なら影響は少ないだろうからそこで休んで俺からの指示を待て、定期的に連絡を入れるが、一定期間俺からの連絡がなかった場合ドゥリスコスとファティマに連絡して指示を仰げ。 ……できるな?」
サベージは俺をじっと見つめた後、悔し気に顔を歪ませて頷く。
俺はサベージに積んでいた最低限の食料などの荷物を持って単身、先へと進む。
さて、魔剣のお陰で多少はましになったが、行ける所まで行くとしようか。
地形に関しては知識にある物と大きく変わっていないので移動に関しては問題ないが、進めば進むほど臭いがきつくなるな。
もう少し行けば小さな集落があるはずだ。 そこは少し下がった位置にあるので多少はましになるかとは思うが……。
少し早足に山道を歩く。
何もなければのんびりとしたハイキングになるはずだが、サベージですら脱落した悪臭のお陰で不快でしかないな。
道が下りになり多少ではあるが臭いがマシになった。
……確かこの先は川があるらしいが……。
耳が水の流れる音を拾う。
霧の所為で視界が悪いので見え辛いがそろそろか。
足を止める。
理由は水の流れる音に混じって何か別の音が聞こえて来たからだ。
耳を澄ますとこれは金属音――それも剣か何かだろう。
恐らく戦闘によるものだろう。
つまりはチャリオルトと敵対している者がいる。
少なくともいい情報源になりそうだ。
そう判断した俺は音の発生源に向けて駆け出した。
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