第435話 「伐軍」

 翌日に冒険者ギルドへ向かうとドゥリスコスの言う通り随分と賑わっていた。

 理由は賊軍の討伐という名目の戦争だろう。

 中に入って依頼の詳細を確認するとなるほど、これなら参加する奴は多そうだ。


 内容は賊軍の討伐で前金と成功報酬に加え、仕留めた敵の数で別途報酬を出すと言った歩合制を取っているようだ。

 要は殺せば殺すほど金が入る仕組みだな。

 前金と成功報酬だけで見てもそれなりの額なのでほいほい乗っかる奴は相応に居るだろう。


 ……それにしても……。


 少し前のザリタルチュ侵攻で相応の数の冒険者がくたばったはずだが、居る所に居る物なんだな。

 殺しまくった俺が言うのもなんだが、この辺は連中の嗅覚や勘の良さと言った物の差なのだろうか。

 まぁ、連中にとってこの戦争が命を懸けるに足る物なのかどうかは報酬の価値がそれと釣り合っているかどうかの判断になるとは思うが……。


 まぁ、俺は当然受けるがな。

 人混みは鬱陶しいのでさっさとカウンターで話をして参加する旨を伝える。

 参加者は馬車で近場まで送ってくれるという事だったが、移動手段の話はサベージが居るので自前でどうにかすると伝えて断った。


 受付は集合場所と日時を伝え、最後にご武運をと言って依頼を受理。

 俺は適当に頷いてその場を後にした。





 ざっと聞いた概要では主な目的は制圧された二十区と十三区の奪還。

 アラブロストル側としては被害は外縁のみで抑えたいと言った所なのだろう。

 この国は内へ行けば行くほど重要な施設があるからな。


 基本的に主力は銃杖と魔導外骨格を擁した国の部隊で、冒険者は後方支援兼援護と言った所か。

 大人数が動く上、相応の数の資材も動かさなければならない以上、人手はいくらあっても困らんだろうしな。

 俺も基本的に荷の護衛などで戦闘に関しては参加するのは自由だが、自己責任でと言い添えられていた。


 あの連中の強さを見る限り、中途半端な連中ではあっさり殺されるのが落ちだろう。

 その辺を理解してない奴は簡単に死にそうだなとぼんやりと考えながら俺は準備をする為にドゥリスコスの店へと戻った。


 移動の途中に一応、ファティマに連絡を入れて現状の説明を行い、戻った後はドゥリスコスにも同じ説明をした後、サベージを連れて現場に向かう。

 ソッピースはドゥリスコスの元へ置いて行く。 奴はウルスラグナへの連絡役として使えるからだ。


 俺は配下なら誰とでも<交信>により意思疎通は可能だが、配下同士となると一度接触させる必要がある。

その為、一度ファティマ達と接触したソッピースは連絡役に適している。

 口も利けるしな。 まぁ、いざとなれば転移魔石で行き来は可能だが、魔力の充填も手間がかかる上に貴重品なので多用は避けたいらしい。


 ……例の研究所を転移させる際にかなりの数を使い捨てたからな。


 あの魔石はあくまで入れ替えを行う物だ。

 つまりは現場に証拠品が残ると言う事になる。

 利用されればオラトリアムまで来られかねないので、一度使用したら自壊する仕掛けを施す必要があったのだ。


 結果、高価な魔石を大量に失う羽目になったと。

 ファティマは必要経費と割り切ってはいたようだが、面白くはなかっただろうな。

 聞けば、獣人国トルクルゥーサルブとの接触もかなり前倒す事になり、少し忙しいとか言っていたか。


 確か例の巨大な亀裂の近くに採掘都市を作るとか言っていたな。

 出発前に作ってやった奴の妹が実務の大半を引き受けてくれているお陰で何とか手は回ると言っていたので問題はないだろう。

 

 自分とほぼ同じ能力を持った妹が欲しいとか言い出した時はこいつは何を言っているのだろうかと首を傾げた物だ。

 どうやら領の実務を一人で回していたのだが、オラトリアムにライアードと傘下に加えたメドリームとアコサーンの合計四つの領の管理をしなければならなくなったので、流石に手が回らなくなったらしい。


 加えて、ティアドラス山脈の亜人種の管理と大森林の伐採作業や整備、それに最近はトルクルゥーサルブとの折衝、魔石の採掘都市の建造も加わっているので俺から見ても明らかにオーバーワークだ。

 聞けば一ヶ月二ヶ月、まともに寝ないなんて当たり前だったらしい。


 ファティマの性格上、しくじる可能性のある他人に任せると言った事に抵抗があるらしい。

 結果、自分を増やすと言った常軌を逸した頼みをするに至った。

 作ったのは五人。 抽出したファティマの記憶を植え付け、差別化を図る為に虚飾の権能である『人格模倣』で適当な人格を植え付けて完成だ。


 知識と技能はそう変わらんはずなのに人格によってあそこまで違った仕上がりになるとは思わなかったな。

 体格はほぼ同じだが雰囲気や性格にあそこまで差異が出て来たのは面白い結果だった。

 記憶と知識は同様でも人格で個性が出ると言う事か。


 今後の参考にするとしよう。

 

 ……とは言ってもいちいち権能を使う必要があるので気軽に試せんところがネックか……。


 そうこう考えている内に目的地が近づいて来た。

 二十区より北西側――内側に隣接している十二区だ。

 ギルドの話によればまずは近くで集合して作戦の詳細と今後の動きに関しての説明があるらしい。


 

 到着した十二区は随分と賑わっていた。

 ザリタルチュであれだけ死んだにも拘らずこれだけの人が集まるのだから世の中は人で溢れ返っている。

 プレートの色も随分とカラフルだ。 今回に限っては前線に出るだけではなく補給や護衛など、やる事、やれる事は多岐にわたるので駆け出しですら普通に使っているようだ。


 説明はギルド近くの広場で行われた。

 ギルド職員がやる物かと思われたが区長直々にお立ち台に上って一席ぶってくれるようだ。

 

 「諸君! よくぞ集まってくれた! 儂はアラブロストル=ディモクラティア第十二区長、ケリム・ウォン・ハットンだ。 これより今回の賊軍討伐について儂自ら説明を行う! 心して聞くように」


 何と言うか恰幅の良い――まぁ、有り体に言えば太ったおっさんだな。

 汗をだらだら流し、それをハンカチで拭きながら叫ぶように喋っていた。

 その表情は緊張というよりは焦りを多分に孕んでいるように見える。


 ……それも当然か。


 十二区長と言っていた所を見ると次に襲われるであろうここを守ろうと必死なのだろう。

 陥落した二十区と十三区は区長も行方不明らしい事を考えると今頃は連中に洗脳されているか殺されているだろうし、権力と自分の命を守る為に意地でもこの状況を乗り切りたいのだろうな。


 その証拠に依頼の成功報酬は国側だけではなく区長のポケットマネーからも出ているらしく、結構割高だった。

 まぁ、負けたら仮に生き残ったとしても権力を失うんだ。 出し惜しみをする意味がないか。


 俺はそんな事を考えながら唾を飛ばさんばかりに依頼の詳細を説明する区長をぼんやりと眺めていた。

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