第398話 「焚火」

 ……それにしても……。


 そろそろ危険な場所だと言う事を話したにも拘らず、隣を歩くローさんの様子に変化はない。

 最初は余裕の表れかとも思った。 

 割とよくある話で、等級の上がったばかりの冒険者は妙な自信を付けて失敗するという話だ。

 

 何も変わらないというのに認識票の色が変わっただけで強くなった気でいて足をすくわれる。

 自分はそういった冒険者を何度か見た事があった。

 彼もそう言う手合いでは?と。

 

 実際、彼の傍にはラプトル――サベージと言う名前らしい――という強力な護衛が居る。

 あの魔物の存在がそれに拍車をかけているのではないのかと。

 その懸念は早い段階で払拭された。 山に入ってすぐの事だ。


 不意にローさんは足を止める。

 訝しむ自分を無視しておもむろに近くの茂みに向けて腕を一振り。

 不可視の何かが空気を裂いた気配と同時に小さな鳴き声。


 茂みから魔物の死骸が何かに引き摺られるように出て来た。

 

 「……う」


 思わず声が漏れる。 理由はそれが酷い有様だったからだ。

 魔物の死骸――恐らくは四つ足のルプスか何かだとは思うが、何をやったのか頭部が完全に粉砕されていた。


 サベージが主を振り返るとローさんは小さく頷く。

 許可が出たとばかりに騎獣は死骸を掴むとバキバキと豪快に貪り喰らう。

 大人しいとはいえサベージも獰猛な魔物である事には変わらないという事を自分は再認識した。


 だが、それ故に分からない。

 どうすればあの魔物をあそこまで従える事が出来るのかを。

 尋ねれば教えてくれるのだろうか?


 ローさんはしばらく周囲を警戒するような素振を見せた後、何事もなかったかのように歩き出す。

 自分は慌ててそれに続く。

 彼はどうも口数が少ない所為で気軽に話しかける事に躊躇いが出る。


 要は距離感が掴み辛いのだ。

 これでも対人関係の構築にはそれなりに自信はあったが、彼には今まで得た経験があまり役に立たない。

 どこまで踏み込んだら不快になるのかがまるで読めないのだ。


 こういう手合いは他人に干渉されるのを嫌う傾向にあるが、ローさんの場合は少し毛色が違う。

 恐らくだが、他者に対する無関心から来ていると自分は睨んでいる。

 その証拠にこちらが話を振れば言葉は少ないが、嫌な顔をせずに対応をしてくれるからだ。

 

 嫌であれば早々に切り上げようとするが、彼の場合はこちらの話題が尽きるまで付き合ってはくれる。

 だが、反面終わればあっさりと身を引くので分かり易い。

 どう見ても自分との会話を仕事と割り切っている態度だ。


 やり辛いと思うと同時に信用できると確信もした。

 彼は仕事に対しての矜持を持っている。

 意識が高いと言い替えてもいい。 こういう人物は依頼主を裏切る事はまずないからだ。


 ……欲しい。


 さっきの魔物を処理した手際と言い、実力も申し分ない。

 もし魔物の調教技術を得られるのなら莫大な利益になる。

 ちらりとサベージとストリゴップス――ソッピースを一瞥。


 彼等は人間程器用ではないが、人間にできない事を平然とやってのける。

 それを最大限活かす事が出来れば――。

 だがと自分は逸る気持ちを諫める。


 強引に迫るやり方はダメだ。 信頼関係を築けないし、何より自分の信念に悖る。

 人と人とで大事なのは信用であり、信頼だ。

 彼の技能には興味がある。 しかし焦って軽率な行動を取れば機会が消えてしまう。

 

 まずは彼の人となりを掴まなければ……。

 空を見上げると日が傾きかけている。

 そろそろ手頃な場所を探して野営の準備が必要か。


 自分はその旨を伝えようと声をかけた。




 パチパチと焚火にくべた枝が弾ける。

 ローさんは慣れた手つきで集めて来た薪をくべて魔法で点火。

 サベージに指示を出して手際良く野営の準備を始める。


 流石に冒険者なだけあって無駄のない動きだ。

 サベージは何か指示をされて茂みの奥に消えたけど一体どこに?

