第397話 「好奇」
自分はラプトルの主に強い興味を持ち、物は試しにと依頼をする事に決める。
運がいい事に主はちょうど認識票の更新に来ていただけらしく、話はすぐにできた。
ローさんという最近赤に昇格した冒険者だ。
最初の印象としては掴みどころがない。
取っつきにくいというよりは寄せ付けない感じだった。
無表情で余り感情を表に出さないのだろう。 他者に隙を見せないのは冒険者としては真っ当だとは思うので特に驚く事ではないが……。
ローさんは自分が話しかけると、興味ないと言った感じだったが依頼があるので話だけでも聞いて欲しいと頼むと隣の酒場を指差してそこでなら聞くと言ってくれた。
席に着くなりローさんは次々と料理を注文。
終えた所で対面に座る自分に意識を向ける。
「……それで依頼と言うのは? あぁ、先に言っておくが外の魔物の事で俺に何か頼みたいと言うのなら話はそれで終わりだが?」
口調で何となくわかった。 随分と面倒事を経験しているようだなと。
大事なのは信頼、そして信用だ。
相手に信じて貰う為にはまず、こちらが歩み寄るべき。
「改めて自己紹介を。 自分はドゥリスコス。 ドゥリスコス・ゲイブ・エマルエル。 ここアラブロストルで商人をやっています」
ローさんはこちらをざっと一瞥。 恐らくはこちらの言葉の真贋を計っている。
納得したのか小さく首肯。
「ローだ。 最近、赤の冒険者になった」
そう言って首に下がった赤の認識票を見せる。
自己紹介が済んだ所で早速、用件を切り出す。
「自分は定期的に行商を行っているのですが、最近賊の襲撃を受けまして……」
「……要は護衛の依頼か」
「そうです。 あの魔物が居れば賊の襲撃などがあったとしても即座に対応できると思い、 話を持ってきました」
当然ながら嘘は言っていない。
必要なのは誠意。 信用は積み重ねて信頼に昇華する物だ。
「どこまで?」
「この街から数日程の場所にある集落まで」
「片道?」
「往復でお願いしたい」
「急ぎか?」
「急を要するほどではありませんが、可能であればなるべく」
質疑応答は小気味よく進む。 自分はこの冒険者に少し好感を抱いた。
細かく質問をすると言う事はこちらの依頼に興味を持っている証拠でもある。
それに質問の仕方から彼が仕事に真摯である事が窺えるからだ。
やる気は仕事における人間関係の構築に大きく影響を及ぼす。
それを感じさせるだけで印象が良くなるし、自分もそうしている。
一通り聞き終えたローさんはなるほどと小さく頷くと最後に報酬額を確認すると大きく頷いた。
金額に少し色を付けたのが効いたのか快く引き受けてくれたので、ほっと胸を撫で下ろす。
その後ギルドの受付で依頼の発行と受理を行い準備は完了だ。
外に出ると相変わらずの人だかりだが、ローさんは意に介さずに眠っているラプトルを蹴り起す。
それを見てぎょっとしたが、ラプトルは目を半開きにして身を起こした。
全く気分を害した様子が無い所を見ると本当に飼い馴らしているんだと驚く。
その背に乗っていたストリゴップスはラプトルの背から飛び立つと彼の肩に飛び乗る。
「本当に使役しているんですね」
ローさんは答えずに無言で行くぞと促して歩き出したので慌ててそれに続く。
護衛と言ってもいきなり荒事になるような事は稀なので基本的にはのんびりと歩くだけだ。
特に街から近い街道なら尚更だった。
自分とローさんは歩き、その脇をラプトルが歩くと言った並びだ。
黙って歩くのもつまらないので、色々と話を振る事にした。
まずは相手が不快にならない話題を探す。
流石に会話自体が不快と言う事なら、諦めるがローさんは……む、少し分からないな。
判断が付かないので簡単な話題を振って探りを入れてみるとしようか。
「そう言えば、赤と言う事ですが冒険者業は長いのですか?」
まずは軽い話題からだ。 取っ掛かりとしては適当だろう。
ローさんはふむと小さく考え込むがややあって数年位と答えた。
数年か。 そう考えるとかなり早い出世と言える。
赤ともなると功績は勿論、一定以上の実力が要求されるからだ。
大抵は昇級の審査を兼ねた依頼を発行されて、それの完了を以って赤となる。
パーティー単位でも可能と言う事なので、個人の実力が伴わなくてもなれなくはないが余程息が合うか実力の突出した仲間でも居れば上がれはするが……。
彼の場合はどちらだろうか?
