第417話 「内情」

 アラブロストル=ディモクラティア。

 大陸のほぼ中央に位置する大国家だ。

 北に大穀倉地帯であるフォンターナと南から東にかけて国土の大半が連なった山であるチャリオルトに挟まれた立地となっている。


 地形に関しては外縁部にそこそこ険しい山々があり、そこは魔物が出没する危険地帯だが、基本的に平地であるので中央に行けば行くほど人の領域となり、国の中枢である一から三区には一切現れない。

 その為、街道を移動するのはかなり安全なので夜間でも商人の馬車が行きかう眠らない国だ。


 産業においては工業――こちらでは魔法工学と言った魔法や魔石を利用した工業製品の開発に力を入れているので食料自給率はそう高くなく、大部分を隣国フォンターナからの輸入に頼っている。

 フォンターナはアラブロストルから武力や農耕に必要な器具の提供に加え、有事の際の戦力の貸し出しなどを行う事によって持ちつもたれつの関係となっていた。


 その図式からも分かるように国家間の仲は悪くなく友好国と言っても差し支えないだろう。

 ただ、問題はもう一つの隣国であるチャリオルトだ。

 国交が殆どなく、部外者に対して排他的な場所であるので仲は悪い――というよりはかなり警戒しているといった印象を受けた。


 資料や吸い出した記憶によればその理由は分かり易い。

 得体が知れない・・・・・・・。この一点に尽きる。

 結局の所、一切情報を漏らさないのでどう言った存在か理解できないのだ。

 

 そう言った存在が身近にいる場合、人間が取る行動の種類はそう多くない。

 まずは怪しむ。 隠すと言う事は後ろめたい事があるのではないのか……と。

 それを払拭しようと以前に何度かアプローチを試みたが、結果は芳しくなかったようだ。


 内部の様子を探ろうと人を送り込んだという噂もあったが真偽は不明。

 ただ、あの近辺では不自然に人が消えるという話をよく聞くとの事。

 何があったかは推して知るべしと言った所だろうな。


 そうなるとアラブロストル側からすればチャリオルトは酷く邪魔な存在となる。

 理由は交易路。

 大陸の南側に向かうにはチャリオルトを迂回するといったかなり面倒なルートを通る必要が出て来るので、どうにかしてチャリオルトの山中を切り開くかトンネルの類を掘って道を通したかったようだ。


 話を持って行っても聞いてすらくれない連中に、区長連中は怒り狂いすっかりあの国に対してアレルギー反応を引き起こすようになったらしい。

 

 ……無理もない話だ。


 この辺りは不透明な部分が多くかなり推測や憶測が混ざるが、どうもここ最近に連中の動きがおかしいとの噂が国境付近の区で流れているようだ。

 怪しい隣人の不審な行動。 何かよからぬことを企んでいるのではと邪推する奴が現れるのも今までの経緯を考えれば当然の流れだろう。


 つまりはチャリオルトはアラブロストルに喧嘩を売ろうと考えているのでは?――と警戒しているのだ。

 国の上層部――区長連中はそれを受けて戦力の拡充を開始した……と言うのが今回の騒動の発端だろう。

 恐らくだが、連中の本音ではその辺はどうでもいいのだろうと俺は考えていた。


 ここの連中からしたらチャリオルトという厄介な国を合法的に排除する大義名分が欲しいのだろうし、寧ろ攻めて来るのを待っているのかもしれない。

 銃杖に魔導外骨格。 恐らくはまだまだ何かしらの武器や兵器を開発しているのだろうし、勝算は十二分にあるので攻め込まれたら返り討ちにしてそのまま逆に侵攻したいといった思惑が透けて見えるほどの執心ぶりだった。


 そうでもなければ一介の商人にあんな高価な武器を有料とはいえ引き渡したりはしないだろう。

 

 ……とは言っても誤算はあった。


 ザリタルチュの一件だ。

 あれの所為で国が保有していた戦力が大きく減衰した。

 国境付近は間諜が多いので魔導外骨格などの新兵器は情報の漏洩を恐れて投入できず、やむを得ず人員のみの投入となったが、まさか誰一人として帰って来ないとは思わなかったのだろうな。


 ……まぁ、これも俺の所為だがな。


 皆殺しにしたからいくら待っても誰一人返ってこないぞ。

 焦ってこんな強引な真似をしたのはこの件があったからと言うのもあるだろう。

 おや? そう考えるともしかしなくても全ての原因って俺じゃないのか?


