十四章
第433話 「悪臭」
隣国チャリオルトが俺の今いるここ――アラブロストルに仕掛けて来た。
起こった事実だけを並べるのなら随分と簡潔だ。
さて、こうして戦争となった訳だがはっきりいってそれがどうしたと言うのが俺の感想だ。
チャリオルトとアラブロストル、この二国の国力差は明白なので素人の俺から見ても勝敗は明らかだった。
アラブロストルは最近、国立魔導研究所という重要施設を失ったが今まで生産した武器は健在だ。
対するチャリオルトは変わった技能を使える人材を抱えているとはいえ、物量差は覆せんだろう。
正直、どちらが勝っても俺には関係のない話だし、落ち着いたらチャリオルトを見て回るかと気楽に考えていたが、事態は俺が思っている以上に深刻だった。
アラブロストルの国境を防衛している部隊があっさりと壊滅したのだ。
やった連中はそのまま切り込んで手近な街で略奪を繰り返しているとの事。
そこで俺はふと首を傾げた。
チャリオルトと言うのはそこまで野蛮な国だったのだろうかと。
少なくともトラストの記憶にある限りでは武の追及を目指した求道者の集まりと言った印象だったのだが……。
何か方針の変化でもあったのだろうか?
現在は南東から攻め入られ、二十区と十三区が制圧されている真っ最中だそうだ。
ドゥリスコスはどうもこれをどうにかしたいらしい。
別に愛国心に目覚めたと言う訳ではなく、このまま行くと自分の商会にまで累が及ぶからだ。
そこで俺にもようやく理解が広がった。
確かにそう考えるとアラブロストルが落とされるのは困るな。
折角、商会を手に入れて気楽に動ける矢先と言うのにその商会を潰されては堪ったものではないからだ。
そうなると戦わざるを得んか。
こういった行事に首を突っ込むのは本意ではないが、遅かれ早かれチャリオルトには行くつもりだったんだ。
適当に障害を排除しながら行く事にしようか。
俺はそう考えてこの件に首を突っ込む事を決めた。
さて、具体的に何をするかと言うとまずは情報収集からだ。
結局の所、連中がどう言うつもりで攻めてきているのかがさっぱり分からん。
まずはその辺をはっきりさせるべきだろう。 最低限、誰を消せばいいかをはっきりさせておきたい。
そんな訳で俺はさっさと最南端の二十区へと向かう事にした。
空から姿を隠しつつ俯瞰で眺めるが――
まぁ、控えめに言って酷い有様だった。
眼下に広がる二十区の街並みはあちこち破壊されており、被害は今も拡大しているようだ。
一部で抵抗を続けている者達もいるがあれはそう長くは保たんな。
魔導外骨格が専用のでかい杖で魔法を撃ちまくっているが、チャリオルト側の兵にはかすりもしない。
魔法か何かで強化している事を差し引いても速すぎる動きで即座に肉薄。
腰の剣――刀に似ているそれを一閃。 それだけで頑強な装甲を誇る魔導外骨格の手足が切断されて崩れ落ちる。
おいおい、誰だよ魔導外骨格があれば勝てるとか寝言を言っていた奴は。
全然ダメじゃないか。
チャリオルト側の兵は無闇に殺す気はないらしく、抵抗力を失くした奴や非戦闘員は捕らえて拘束。
荷車に積んで連れ去っていた。 略奪と言うよりは拉致が目的なのか?
物品なども奪ってはいたが、どちらかと言うとそれは二の次で人間を攫う事に主軸を置いている。
人間なんぞ攫って何をする気だ? 奴隷にでもする気なのだろうか?
見る限り老若男女問わ――いや、女は殺してるな。 男だけを手あたり次第に攫っているようだが……。
やはり目的が見えて来んな。
こうなると直接記憶を抜いたほうがいいのかもしれん。
……一人適当に捕まえて記憶を頂くとするか。
そう決めた俺は地上に降りながら単独で動いている奴を見繕って、降り立つ位置を調整。
着地と同時に背後から
「――!?」
どうやったのか身を捻って回避。
同時に抜剣――いや、使っている武器が刀っぽいから抜刀か――しながらこちらに突っ込んで来る。
魔法で姿を隠しているのだが、反応してくるとは動きが良いな。 この場合は、勘がいいというべきか。
どう言う理屈で気づいたのかは知らんが、気配か何かを察したのだろう。 まぁ、やる事は変わらん。
内心で訝しみながらも腰の魔剣を抜く。
迎え撃とうとしたが間合いに入る前に急停止。
同時に上段に構えて一閃。
何をと思ったが、連中がトラストの同類である事を察して即座に身を捻る。
斬撃の延長線上の地面が斬痕が刻まれる。 やはり斬撃を飛ばして来たか。
危ないな。 気付くのが遅れたら腕を切断されていたかもしれん。
お返しとばかりに俺は<榴弾>を叩き込む。
火球は着弾前に弾けて広範囲にわたって吹き飛ばす。
流石にこれは躱せなかったのか咄嗟にガードしていた。
追撃に
今度こそ絡め取る事に成功。 そのまま引き寄せる。
さて、記憶を寄越して知っている事を洗いざらい教えて貰おうか?
「お、おおおおおおおおおおお!!」
拘束されていた男は急に叫び出すと強引に振りほどこうとする。
無駄だ。 完全に固定しているから人間の構造上抜けられ――
ボキボキと嫌な音が鳴り響く。 同時に拘束をすり抜けた。
こいつ、骨を強引に砕いた上、関節を外して抜けやがった。
男は自分の砕けた骨にも構わず、そのまま斬りかかって来た。
内心で小さく嘆息。 頑張るのは結構だがあまり余計な手間を増やすな。
相手の斬撃に合わせて魔剣を一閃。
魔剣は男の獲物ごと胴体を両断。 上半身と下半身が分かれて地面に転がる。
血溜まりが広がるが無視して落ちている上半身を拾い上げて耳に指を突っ込んで根を伸ばす。
どれ、記憶を――
……何だと?
おかしい。 脳に接触し、いつも通り記憶を吸い出そうとしたがいつもと手応えが違う。
記憶がないわけではないが、断片的な物しか読み取れず意味が理解できない。
ぼんやりと誰かの為に動いていると言った認識だけがあった。
どう言う事だ?
分からんが、こいつが普通じゃないという事だけは理解できた。
ならば魂を取り込んでそっちから情報を抜こうと探ってみたが――
「……こちらもだめか」
探ったが魂がない。
おかしいな。 殺しはしたが死んでから時間が経っていない以上、ないのは妙だ。
それとおかしな点がもう一つ。
「……臭い」
そうとしか形容できない感覚だった。
何故か接触していると謎の不快感に襲われるのだ。
この感覚を言葉にするなら「臭い」。 厳密には嗅覚に訴えかけている訳ではないのだが、俺の感覚はこれを悪臭と認識している。 とにかく不快感が凄まじい。
一先ず、現状では得る物もなさそうなので早々に指を引き抜いて接続を解除。 同時に不快な臭いは消える。
こいつがどうなっているかさっぱり分からんが少し調べる必要があるか。
俺は死体の上半身の襟首をつかむとその場を後にした。
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