第416話 「知借」

 ――……なるほど。 お話は良く分かりました。


 場所は俺に宛がわれた部屋で現在、ファティマに現状を伝えている所だ。

 一通り話すと何故か大きな溜息を吐かれたが、今はどうでもいい。

 

 ――確かにテュケの施設である可能性が濃厚である以上、放置はできませんね。

 

 ――そう言う訳だ。 どうした物かと思ってな。


 ファティマは少し悩むように沈黙。

 

 ――正攻法で攻めるのは余り賢い手とは言えません。 ……かといって、ザリタルチュでの一件で既に捕捉されている可能性が高いので放置は愚策。 流石に現地で動かせる戦力が少ないので制圧は難しいと。 


 正直、ここまで面倒だと無視したくなるが、ファティマの言う通りそれは難しい。

 連中の拠点を潰しておく事は後顧の憂いを断つという点で必須であるし、もし捕捉されているのであれば次々と鬱陶しい連中を送り込んで来るだろうからだ。


 ――ところで、魔導外骨格の概要は聞きましたが、転移魔石についてもう少し詳しく聞かせて頂きたいのですが……。


 やや唐突な気もするが隠すような事でもないし素直に知っている事を吐き出す。


 ――あぁ、使いようによっては便利な代物だろうが、あれは本質的には転移ではなく入れ替えだ。 現物があるから複製は恐らく可能だろうが、使えるとは思えないが?


 それでも良いと言うのならいくらでも喋るがな。

  ファティマがお願いしますと続けるように促して来たので、俺は聞かれるがまま転移魔石の概要を話す。


 対で運用する必要があるので、本質的には通信魔石と変わらない代物である事。

 後はかなり膨大な魔力を消費するので純度――要は貯蓄可能な魔力量が多い大きな魔石を使用して作成する必要がある。


 サンティアゴ商会の連中が二十セットしか仕入れられなかった理由がこれだな。 

 かなりの高額なので、少なくとも気軽に用意できる代物ではないのは確かだ。

  

 ――なるほど。 どちらにせよ、現物が用意できないとどうにもならないと言う事ですか。 加えて用意できたとしても疲弊したエマルエル商会では数も揃えられない。


 ――そう言う訳でお手上げの状態でな。


 ――……少しお時間を頂いても? 何とか考えてみます。


 ファティマは少しの沈黙の後そう言って来た。

 特に断る理由もないのであぁと頷く。


 ――分かった。 よろしく頼む。


 <交信>を終えて小さく息を吐く。

 あの様子では難しそうだな。 オラトリアムから離れすぎているのがここにきて効いて来たか。

 そうなると取れる手はそう多くない。


 策を弄しても無駄ならば正面から叩き潰す方針で行くか?

 高確率で俺の関与が疑われるが、無視すればいい。

 もしここが本拠であるのなら戦力を――いや、やはりレブナントを千程用意して一区――いや、一から三区まで完全に封鎖してそこにいる人間を皆殺しにすればいいんじゃないか?


 材料は近隣の区から誘拐して確保。

 エマルエル商会が持ち直すのを待って、隠れ家を押さえて決行までそこに隠せばいい。

 徹底的に破壊して最後は魔剣の第二形態でレブナントごと区を焼き払ってしまえばいい。 証拠も消えてなくなる。


 ……これはいけるんじゃないか?


 考えると段々名案に感じて来るから不思議な物だ。

 一応はファティマが時間をくれと言っていたので一日待つとしよう。

 それで何も出てこないのならドゥリスコスに言って準備を進めさせて、後はソッピースに迷彩系の魔法――<茫漠>を覚えさせて偵察を行わせればいい。


 それで行くか。

 ファティマから有用なアイデアが出ないようであればと前置きしているが、半ば以上それで行くつもりなっていたのだが……。

 半日後に再び連絡が入り、現実的かつ利益も出る襲撃プランが用意されたので残念ながら俺の案は没となった。


 ……確かにこれならレブナントを街中で暴れさせるなんて真似をせずに済むし、オラトリアムにも相応の利益も出る。


 かなり面倒な手順と時間がかかるが、どちらにせよエマルエル商会の立て直しで足止めを喰らう以上、そこまで苦ではないか。

 そう自分に言い聞かせて<交信>で連絡。

 相手はソッピース。 今回、あの鳥には少し頑張って貰う事になるので、改造を施す必要があるからだ。


 俺はその旨を伝えて呼び出すと、迎え入れる為に部屋を後にした。

 



