第419話 「仕込」
アラブロストル=ディモクラティア第三区。
視界に入った目立つ建造物はそう呼ばれている代物だ。
二区と三区は巨大な障壁に囲まれており、空からでないと内部の様子を見通す事が出来ない。
加えて中央部は変わった造りをしている。
半円状に敷設された障壁が隣の区と完全に隣接しているお陰で上から見れば綺麗な円状に見える。
それを円の真ん中で区切っているのだ。
さて、今回の本命である第一区はどこにあるのかと言うと、二区と三区の間――中央部分に同様の障壁に囲まれて存在し、上から見れば二区と三区と併せて二重丸みたいな形に見える。
厳重な警備も相まって、国民であっても中に入った事のない奴が多いのも頷ける話だ。
第一区に入るには北側の三区か南側の二区を通り抜ける必要がある。
今回、俺達は北から来ているので近い三区へ向かっていると言う訳だ。
……そろそろか。
三区に入る前に積み荷のチェックが入るので馬車で近づけるのはここまでだ。
木箱を縄で縛って体に括り付けて準備を行う。
その木箱なんだが……複数の木箱を魔法で接合して運びやすいようにしたのだが……。
いくら何でもでかすぎるな。
明らかに俺の図体よりでかい。 重量に関しては少し重いが問題はない。
後は一緒に来た連中に箱が散らばらない事と固定できてるかの確認をさせて問題がないと分かった所で<茫漠>を使用。
姿を消す。
完全に消えた所で<飛行>を使用。
ふわりと体が浮き上がりそのまま外へ出て急上昇。
俯瞰で一から三区の街並みを眺める。
……スクヴェイダーの記憶にあった通り、上から見れば真ん中で区切った二重丸だ。
知っているのと実際見るのではやはり迫力が違うな。
そんな事を考えながら移動。 三区を素通りして壁を越えて、一区へ入る。
三区も大概だったが一区になると街並みが完全に別物だ。
家屋なども一戸建てではなく面積を効率よく利用できるアパートに似た物が多く、店舗も背は高くないがちょっとしたビルのような建物の中にあるようだ。
その証拠に看板が掛けられており何階にどう言った店があるかの簡単な案内が記されていた。
何ともファンタジー感のない街並みだなという感想は出るが、今はやる事があるので眺めるにしても後だな。
背中の荷物の重みを感じつつ目的の施設へ向かう。
元々、一区は大して広くもないので到着は直ぐだが、周囲に張り巡らされた警報装置とこれ見よがしに歩き回る歩哨の多さが警戒の厳重さを物語っている。
歩哨はごまかせそうだが、敷地内に入ったら……いや、一定の距離まで近づいたらまず気付かれるだろう。
事前に貰った地図を開いて目の前の施設の形と照らし合わせ、問題がない事を確認。
……取りあえず何日か観察して、比較的安全に近寄れる時間を割り出した後に作業に入るか。
これから面倒な作業が待っている。
本来なら誰かしらに押し付ける所だが、見つからずに済ませる必要があるので難易度が高い。
結局、自分でやった方が安全と言う事がはっきりしたので渋々ではあるがここまで足を運んだと言う訳だ。
しばらくは様子見となりそうなので近くの建物の屋上に陣取る。
視界も開けているし建物も良く見える。 ここで問題ないだろう。
荷物を下ろしてその場に座り込む。
……それにしても……。
知ってはいたが随分と大掛かりな施設だ。
敷地面積ならウルスラグナの王城以上だろう。 大小様々な建物が立ち並び、多くの人が行きかう。
外から見ているだけじゃどれがどう言った用途で使用する建物か分かったものじゃないな。
辛うじて工場らしき建物と居住施設は分かるが他は今一つ分からない。
恐らく地下施設も存在するだろうからそっちの確認もしなければならんしな。
そちらに関してはそう難しい事ではない。
<地探>で地底の反応を見れば大雑把な形状と深さは分かる。
分かりさえすれば問題はないが、別の問題が出て来るな。
ぐるぐると考えて嘆息。 まぁ、何とかなるだろうと楽観的に考えて施設の観察に集中した。
