第404話 「招集」

 アンシオンに到着した後、真っ直ぐ目指したのは自分の店だ。

 事前に連絡してあったので傭兵や信用できそうな者達は揃っている。

 街に入る際に衛兵に金銭を支払って口止めをしておいたので、戻った事に気付かれるのに少しはかかるはずだ。


 エマルエル商会の看板がかかった建物ではなく、その裏に建てた離れに向かう。

 裏口から中に入り、中にある大部屋――会議室に入ると面子は既に揃っており、無数の視線が自分達を射抜く。 自分は小さく頷いて巨大な円形の机に向かい、空いた椅子に腰を下ろす。

 黙ってついて来ていたローさんには空いた席に着くように促すと、彼は隣の席に座る。


 部屋には重い沈黙。

 皆、自分の言葉を待っている。

 小さく深呼吸して周囲を見回して言葉を紡ぐ。


 「皆、集まってくれてありがとう。 そして休暇中に呼び出してしまった事を詫びさせてください」


 申し訳ないと頭を下げる。

 

 「前置きはいらないぜドゥリスコスさん。 長い付き合いだ。 あんたが意味もなくこんな強引な招集をかける訳がねぇ。 何があったんだ?」

 

 声を上げたのは傭兵団を束ねる頭目のルアンさんだ。

 浅黒い肌に鍛え上げられた肉体。 身体に刻まれた無数の傷が彼の戦歴を物語っている。

 刈り上げた頭を一撫でして用件を切り出せと促してきた。


 その周囲の席と背後には彼の部下が控えている。

 彼等との付き合いも長いし信頼できる男達だ。

 

 「……それは後ろの方と何か関係が?」


 そう言ってローさんに猜疑の眼差しを向けるのはグレタさん。

 店の経理――要は収支の計算や管理を行っている女性だ。

 細い体に鋭い眼差し。 早く仕事に戻りたいのかイライラと体を揺すっている。


 口調こそ平坦だが苛立っているのが良く分かった。

 彼女は仕事に対する意識が高い。 その為、片付いていない仕事があると落ち着かないのだろう。

 取っつきにくい人ではあるがその手腕は本物で信頼できる人だ。


 「何か問題ですか? まったく、ルアン達全員に休暇をやるなんて迂闊な真似をするからじゃないんですか?」


 そう言って呆れ気味に言い放つ恰幅の良い男性はマテオさん。

 彼は行商の仕切りを自分と一緒に行う補佐役だ。 自分が指示を出せない時に代わりに商会を取り仕切ってくれる。


 彼に助けられた事は一度や二度じゃない。信頼できる人だ。

 ルアンさん、グレタさん、マテオさんの三人がこのエマルエル商会アンシオン支部を取り仕切っている上で重要な自分の腹心とも言える部下であり、意見を求めるべき人達だ。


 他の人達はそれぞれの部下でこの会議に必要と判断されて呼ばれたのだろう。

 

 「分かりました。 前置きは省いて本題に入りましょう。 今回の行商で山賊に襲われました」


 それを聞いて三人が顔色を変える。

 構わずに話を続けた。 本題はこれからだ。


 「襲撃自体は彼――自分が雇った冒険者でローさんといいます。 彼のお陰で撃退はできました」


 ローさんは注目が集まると無言で会釈。


 「それだけの話なら問題はなかったのですが、その襲撃には妙な点がいくつかありました。 まず一つ、あんな場所に盗賊が出るという話は聞いた事がありません。 あそこは身を隠すには適しているのかもしれないが山賊が稼ぐには難しい僻地ですからね」

 

 否定の意見は上がらない。

 グレタさんはともかくルアンさんとマテオさんは実際、あの道を何度も通っているのだ。

 あそこで賊に襲われる事の不自然さは良く分かっている。


 「二つ目、ローさんが捕縛した賊の一人を尋問した結果、信じられない事に兄の名前が出て来たらしいです」

 

 場がざわつく。

 当然だろう、それが本当であったのならば商会の身内から狙われたと言う事になるからだ。

 

 「ドゥリスコスさん。 そりゃぁ本当なんですか? その尋問したって言う賊はどうなったんで?」


 自分はローさんを一瞥すると彼は一言「殺した」とだけ口にした。

 それを聞いてルアンさんが小さく眉を顰める。

 

