第418話 「荷検」

 準備を始めて更に数か月近くが経とうとした頃だろうか?

 やっと前段階となる準備が完全に終わった。

 最初ファティマから作戦計画の概要を聞かされた時は成程と納得した物だ。


 手口を完全に変える上、上手く行けば事故にも見せかける事が出来、更にオラトリアムにまで利益が出ると一石二鳥どころか三鳥かもしれない内容だった。

 少なくとも俺では逆立ちしても思いつかないな。


 ……まぁ、策としてはこれ以上ないので後は直接動くこちらの仕事だ。


 復興作業も粗方完了し、情報の収集も完全とは言い切れないが済んだ。

 中央部の立地に関しても問題はない。

 新しく改造種を作成して送り込んでおいたので、変化があればリアルタイムで伝わるようになっている。


 不意に窓が小さくノックされた。

 おっと、噂をすればだな。 自室の窓を開けると透明な何かが入って来た。

 それは小さく跳ねて俺の胸に飛び込んで来る。


 受け止めて抱えると柔らかな手触りが伝わり、迷彩を解くとその姿が露わになった。

 一言で言うのならウサギと鳥のキメラだ。

 全長は約五十センチメートルを少し越えるぐらいで、そこまで大きくはない。


 小ウサギに鳥の羽を付けただけのデザインだが、偵察には中々使える。

 名称はスクヴェイダー。 由来はスウェーデンかどこかの未確認生物だったかな?

 体毛は真っ白だが周囲の風景に合わせて変化させることが可能で、物理的に見つける事が難しい。

 加えて、<茫漠>を使えるようにしているので使用させればまず見つかる事はないだろう。


 飛ぶのは<飛行>を使用するのでスタミナがないのは難点ではあるが、体内に魔石を仕込む事によってそれを補っている。 要は補助動力だな。

 魔力が切れそうになれば体内の魔石から魔力を供給し、何もしていない時には自前で魔力を込めて充電させるというのは首途のアイデアだが、かなり上手く機能している。

 

 眼球は遠視が可能な魔眼で、垂れて張り付いている耳は広範囲の音を拾えるが、これは盗聴と言うよりは自分の身を守らせる物だ。 敵が寄って来れば即座に逃げるように仕込んでいる。

 ただ、小型化の弊害として脳も体相応のサイズなので知能がそこまで高くない。

 

 一応は命令が理解できる程度の知能を与えているので、与えた仕事をこなすには充分な能力を備えている。 まぁ、余計な事をさせなければ今の所、問題はないだろう。

 口を開かせて指を突っ込み、記憶を共有して視覚情報を抜き取る。


 <交信>は便利だがあくまで意思を伝えるだけしかできないので映像を検めるにはこうして直接受け取る必要がある。

 作った数は三十。 それぞれ一から三区に各十ずつ振り分けて監視させており、定期的にこうして報告に戻していると言う訳だ。 


 ……変化なしか。


 検めた映像はここ最近見た物とそう変わらなかった。

 二区と三区はそこまでではなかったが、一区はいつ見ても大した警戒態勢だ。

 本命の施設は直ぐに見つかったが、凄まじい規模だった。


 広大な敷地の半分近くを埋め尽くす建物の群。

 工場らしき施設に立ち並ぶ宿舎と思われる物。

 面白い事にアパートみたいな形状をしている所を見ると部屋単位で使用している共同住宅なのだろうな。


 それだけでテュケの関与を疑うには充分だ。

 明らかにこの世界の建築物とは趣が違う。

 敷地内には大型の魔導外骨格がうろついており、警備の厳しさが良く分かる。


 それを見て小さく嘆息。

 正面から突っ込むような真似をしなくて正解だったな。

 あれだけ広いのなら完全に皆殺しにするのは難しい。


 第二形態で焼き払えば施設自体は破壊できるとは思うがあちこちに巨大な魔石を動力としているアンテナのような代物が存在している。 恐らくは防御機構の類だろう。

 短距離ではあるが空間転移も可能らしいので、まず取りこぼすだろうな。


 スクヴェイダーは知能の低さもあって、柔軟な行動がとれない。

 その為、中に入れるのは不安があったので外からの監視に留めさせており、建物の内部の仕掛け等に関しては外観から想像するしかないが……。


 ……まぁ、あれだ。 それは俺が考える事じゃないしどうとでもなるだろう。


 それに仕込みで一番面倒なのはこの後だ。

 気付かれる事なく一区に入る必要があるので、中々神経を使う。

 こればかりは他に任せる訳にはいかないので俺が直接出向く必要がある。


 仕込みに使う物も揃ったようだしそろそろ出発する頃合いか。

 俺は報告に来たスクヴェイダーに持ち場に戻るように伝え、部屋を後にした。




 「そろそろ行くのですね」

 「あぁ、頃合いだしな。 そっちの首尾は?」

 

 場所は変わってドゥリスコスの執務室。

 出発する旨を伝える為と確認だ。


 「問題ありません。 区の方には銃杖で撃退したと言う事にしておきました。 特に妙な詮索はされなかったのでローさんの存在に気付かれていないとは言い切れませんが、可能性はそこまで高くないかと」

 「物の用意は?」

 「指定された数は届いています。 量が量なので魔導外骨格の残骸の引き渡しにかこつけて一区の近くまで輸送はしますが、流石に中を検められるのは不味いので、持ち込む事はできません」


 分かっている事なので頷いておく。

 嵩張るので俺一人で抱えての長距離移動は難しい。 その為、ギリギリまで馬車か何かでの輸送を行うつもりだ。

 その辺りはドゥリスコスに任せていたが、上手い事やったようだな。


 「積み込みは完了しておりますので後で確認をお願いします。 御者と護衛は同胞のみで固めていますので、要らない気を使う必要はありません」

 

 ……そりゃ助かる。


 同行する連中を洗脳した奴で固めているのならこそこそしなくて済むからな。

 

 「分かった。 流石にサベージは連れて行けないのでここに残す。 餌は適当にやっておいてくれ」

 

 そう言って俺は執務室を後にする。

 ドゥリスコスのお気をつけてと言う声を背中越しに聞きながら外で待っている馬車へ向かう。

 用意された馬車は十台全てが大型。 本命の輸送用と護衛の馬車が半々。


 中の荷物を確認。 でかい木箱を開けると聞いていた通りの代物がずらりと並んでいる。

 思ったより木箱がでかいな。 持ち運びはどうするか……。

 そうこうしている内に準備が終わり出発となった。

 

 他の荷はかき集めた魔導外骨格の残骸。

 どうも向こうの要望で引き取りたいとの事だ。

 一応、手間賃はくれるというので掃除のついでに集めたらしい。

 

 我ながら派手にぶっ壊したので原型を留めている物が一つもないな。

 中央部まではそれなりに距離があるのでしばらくは馬車の旅か。

 その間は、細かい連絡ぐらいしかやる事がないな。


 俺は馬車の中でごろりと横になる。

 背に馬車の揺れを感じる。 それ以外は微かに街の喧騒が聞こえるだけだ。

 それも街から出れば消えるだろう。


 静かなのはいい事だと内心でぼんやりと思い無言で目を閉じた。

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