 答えはそう待たずに明らかになった。


 戻って来たサベージは口と両腕に魔物の死骸を抱えていたのだ。

 仕留めて捕えて来た?

 さっきのやり取りを見る限り、精々目配せをしているだけに見えたのに……。


 それだけで主人の意図を理解した?

 いや、違うと内心で否定。

 予想ではあるがこれはローさんが何か特別な事をしているんじゃないか?

 

 もしかして魔法の類? それともそういう魔法道具でもあるのか?

 疑問と好奇心がむくむくと膨らんでいく。

 自分でもいかんと思うのだが悪い癖だ。


 気になる事があるとついつい聞いてしまう。

 我慢せねばと思うが、誘惑に屈してしまった。

 あれよあれよと死骸の処理を行い、捌いて適当な大きさに切った肉を焼いているローさんに疑問をぶつける。


 「あの……立ち入った事を聞いても構いませんか?」

 

 ローさんは手を動かしながらちらりと視線だけをこちらに向ける。

  

 「……内容にもよるな」

 「サベージやソッピースの事です。 一体どうやって使役に成功したんですか? あぁ……いや、答えにくかったり言えないようであればいいのですが……」


 自分がそう言うと彼は少し悩むような素振を見せる。

 やはりダメか? 元々ダメ元だったので特に落胆はしない。

 彼にとって大事な事なのかもしれないし、軽々に聞いては――。


 「ソッピースは最近拾って使役に成功した。 サベージは……まぁ、生まれた時から飼っているとしか答えられんな」

 「つまりは早い段階から育てる事で従わせる……と?」


 言われてみればなるほどと思う。

 実行して可能か不可能かは脇に置くとして、幼い頃から刷り込んでおくと言うのは有効なのかもしれない。

 機会があれば実験してみるか? 何処かから魔物の卵か何かを調達して……。


 頭の片隅でその際にかかる費用や手間、失敗した時の損失などを計算しつつ話を続ける。

 サベージに関しては一応は納得した。

 幼い頃から育てて今に至っていると言う事だろう。

 

 前例がある以上、試行を積み重ねれば行けるかもしれない。

 だが、最近手に入れたというソッピースはどうなんだろうか?

 どう見てもストリゴップスだ。 臆病で人前に滅多に姿を現さない貴重な魔物。

 

 身体のどこを売っても一財産になる生きている金塊と呼んでも過言ではないそれは一体……。

 確実な方法があれば命を懸けてでもアープアーバンに踏み込むかもしれない。

 ローさんは小さく肩を竦める。


 「何とも言えないな。 成り行きで手に入ったので、普通に懐かれたとしか答えられん」


 ちらりとソッピースを一瞥。


 「ソッピース! 主! 主に付いて行く!」


 珍しい魔物は自分の視線に気づいたのか甲高い声で忠誠を口にする。

 それを見て小さく目を見開く。 驚いた。

 話せるとは知っていたけど、ここまではっきりと口を利けるのか……。


 何から何まで驚きだ。

 それにしても――そこでふと気づいた。

 ラプトルの生息域はアープアーバンだ。 ストリゴップスも同様だろう。

 

 そしてあんな目立つ魔物を使役しているのなら噂ぐらいは耳に入っている筈だ。

 だが、彼はいきなり現れた。 加えて、見慣れない認識票は彼が他国の出身である事を示している。

 最初はもっと南側の国かとも思ったが、もしかして北側なのか?


 もし北側だとしたら該当する国は一つしかない。


 「ローさん。 あなたはもしかしてウルスラグナから来たのですか?」

 「そうだが?」


 自分がそう聞くとローさんはそれがどうしたと言わんばかりに肯定した。

 それを聞いて思わず絶句。 あの領域を越えて来たと?

 驚きを余所にローさんは小さく肉が焼けたなと呟いていたが耳に入らなかった。

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