第403話 「継雇」

 「い、いや、愛は買えないでしょう?」


 何を言っているんだこの人は?

 金で買えるのなら金持ちは誰にでも愛されるじゃないか。


 「買えるとも。 何も金で買う訳じゃない。 関心・・を引いて買わせるんだよ」


 …………。


 「あんたとあんたの兄貴が両親からどう思われているかは知らんが、こんな工作がまかり通っている所をみると承知済みじゃないのか? つまりあんたの家族はあんた自身の価値より、あんたが死ぬ事で得られる利益を取ったと言う訳だ」


 言っている意味が分からない。

 いや、もしかしたら理解を拒んでいるのかもしれない。

 そう考えるほどに彼の言葉は異様だった。 そして何故か頭にするりと入ってくる。


 「恐らくあんたの兄貴はあんたより要領が良くて両親の受けがいいんだろう?」


 否定できない。

 沈黙を肯定と捉えたのかローさんは構わずに進める。


 「つまり、あんたの兄貴は要領の良さを見せて売り込む事により、両親から関心と愛情を買ったんだよ。 逆に両親は要領の良さを見て愛情と関心を示すという形で投資・・ したと言う訳だ」

 「じ、自分の両親は、自分には投資する価値すらないから殺そうとしたと?」

 「少なくとも俺にはそう見えたが違うのか? 今回、体よく始末するのも精々、原価回収程度の動機だろう?」


 そんな馬鹿な。

 自分はこの時になってようやく目の前の冒険者の得体の知れなさを自覚した。

 環境によって価値基準は違う。 それは理解できる。


 彼は交流のない他国の人間。 考えにある程度の齟齬が発生しても培った物の差だろうと思えるが……。

 目の前の人物の考えはそれを差し引いても異様だった。

 自分には彼がまるで血の通っていない別の生き物に見えてしまったのだ。


 そう考えると恐怖に近い物が泡のようにボコリと浮かんでくる。

 何を馬鹿なと直前までの考えを内心で首を振って振り払う。

 考えの違いは環境の違い。


 そんな寂しい生き方をしている以上、彼の人生は相応に苛烈な物だったのだろう。

 彼の思想に触れて恐怖を感じてしまった事を恥じる。

 きっとそう考えざるを得ない程の人生だったのだろう。 ウルスラグナという国はそこまで厳しい場所なのだろうか……。


 「……で? 話が逸れたが俺はどこまであんたに付き合えばいいんだ?」

 「え?」


 思わず聞き返す。 

 彼の態度は面倒事を避ける為の別れ話ではなかった。

 それが意図する事は――


 「も、もしかして、この後も護衛を続けてくれるのですか?」

 

 自分が驚きの余り上ずった声でそう聞き返すとローさんは表情を変えずに頷く。


 「あぁ、報酬次第でこの先もあんたの護衛を続けてもいい。 それにこちらとしても何かと都合がいいのでな」

 

 その言い回しに少し引っかかる物を覚えたが、断るなんて事は考えられない。

 彼の実力は疑いようがないし、明らかに厄介事にも拘らず自分の護衛を続けてくれると言った彼を信じたい。 もしかしたら何かしらの打算があるのかもしれないが素直に厚意と解釈して甘えよう。


 「分かりました。 依頼期間の延長をお願いします」

 「商談成立だな。 期間はあんたの家絡みの厄介事が片付くまでだ」


 構わないな?と付け足すローさんに自分は頷きで答える。

 

 「さて、なら明日に村への行商を片付けて行動開始だ。 悪いが俺はこの手の事には不慣れでな。 求められれば意見は言うが最終的な判断は自分でしてくれ」

 「はい。 雇用、被雇用という関係ですが、今だけは貴方は自分の相棒です。 可能な限り意見や方針は尊重します」

 「了解だ。 話が纏まった所で明日も早い。 さっさと寝てくれ」

 

 途中で見張りを代わりますよと言ったが、彼は構わずに寝ろと言って押し切られた。

 押し問答をしても仕方がないので素直に横になる。

 目を閉じて明日からの動きを考えていると、体は疲れていたのかあっという間に眠りに落ちた。

 




 翌日。

 元々近くまで来ていたので、目的の村には昼になる前に辿り着く事が出来た。

 いつも通り行商を行いその日は村で一泊。

 