施設――アラブロストル=ディモクラティア国立魔導研究所とかいう御大層な名前がついてるが、ご苦労な事に丸一日眠らずに稼働し続けているようだ。
どうも人員が昼と夜で入れ替わるシフト制なのか半日に一度、大掛かりな帰宅と出勤ラッシュを見かける。
……狙うならこの時間帯か。
警備も引き継ぎなどがあるようで一時的ではあるが手薄になるようだし、仕掛けるならこの時間帯か。
他で行けそうなのは物資の搬入出のタイミングだろう。
その瞬間は警備の目は出入りしている馬車に注目する。
これは一日に最低一度はあるが、日によってまちまちだ。
少ない日は一度だが、多い日は十回ほどに分けて行ったりしている。
荷のサイズと送っている方向を考えると南方――チャリオルトへの備えだろう。
……ご苦労な事だ。
備えと言いつつもさっさとかかって来いよと内心で思ってるんだろうよ。
一度仕掛けて来れば追撃の名目で攻め込む気満々だ。
もう、戦争がやりたくて仕方がないんだろうな。 まぁ、長年の邪魔者を排除できるんだやる気も出るか。
一週間ほど観察を続けたが、警備のローテーションは粗方把握した。
最初は歩哨を洗脳して作業を手伝わせようとしたが、下手な事をやって警報装置に引っかかるような事になるのも困るので、面倒だが一人でやった方が安全だろう。 その為、近隣の住民を何人か洗脳して見張りなどを行わせたり場所を借りるだけに留めた。
さて、今晩辺りから作業に取り掛かるとしようか。
<茫漠>で姿を隠しつつ夜の闇に紛れて施設に忍び寄る。 ……とはいっても、近づき過ぎないので警戒に引っかからないレベルでだ。
地図を確認して指定されたポイントに持ち込んだ荷物の中身を仕掛けて完了。
済んだ箇所に印をつけて次へ。
それの繰り返しだ。
単純な作業ではあるが、絶対に見つかってはいけないという事と千ヶ所以上に仕掛けないといけないと言う事に目を瞑れば簡単だろう。
加えて地下の規模によっては更に仕掛ける量が増えると言った苦行だ。
やってられんと言いたいがそうも言っていられない、ここで手を抜くと更に面倒事になるのが目に見えているからだ。
一日に二十から三十程のペースで仕掛け続け、調子のいい日は五十ぐらい行けたが、危うく見つかりそうになったので気を付けたりと何とか二ヶ月ほどかけて仕掛け終えた。
最後に地図で設置漏れと位置に間違いがない事を確認した後<飛行>でその場を後にする。
移動しながら<交信>を使用。
相手はファティマだ。
ファティマの長ったらしい挨拶を遮って用件を切り出す。
――設置が完了した。 後は任せても問題ないんだな?
――はい。 こちらも準備が整っております。 布陣等もありますので一日ほど準備を頂ければ問題ありません。
――分かった。 そのタイミングで見張りは引き揚げさせる。
後は細かい打ち合わせを済ませた後、話は終わったが……。
――ロートフェルト様はこの後、どうされるおつもりで?
俺が切ろうとするとこうして会話を引き延ばしてくるのだ。
――……結果を見届けた後、チャリオルトにでも向かうつもりだ。
――確かトラストの故郷でしたか?
俺はあぁと答える。
あそこは奴の出身地だ。 もう半世紀近くたっているので随分と様変わりしているだろうし一度見ておきたいと思っていたのだ。
それに奴が使っている技術――体術と言い換えてもいい物に関しても少し興味があるので知識を得ておきたい。 何かの役に立つかもしれんしな。
……とは言ってもアラブロストルとの戦争準備中だ。 出入りは面倒だろうし場合によっては状況が落ち着くまで待つのも一つの手か?
どうした物かと考えつつ俺はしつこく話を振って来るファティマの相手をしながら、結果を見届ける為に施設の全貌が見える位置へと向かった。
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