 「……そうかい。 現状、それを聞いたのはそっちの冒険者の旦那だけって訳ですかい」

 

 その言葉には明らかにローさんへの疑心が含まれている。

 

 「大丈夫。 彼は信用できますよ。 何せ声をかけたのは自分からなんです。 それに彼は他所から流れて来た冒険者。 何処かの息がかかっているとは考え難い」

 「余所? ならローと言ったか。 悪いが認識票を見せてくれないか?」

 「……これでいいか?」


 ルアンさんに言われるとローさんは素直に首にかけた認識票を引っ張り出して見せる。

 それを見て何だと眉を顰めて目を見開く。


 「おいおい、こりゃ珍しい。 ウルスラグナの認識票かそれは……」

 「そうだな。 付け加えるのならここに来たのは最近だ」

 

 ルアンさんは納得したように頷く。


 「なるほど、そりゃ確かに他所のお手付きって考えるのは難しいかもな」

 

 余所者、特にウルスラグナの冒険者ともなれば目立つ。

 彼は旅をしている以上、必ず路銀が必要になるしそれを得る為にはギルドで依頼を請けなければならないからだ。

 それにあんな目立つ同行者がいるのなら尚更だろう。


 その噂がまったくない事を考えると本当にアラブロストルに足を踏み入れたばかりだったと分かる。

 以上の理由が彼を信用する分かり易い根拠だ。

 本当ならそんな建前を並べるような真似はしたくないが、彼等は初対面なのでこうして信用に足る物を示す必要がある。


 「取りあえずそこの人が完全な部外者と言う事は分かりました。 でも、完全に信用すると言う事はベンジャミンさんを疑う事になるんですよ? その事はどう考えているのですか?」


 グレタさんはイライラと体を揺すりながら方針を求めてくる。

 その視線には不安が微かに浮かんでいた。

 自分は安心させるように笑みを浮かべる。


 「確かに賊はそう口にしたのでしょう。 だけど、事実とは限らない。 だからまずその真偽を調べるところから始めたいと思います」

 「つまり、俺の出番って事ですかね?」


 マテオさんは嫌そうに顔を歪めているが、その目は冷静にこの後の動きを考えているように見えた。

 

 「……はぁ、ドゥリスコスさん。 俺のボスはアンタだ。 その意向なら本店を調べるのはまぁ、やぶさかじゃないですがね」

 「頼めませんか?」

 「やりましょう。 こっちには隠れて戻ってるんでしょうし、しばらくはここから動かんように頼みますよ。 嗅ぎ付けられている可能性もなくはないですが、考えても仕方がないですし、やれることをやりましょう」


 そう言うとマテオさんは席を立つ。


 「では、適当に理由を付けて本店に向かうとします。 後はベンジャミンの旦那かウーバードの大旦那にでも探りを入れておきます。 もしもって事もあるかもしれませんから通信魔石は持って行きますよ」

 「分かった。 危険だとは思うけど頼むよ」


 マテオさんははいはいと軽く返事をして退出。

 続いて他の二人も席を立つ。

 

 「俺ぁ、ここの警備を厳重にしておく。 部外者は絶対に入れんようにする。 一応、表向きドゥリスコスさんはまだ戻ってないって事でいいんだな?」

 「それでお願いします」


 あいよと返事をしてルアンさんも退出。


 「私は特別やる事もなさそうだし、業務に戻ります。 妙な客が来たらその点を意識して対応させてもらいます」


 そう言ってグレタさんは早足に部屋から出て行った。

 各々が連れていた部下達もそれに続くと部屋は自分とローさんだけになる。

 

 「この様子だと俺はアンタの護衛って事でいいのか?」

 「えぇ、それでお願いします。 情報が集まるまではここで待機と言う事で、色々とはっきりした後に本格的に動きます」

 「了解だ。 出番になったら呼んでくれればいい。 それまではここで好きに過ごしても?」

 「えぇ、ただ自分が雇った事は知られているかもしれないので外を出歩かないようにお願いします」


 ローさんは了解と大きく頷く。

 自分はこれからの事を考えて不安になったが、今までだって相応の苦労や危険はあった。

 今回も乗り切って見せる。

 

 そう考えて自分は拳を握った。

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