 狙われているかもしれない以上、早々に離れようかと思ったが、ローさんに休むように促されて渋々ではあるが従う事にした。

 何かあれば対応すると言っていたので任せる事にしたからだ。

 

 戦闘に関して自分は不慣れなのでこういった事は丸投げで問題ないだろう。

 小屋を借りて就寝。 ローさんは外で警戒すると言って外に出ていた。

 その間、襲撃がなかったのでほっと胸をなでおろす。


 その翌日、行商を終えて早めに村を後にする。

 

 「さて、当初の用事は片付いたが、この後はどう動く?」

 「まずは十六区に戻って契約している傭兵と合流した後、戦力を整えます。 現在、療養中ですが状況が状況です。 少し無理をさせてしまいますが仕方がないでしょう」


 ローさんは口を挟まずに小さく頷く。

 その間、サベージ達が周囲を警戒しているので安心して会話に集中できそうだ。

 

 「その後は気付かれないようにこの話の裏を取ろうと思います」


 そう言ってローさんの顔色をちらりと窺う。

 裏を取ると言う事は暗にお前の話を疑っていると取られかねない。

 短い付き合いだがすぐ怒る気性ではないので大丈夫だと思うが……。


 「……傭兵か。 商人の自衛手段としてはよく聞くがその連中は信用できるのか?」 


 ローさんは全く気にした素振を見せずに話を続けるのを見て、内心でほっと胸を撫で下ろす。


 「当然できます。 何せもう五年以上の付き合いですからね」


 考えるまでもない事なので即答した。

 彼等は実力もさることながら、何度も苦楽を共にした仲だ。

 疑いようもないし、その必要すらないと言いきれるだろう。


 「……なるほど。 なら連中が一人もここに居ない理由は?」

 「前回の行商の際に盗賊による奇襲を受けまして、負傷者がかなり出てしまったんです。 ここ最近出ずっぱりだった事もあって、いい機会だと全員に休暇を与えて休ませました」

 「あぁ、それでか……」

  

 ローさんは納得したように頷く。

 溜まっていた仕事の大半は片付いて、残っていたのは簡単なはずだった今回の行商のみだったので労いも兼ねて拠点に残したのだが……。

 まさかこんな事になるなんて思わなかった。


 ……まったく、人生何が起こるか分からないとよく言うが本当にその通りだ。


 軽い気持ちで雇った冒険者と簡単な行商を行うだけのはずだったのに、気が付けば殺されかけた上に身内を疑う羽目になるとは分からない物だ。


 「やりやすくなる分には俺としては歓迎だ。 ならまずはあんたの実家に見つからないように街に戻るとしよう」

 「えぇ、お願いします」

 

 この先で待っているであろう事を考えると気が重い。 

 本音を言うのなら逃げ出したいが、自分はそれを選べない……というよりは商人として生きて来た自分の人生がそれを許してくれないのだ。


 矜持と言い換えてもいい。

 逃げる事はあり得ないし選ばない。

 だからこのまま戻るんだ。


 帰り道は散発的な魔物の襲撃こそあったが、人間に襲われる事はなかった。

 少し急いで移動したので帰りは行きより早く十六区に到着。

 サベージとソッピースは流石に目立つと言う事で街の近くに隠しローさんと二人で街に入る。




 アラブロストル=ディモクラティア第十六区 三番街アンシオン。

 それが自分が主に拠点として腰を落ち着けている場所の名前だ。

 街の頭についている番街と言うのはその名の通り、その区で何番目にできた街かを指す。


 アンシオンは十六区で三番目にできた街と言う訳だ。

 基本的に外縁にある区は隣国との窓口になっており、特徴もそれに沿った物になっている。

 何かと言うと交易品の取り扱いだ。


 ちなみに十六区は隣のフォンターナ王国から穀物の輸入や、国内から仕入れた特産品などの輸出を主な収入源としている。

 フォンターナの穀物は良質で味なども良く、国内での需要は高い。


 お陰で隣の区との間で取引相手の取り合いなどが起こる程だ。

 だからこそ、顧客や取引相手との信用や信頼関係が物を言う。

 損をさせず、損をしない。


 それこそが自分の思い描く理想の商人像でそう在りたいと願う姿だった。

 

 ……大事なのは人と人との繋がりだ。


 だから……自分は家族を信じたい。

 今回の件も何かの間違いであって欲しいと思う。

 生憎とグノーシスの信徒ではないがそう祈らずにはいられなかった。

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