 済まんな。 まぁ、悪いとは欠片も思っていないが。

 そんなこんなで連中は兵器や新武装を限定販売と言う形であちこちにばら撒いて実地テストを行ったと言う訳だ。

 ちなみに今回の一件はここだけではなく国内のあちこちで行われたらしい。


 まぁ、商会が減った所で取引相手が変わるだけなので、国からすればそこまで痛くもないといった所なのかもしれんし、寧ろ実戦での運用データの方が連中からしたら価値があるのかもしれないな。

 つまるところ現在この国で行われているのは戦争の準備と言った所だろう。


 万に一つも負けられない事と周囲への見せしめを兼ねて徹底的にやるつもりらしく、準備が大掛かりだ。

 

 ……とは言っても連中からしたら勝てる勝負と踏んでいるのだろうな。

 

 山脈を切り開く工事の準備まで裏で進めているぐらいだし、舐めては居ないのだろうが負けるとは欠片も思っていない。 そんな印象を窺わせた。

 確かにと俺は考える。 あれだけの武装があればまず負けないだろう。


 チャリオルトにはその手の兵器はないが、あの地に伝わる特有の技術がある。

 使いこなせる奴はそう多くなく、外に技術が殆ど漏れていない所を見るともしかしたら相応の進化を遂げているのかもしれない。


 個人的にも一度は訪れてみたい場所ではあったが、現状では厳しいかもしれないな。

 トラスト・・・・の記憶によれば昔からその点はかなり徹底していたらしいが……。

 

 ……今、考える事ではないな。


 脱線したので話を戻そう。

 次にこの国の区分けと役割だ。

 ここは第一区から第二十区で分けられて分割管理されており、それぞれ役割が与えられている。

 

 十三区から二十区は国の外縁部。

 国の外に面しているので他国との窓口――要は貿易や攻め込まれた際の防衛を担っている。

 他所の人間の出入りが最も激しいのはこの辺だな。

 

 六区から十二区はやや内側――内縁部と呼ばれている場所で主に国内での流通を担っている。

 外縁が仕入れた商品を受け取って国内に循環させて生計を立てているようだ。


 潰し合った連中が他所の商会の縄張りを欲しがる理由がこれだな。

 外縁内縁の両方を押さえておけば仕入れから出荷まで自前で賄えるので余計な中間マージンを払わなくて済むからな。

 

 少々の犠牲を払ってでも相手を仕留めようという気持ちにはなるだろう。

 相手にも同様の話が行っていると聞かされれば尚更だろうな。

 自分にやる気はなくても相手が攻めてくるかもしれないので、自衛の為にこの国謹製の武器を買わなければならなくなる。


 商売させる範囲を明確に区切る事で差別化を図っていたが今回はそれをうまく利用したと言った所だろう。

 この手を考えた奴は中々性質が悪い。

 国自体にはそこまでの損は出ずに当事者だけでやらせ自分達は武器を渡すだけ。


 勝てば相手の縄張りは自分の物と囁くだけで面白いように踊っただろうな。

 唆す奴が原因だろうが乗る奴も大概だったなと言う感想しか出てこない。


 さて、残りの中央部と呼ばれる一から五区なんだが、こちらは少し扱いが違う。

 五区はグノーシスが幅を利かせている特別区だ。

 以前に俺が焼き払ったサブリナが管理していたゲリーべと言う街と扱いが似ているな。


 連中が管理と運営を担っているアラブロストルにおける教団の本部だ。

 そしてもう一つの四区なんだが、こちらも少し扱いが変わっている。

 保護区と呼ばれる場所で、遺跡があるのだ。 それの管理を教団と国の合同で行う為に用意した場所らしい。


 その為、国内で最も人口の少ない区と言える。

 要は遺跡の調査や管理関係の職種についている奴や物見遊山で見に来る奴しか寄り付かない寂れた場所と言う事だ。 遺跡とやらには興味があったがどうしても見たいとは思わないので、この一件が片付いて余裕があれば見に行こうかな。


 さて、後は残りの一から三区。

 こちらはこの国の中枢とも言える重要区画で兵器の開発は勿論、国の舵取りを決める会議場などもここに存在し、区長連中は一々会議の為にそこまで出向いているようだ。


 重要区画と銘打つだけあって出入りが最も厳しいのもここになるだろう。

 住民はほぼ区長や研究施設に勤めている職員の家族や関係者。

 出入りに関しては一見さんは完全にお断りで、商人に関しては用事があれば区長が発行する使い切りの通行手形を見せなければ入る事すら叶わない。


 偽造や不法侵入は警告なしで殺傷許可がおりており、勝手に入るに当たり命を懸ける必要がある。

 冒険者も赤以上のプレート持ちでないと許可の申請すらできない敷居の高い場所だ。

 実際、俺の得た記憶でも入れてはくれたが玄関先ぐらいまでしか通して貰えなかったようで情報が出てこない。


 ……まぁ、分からん以上は見に行くしかないので偵察を行う必要があるがどうした物か……。


 俺は開いていた本を閉じる。

 そろそろ次の段階が近い。 これから少し忙しくなりそうだな。

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