第399話 「国是」
ウルスラグナ王国。 ヴァーサリイ大陸最北端にあるとされている国。
自分も名前だけしか知らない国だ。
位置などははっきりしているが辿り着くまでの難易度が桁外れに高い。
理由はフォンターナの北方に広がる魔物の領域――アープアーバン未開領域の存在だ。
あそこは狂暴な魔物の巣窟で腕利きの案内人を雇ったとしても確実な踏破は望めない魔境だ。
毎年相当数の人間があの地の突破を夢見て帰って来なかった。
一応ではあるが突破の手段はなくはない。
まず、一番確実なのは年に数度だが、グノーシス教団が行き来する事があるのでそれに加えて貰う事だ。
聖堂騎士を筆頭に熟練の聖殿騎士を多数擁した部隊があの地を行くのでそれに加えて貰う事が出来れば、高い確率で突破は可能だろう。
そうやって向こうに行って帰って来た者を数人だが見た事がある。
もう一つはさっき挙げた案内人を雇う事だ。
彼等はあの地から何度も生還し、生き抜く術を知っている。
その知恵は突破を試みる者にとって大きな助けとなるだろう。
だが、絶対ではない上に法外な報酬を要求される。
命が懸かっているのだ。 それに見合う報酬を要求されるのは当然だろう。
かといって、教団に同行するのも少し難しい。
ついて行きたいというだけでは彼等は連れて行ってくれないからだ。
同行に必要なのは教団に入信している上位の信徒――要するにお布施を一定額支払っている上客のみとなる。
エマルエル商会は教団に加入せず、自前で傭兵団を組織しているので、教団へ安くないお布施を払ってまで入信する意味合いが薄いのだ。
聞けば肥沃な土地ではあるが、これと言った固有の特産品がある訳でもないので、手を広げる価値もないと手を出す者は少ない。
……それでも皆無ではない。
向こうにないならこちらから持ち込めばいいと考える者だ。
いい着眼点だと自分も思う。
全くの未開の地ではない筈だが他所との国交が殆どない閉ざされた国だ。
こちら側――大陸中央部から南側の特産品は珍しい筈。
持ち込む事に成功すれば間違いなく売れるだろう。
硬貨などは違うらしいから換金が面倒だが、貨幣は貨幣だ。 手に入るのなら収益としては充分。
……ローさんは一体どうやって突破を……。
サベージの力か?
あの魔物はアープアーバン原産だ。 本能で危険を見極めて抜けたのかもしれない。
それにソッピースも居る。 ストリゴップスは危機に聡いと聞く。
あの二匹の力を使えばアープアーバンを抜ける位なら難しくないのかもしれない。
その情報だけで判断するなら彼自身の力はそこまでではないと感じるが、さっきの魔物を仕留めた手腕。
赤に相応しい実力を備えているのは疑いないだろう。
「……さっきから質問攻めだが今度はこちらから聞いても?」
会話が途切れた所でローさんはそう言って切り返してきた。
それを聞いてはっとして小さく詫びる。
いかんいかん。 こちらから聞いてばかりは流石に不躾だったな。
自分はどうぞと促す。
「言った通り、俺はウルスラグナから来た。 その為、ここ――アラブロストルの事に疎い。 良ければこの国について聞かせてくれるとありがたいが?」
なるほど。
そう言う事なら自分の得意分野だ。
これでも国のあちこちを渡り歩いた身、世情に明るい。
「そうですね――」
まず、何から話そうか……。
自分は話すべき事を頭の中で整理しながら口を開いた。
アラブロストル。 正式名称アラブロストル=ディモクラティア。
他所と違って国王や貴族と言った階級は存在せず、完全に結果と実績で全てが決まる実力主義国家だ。
全部で二十の自治区に分かれて分割統治されており、国の方針はその自治区の代表の総意で決まる。
それぞれの自治区を治めているのも区で代表として選ばれた者だ。
区長と呼ばれるその地位に選ばれるのはどんな人物か?
答えは持っている者だ。 それは何かと聞かれると、様々な物と答えよう。
金、人脈、物資。
それらを総合した物が区長に選ばれる資質だ。
金は票を集めるのに有効だし、持っていれば自然と人を引き寄せる。
人脈はあれば様々な事に融通が利く。
そうして集めた力がその者を権力の頂点へと押し上げる。
この国はそうやって上に立つ者を決めて来た。
それ故に貪欲だ。 武力にしても商売にしても例外はなく、それを国是としている。
自分の家族もそれに従い、家の発展を第一に考えていた。
それ故に自分のやり方が気に入らないのだろう。
自分はこの国と合わないのだろうか……。
そう考えて少し自嘲気味に笑う。
……おっといけない。
ローさんが訝し気に見ているし、続きを話そう。
そのような国政のお陰か、羽振りは悪くない。
実際、この大陸では五指に入る程に豊かな国となったのだ。 やり方は間違っていないのだろう。
「所謂、選挙で区の代表が選ばれると言う事は分かったが、話を聞く限り代表――区長になる事の利点が良く分からないが?」
不意に質問が入る。
自分はあぁと頷く。 失念していた。 我ながら抜けている。
なれる事の利点を知らなければなる意味が分からない。 ローさんの言う通りだ。
「区長にはいくつかの特権が与えられます。 多岐に渡りますが一番大きいのは税率の設定ですね」
区長は定期的に民から徴収する税の額を決める事が出来る。
極端な話、税率を十割にして買い物額や徴収額を倍にする事も可能だ。
そうして得た金銭を使って区の整備や治安の維持――要は運営資金とするのだ。
上手くやりくりして余った分を自分の給与として懐に納める。
その辺りが腕の見せ所となる。 いかに出費を抑えて結果を出すかで懐に入る金額が変わるからだ。
ただ、全てを自分の懐に納める等の民を裏切るような真似をすれば、相応の末路が待っている。
随分と昔の話だが、税収を一気に引き上げて私腹を肥やした者が区長となった事があった。
どうなったかと言うと、区民の総意によって街角に吊るされる事になったらしい。
良くも悪くもこの国は数が物を言うのだ。
それは権力者たる区長も同様で、国全体の方針を決めるのも全区長の総意となる。
見合った能力は必要だが、誰にでも機会がある。
それがこのアラブロストル=ディモクラティアだ。
そこまで聞いたローさんは小さく頷く。
「なるほど、随分と独特だな。 聞きたいのだが、その制度は誰の発案なんだ?」
……誰の?
予想外の方向からの質問だった。
歴史関係の記憶を掘り返すが、心当たりがない。
そもそも自分が物心ついたころからこの国はこうなっていた。
言われてみれば誰が決めたのだろうか?
そうなっているからそうなのだろうと深く考えなかったが……。
確か……この国の創設者は複数の人間と聞く。
名前などの情報は失われているが、他所からの流れ者の集まりと聞いていたが……。
「……あぁ、そう言う事か」
それを話すとローさんは何か納得したかのように再度頷いた。
……?
その反応が少し気になったが彼は話の続きを促す。
次は何を話した物かと悩んでいるとローさんはこの国独自の技術や物について知りたいと言われたので、話題選びはそう難しくなかった。
次はアレにしよう。
ウルスラグナから来たと言うのなら知らないはずだからだ。
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