第447話 「村落」
音のした場所では数名が交戦中だった。
攻め手は三人。 どうやら元々はもっといたようで数人分の死体が転がっている。
そして相手は男が一人。 無数の細かい傷を負っているが戦闘に支障をきたすレベルではなさそうだった。
三人の内、二人がバックステップで距離を取り納刀。
同時に腰を落とす。 例の飛ぶ斬撃か。
残りは刀を真っ直ぐに構えた。 刃が赤く染まる。 こちらはエンチャントのようだ。
『<
「<
炎を纏った斬撃が男に向かい、それを追うように赤く染まった刀を構えて斬り込む。
対する男は――
「未熟」
そう呟くと同時に手が霞んだ。
次の瞬間、飛んできていた斬撃が切り裂かれて霧散し、攻め手の三人も切り刻まれていた。
血は出ない。 傷口が焼けているからだ。 その証拠に薄く煙が立ち上っている。
「<
どさどさと音がして斬られた連中が崩れ落ちる。
大した物だ。 一呼吸で七回も例の飛ぶ斬撃を繰り出して連中を仕留めた。
明らかに今までの連中とは格が違う。
「何奴か?」
……こちらにも気づいたか。
しかもまともに口を利けていると言う事は正気だと言う事だ。
早い段階で正気の人間を見つけられるとは幸先がいいな。
仕留めて記憶を頂こうかとも思ったがここの連中は勘がいい。
下手に仕掛けて逃げられても面白くないし、最初は話すだけに留めるか。
俺は両手を上げて戦意がない事をアピールしつつ近づく。
「怪しい者じゃない。 俺はアラブロストルに雇われた冒険者でチャリオルトの調査に来た」
適当な事を言って近づく俺に男は値踏みするような視線を向けて来る。
「アラブロストル? つまりは国境を越えて来たと言う事か。 ならばなぜお主は無事でいる?」
「言っている事の意味が分からんな」
少し考えてあぁと納得した。
もしかしてこの霧の事を言っているのか? 無事じゃないぞ。
悪臭で気分が悪いし鼻が曲がりそうだ。 付け加えるならちょっとイライラもしている。
「……この霧の事を言っているのなら無事ではないな。 酷い気分だ」
一応、自己申告しておいた。
男は俺の反応に若干、訝しむように眉を顰めたが小さく息を吐いて刀を収める。
どうやら多少ではあるが警戒は解いてくれたようだ。 ただ、完全ではないらしく手は柄から離れてない。
「拙者はラーヒズヤ。 この山で修行中の身だ」
「俺はロー。 冒険者をしている」
さて、無駄話をしに来たわけじゃないので早速本題に入る。
「いきなりで悪いが話を聞かせて貰えないか? 今回の一件、このチャリオルトで何があった?」
ラーヒズヤは渋い表情をする。 何だ、そんなに言いにくいのか?
反応から察するに心当たりはありそうだな。
ややあって何かを諦めたかのように肩の力を抜く。
「……元より独力での解決は叶わんか……分かった。 事情を話そう。 ついてきて頂きたい」
まぁ、話してくれるのならどこへでも行こうじゃないか。
俺は小さく頷いて踵を返したラーヒズヤの後に続く。
しばらく歩くと霧が晴れて悪臭が完全に消えた。
……これは?
霧が晴れた先は小さな集落だった。
四方を木製の柵で囲っており、物見櫓からは見張りが周囲を警戒していた。
中からは人の気配が多数。 見た感じここは完全にまともと見ていいのか?
だが、ここはどうなっている。
振り返ると霧はこの集落を避けるように入って来ない。
何かの仕掛けか? それともこの場所自体に霧をどうにかする力があるのか?
さっぱり分からんな。
ラーヒズヤは門番に事情を説明。 済んだと同時に俺に手招きして中に入るように促す。
中には女子供や老人などの非戦闘員が多かったが、腰に刀を佩いている奴も多い。
「こちらへ」
促されるままに進んだ先には小さな家があった。
どうやらラーヒズヤの家のようだ。
中はやや和風と言った所だろうか。 土足は厳禁のようで靴を脱いで座布団のような物に座る。
少し待つと茶を出されたので会釈して啜る。 あ、結構、美味いな。
ちょっと苦いが飲みやすい。
「……このチャリオルトで起こっている事についてだが……」
一息ついた所で話を切り出して来た。
俺は黙って耳を傾ける。
「全てはあの愚か者共が行った儀式が原因だ」
……儀式……。
もうそのワードだけで多少なりとも察してしまったが黙って続きを促す。
チャリオルト。
ここに住む住人たちはこの地を住処と認識しているが明確な国家とは認識していない。
そもそも彼等はここで生まれ、ここで死ぬことを是とするので、それが常識との事。
その割には定期的に逃げ出す輩もいるがな。
俺がそう言うとラーヒズヤは小さく唸る。 まぁ、無視できん問題ではあるようだ。
ここで生まれた者は武を修め、技を磨く事を強要される。
「今一つ理解できんが、ここの連中は山に引き籠って修行しているのは良く分かったが、結局何がしたいんだ?」
強くなるのが目的だとしたらいくら何でも不毛じゃないのだろうか?
「……拙者にも詳しい事は分からん。 古くからのしきたりのような物で、遥か昔から連綿と与えられた役目だと……ただ――」
「ただ?」
「いつか我等四方顔が積み上げた武と技の全てを用いて戦うべき日が来ると。 その為に力を蓄えねばならぬという事が古書に記されていたという話を聞く」
なんだそれは。
そんな良く分からん理由でこいつ等は山に引き籠っているのか?
定期的に逃げ出す奴が現れると言うのも無理のない話だ。 何せ明確にいつとも定められていない日に備えて一生を棒に振れと言われているに等しい。 とてもじゃないが、やってられんな。
ラーヒズヤの話は続く。
つまりは連中の目的は現状、強くなることだけと言う事だ。
それだけ聞けば何とも無害な連中だなと言う感想しか出てこないな。
ただ、そうなると今回の侵攻は何なんだと言いたくなる。
それは少し前に起こったある事件が原因らしい。
ここの連中は強さを追求しようとしている訳だ。 その為、力には貪欲で、使えそうな物は何とか取り込んでしまおうと考えている。
……で、何をしたのかと言うと悪魔召喚だ。
またかよと頭を抱えたくなる。 この世界では怪しい奴を呼び出して自滅するのが流行りなのか?
詳細は不明だが、何らかの手法で異界の何かを呼び出し、それを取り込もうとしたらしい。
恐らく連中の使っている技や魔力の制御方法から着想を得たといった感じか? それとも何処かから技術が流れて来た? 確証がないので判断が出来んな。
ラーヒズヤは当事者ではないので伝え聞いた話だが間違いはないと言い切った。
それでだ。 妙な何かを呼び出して首尾よく触媒に吸収させることに成功。
強大な力を得る事に成功したらしい。
そこまで聞けばおめでとうと投げ遣りな祝福を送りたい所だが、今回に限ってはそうもいかない。
力を得た者はそれを活用して手近な連中を次々とおかしくして今に至るという笑えない落ちが付いて来るからだ。
……迷惑な話だな。
関係ないのにとばっちりでおかしくされた連中もそうだが、攻められたアラブロストルも災難だったなとしか言いようがない。
「それで、その血迷った奴は何者なんだ?」
俺が質問をするとラーヒズヤは更に言い難そうに口籠る。
おいおい、これだけ身内の恥を晒しているんだ。 言い難い事なんてないだろうが。
それともまだ何かあるのか?
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