 抗争と言う名の戦後処理は中々難航した。

 まずはエマルエル商会自体を完全に掌握するところから始めねばならないからだ。

 ドゥリスコスは別人のように的確な手腕で本店がほぼ全壊した一番街ベルスーズから、無傷のドゥリスコスが管理している三番街アンシオンへ本拠を移し、十六区内に散っている支店から支店長や傭兵の隊長――要は中間管理職の面々をかき集めて事情を説明。


 前支配人のベンジャミンとその父親ウーバードの死。

 それにより、頭がドゥリスコスに挿げ変わった事とサンティアゴ商会の代表を始末し、仇を討った事を同時に公表。

 部下達の溜飲を下げる。


 ちなみにドゥリスコスの母親は別宅に居たので難を逃れていたが、キーキーと猿みたいにうるさかったので穏便に事故死して貰った。

 何を言っていたのかと言うと、ベンジャミンが死んでドゥリスコスが生き残っている事が不満だったらしい。

 

 ……そりゃすまんな。 自業自得とは言え直接始末したのは俺だから一応は俺の所為だ。


 同じ場所に逝けるかは知らんが祈るぐらいはしといてやろう。

 そんな訳でエマルエル商会はドゥリスコスの物になった。

 ただ、あんなでもベンジャミンやウーバードはそれなりに人望があったのか、連中に義理立てして商会を離れる者もそれなり現れたので使えそうな奴は引き留め洗脳して残って貰い、別に居なくなった所で困らない奴はそのまま見送った。


 中には他所の商会に情報を流そうとした奴もいたが、そいつらも説得洗脳して商会に戻し、内部の愁いを取り除く。

 次に行うのは頭を失ったサンティアゴ商会の乗っ取りだ。


 魔導外骨格を残らず破壊した正体不明の戦力を背景に圧力をかけて傘下に入るように促したが、生き残ったブティルの身内は中々首を縦に振らずにドゥリスコスに復讐してやると堂々と言い放ったので、その日の内に事故死して貰った。


 奴の息子と娘が幸運な事に事故死を免れたので説得洗脳して傘下に入る事を了承させる。

 そこまで来れば後はエマルエル商会を掌握した時の繰り返しだ。

 支店長などの運営に関わる人員を全て呼び集めての事情と今後の舵取り、後は雇用条件の確認などの説明となる。


 残る者はそのままに渋って条件を吊り上げようとする者や義理立てして抜けようとした者は説得洗脳して配下に加えた。

 こうしてサンティアゴ商会の看板は街から全て消え失せ、その全ての基盤はエマルエル商会のものとなる。

 

 それと並行して破損した両陣営の建物の補修や部分的な立て直しを進め、減った人員の補充を行う。

 

 ……ちなみにここまでの状況に持って行くまで数か月かかった。


 実際、季節が変わっているからな。

 そこまでやってようやく前段階が終わったという状況だ。

 ここまで長期間の足止めを喰らうとは予想していなかったので内心でややうんざりしながら、定期的にファティマと連絡を取り、細かい部分の詰とオラトリアムとウルスラグナの動きについての報告を聞く。


 それ以外は基本的に俺の出番はない。

 やる事と言えばサベージの餌やりぐらいな物だ。

 流石に暇だったので、この国に関しての調べ物を行って時間を潰す。


 専ら読書がここ最近の俺の日課となった。

 幸いにも十一区には国立の図書館があったので読む本には不自由しなかったからだ。

 お陰でこの国の歴史に少しだが明るくなったしそれなりに面白い事も分かったので無駄な時間にならなかったのはいい事だな。

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