第434話 「解剖」

 「ろ、ローさん。 いきなり飛び出していくから心配しましたよ!」


 戻るなりドゥリスコスが出迎えて来たが死体を引き摺ったままそのまま奥へ。


 「空いている部屋を貸してくれ」


 用件を簡潔に切り出すとドゥリスコスは死体を見て察したのか頷く。


 「はい。 その死体はもしかしてチャリオルトの人間ですか?」

 「あぁ、どう言う訳か記憶を吸い出せなかった。 何か分かるかもしれんので死体を調べたい」

 

 ドゥリスコスは分かりましたと頷くと、離れにある空き部屋を貸してくれた。

 テーブルに死体を載せる。 少々、時間が経っているのでやや傷んで来たがまぁ構わんだろう。

 取りあえず、腹を裂いて中を見る。


 ……特に妙な点はないか。


 臓器の配置などは特に普通の人間と変わらない。 

 特に何かが変化していると言った感じはしないな。 いつかのグノーシスが繰り出して来た天使モドキのように変な臓器が入っている訳でもなかった。


 ……胴体に異常はなしか。


 そうなると脳か。

 頭を開いて直接見てみるがそちらも特に異常はない。

 何か弄られた形跡も見受けられなかった。


 持ち物を調べたが魔法道具の類もなし。

 持っていた武器も回収して調べたが、ただの刀っぽい剣だった。

 痛みを感じているようではなかったので少なくとも脳に何かしらの細工を施されている物かとも思ったが、それも無しか。


 結論としては物理的に細工された形跡はなしとなった。

 そうなると後は魔法的にと言う事になるが……。

 魔法道具を所持していなかったところを見ると、何らかの魔法の影響下にあったと考えられる。


 現状で分かるのはこんな所か。

 念の為、根を伸ばして侵食を試みると例の悪臭と不快感は消えていた。

 どうも死んでから時間が経過すると効果が抜けるようだな。


 そうなると生きているサンプルが必要になるか。

  

 ……面倒だな。


 痛みも感じていなさそうだし、損傷を顧みず向かって来るところを見ると捕縛は面倒そうだ。

 まぁ、四肢を切断すれば行けるだろう。

 少し様子を見てからもう一度行くとするか。


 死体を処分して部屋から出ると俺はドゥリスコスの部屋へと向かう。

 アラブロストル側の動きも知っておきたかったからだ。

 奴の執務室へ行くと何やら忙しそうにしていたが、俺の姿を認めると書類の山を脇にどけてどうされましたかと聞いて来た。


 「アラブロストル側の対応はどうなっている?」

 「……区長に会ってきましたが、かなり動揺していましたね。 正直、自分も魔導外骨格が負けるとは思ってなかったので驚いています。 一体どうやって……」

 

 それに関しては見て来たので理解はしている。


 「連中が独自に編み出した技術で、魔力を斬撃に乗せて威力を上げている。 それで装甲を切り裂いていたようだが、大した威力だったな」

 「……そうですか。 でも、妙ですね。 そんな技術があるならもっと早くに攻め込んでもいい筈です」


 確かにドゥリスコスの言う事はもっともだ。

 連中程の実力があってこの国を陥落させたいと言う意図があったのならわざわざ、軍備を増強しているこの時期を選ぶのは不自然だろう。


 何故、このタイミングだったのかと言うのは大いに引っかかるな。

 

 「そう言えば、死体を調べていたそうですが何か分かりましたか?」

 「……あぁ、妙な事が分かった」


 俺は解剖結果を簡潔に伝える。

 肉体的には何の異常もなかった事と仕留める前に見せた異常な挙動と、接触した際の悪臭と不快感。

 記憶が読み取れなかった事と魂がなかった事。


 俺の話を黙って聞いていたドゥリスコスは一通り聞き終えると小さく頷く。

 

 「つまり彼等は何らかの手段で操られている……と?」

 「状況だけで見るのならその可能性は高いな。 ついでに言うのなら連中、捕らえた奴等を連れ去っていた。 あの様子ならそう遠くない内に連れて行かれた奴等もチャリオルト側の軍勢に混ざって攻めてきそうだな」


 洗脳されていると考えるのなら攫った理由は明白だ。

 自分の勢力に取り込む為だろう。

 

 「……なるほど。 そう考えるのなら大掛かりな誘拐にも説明が付きますね」

 「問題はこの一件、誰が裏で糸を引いているかだな」

 

 この様子だとチャリオルトの連中は操られているだけの可能性が高い。

 そうなると話がややこしくなる。 要は戦争を吹っかけて来たのがチャリオルトの後ろにいる別の勢力となるからだ。


 ……まさかテュケか?


 正直、連中は何をしでかすか分からんところがあるから頭を失って自棄を起こしたと言われてもおかしくはないが……。

 違和感がぬぐえない。 テュケは国に寄生するという形で勢力を伸ばしている印象がある。

 果たしてその宿主となる国を危険に曝すような真似をするだろうか?


 考え難いと内心で否定。 

 ならば俺の知らない全く別の勢力か? それなら一応は納得できる気はするが……。

 

 「お話は分かりました。 どちらにせよアラブロストル側も黙ってやられる気はないようで、近々大規模な反攻作戦を予定しているそうです。 グノーシスは勿論、傭兵や冒険者にも協力を募っているようなのでそれに混ざるのはどうでしょうか? 乱戦であれば色々と動きやすいと思いますが……」


 ふむと考える。

 悪い手ではないか。 雑魚ですらあれだけの動きをする以上、囲まれると少し厄介だ。

 他を受け持ってくれる奴らがいるのなら俺個人としても動きやすい。

 

 「そうだな。 それで行こうか。 その反攻作戦とやらはいつ頃なんだ?」

 「七日後と聞いています。 冒険者ギルドでも依頼が発行されているようなので、詳しくはそちらで聞けるはずです」


 それにしても冒険者に戦争に参加せよとは少し意外だな。

 あの手の組織はこの手の国家間の揉め事には首を突っ込まない印象があったのだがな。


 「流石に今回の一件は完全に向こうに非がありますからね。 戦争というよりは賊軍の討伐と言った形を取るようです」


 物は言いようだな。

 要は戦争への参加ではなく不当な襲撃を仕掛けて来たチャリオルトという賊軍の討伐という建前で依頼を発行しているのか。


 小さいとはいえ隣国なのに山賊扱いとは連中も憐れな。

 しかも操られている可能性が濃厚な以上、それに拍車がかかる。

 まぁ、俺には関係のない話だし、精々アラブロストルが負けない程度に立ち回るとしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る