魔物を使役しているのでそれが大きいとも取れるが、腰の剣は伊達には見えない。
ちらりと見えた柄の装飾は立派な物で、上等な剣である事が窺える。
本人も相応の実力を持っているのだろう。
彼の首元で揺れている認識票に視線を向けると……おや?
見覚えのある物と形状が違う。
冒険者ギルドは国境を越えて存在する組織ではあるが、国ごとに特色がある。
その一つが認識票の形状だ。
世界中どこでも使えはするが発行した国で形が違うので、見ればその冒険者の出身が分かる。
彼の首にあるそれは明らかにアラブロストルの物ではなく隣のフォンターナの物でもなかった。
……ならどこだ?
知っているのは三種類。
ここアラブロストルと北の隣国フォンターナ、後は南の隣国チャリオルトのみ。
自分の活動範囲とアラブロストルに出入りする冒険者の大半がその三つのどこかの出身だからだ。
該当しないのはかなり珍しい。
言われてみれば赤の冒険者ともなれば、相応に有名だが――
そう言えば最近赤になったという話だったか。
なら無名であると言うのも不思議ではないが……。
最近、赤に認定されるような依頼が発行されるような事件なんて――
そこである事件に思い当たった。
辺獄の領域ザリタルチュ。
少し前からあそこから辺獄種が溢れて人を襲っているという話だったが、つい先日に解決したと聞いた。
情報が錯綜しており、真偽ははっきりしなかったが生存者はほとんど居らず、大量の冒険者や騎士、正騎士達が辺獄の地に消えたままだという話だが……。
「もしかして、あなたが赤に位を上げたのは先日のザリタルチュ侵攻では?」
そう言うとローさんはこちらを一瞥。
だが、微かにその眉が動いたのを見逃さなかった。
「やはりそうでしたか! あの地から生きて帰った者はほとんどいないと聞いているので、良かったら内部のお話を聞かせて頂けませんか?」
冒険者に取って依頼で上げた功績は勲章のような物。
大抵の者は機嫌よく話してくれるが……彼は少し毛色が違ったようだ。
ローさんはふむと小さく考え込む。
……む、反応が読み取れない。
手強い御仁だ。 今の質問が好感触だったのかそうでないのかすら分からない。
もしかして自分は何かしくじったのだろうかと考えるが、投げかけた言葉は戻らない以上、失敗であったなら挽回を狙うべきだ。
「あ、もしご迷惑でなければ……なんですが……」
「……あまり面白い話ではないが構わないか?」
よ、良かった。 怒ってないようだ。
「さて、どこから話した物か……」
彼は依頼を請けた経緯と辺獄での事を言葉は少なかったが、教えてくれた。
正直、話題作りの為に振った話ではあったが、彼の語る辺獄の話はとても興味深い。
特に辺獄と言う地の土を直接踏んだ者の話は現実感を伴って自分の好奇心を満たしてくれた。
「……つまり、辺獄とは脈絡もなく辺獄種が湧く魔境だと?」
「あぁ、全方位に気を配らないとあっさり死ぬ危険な場所だった」
何でもないように言っているが相当な場所だったと言うのが良く分かる。
聞けば、帰って来れたのは彼だけで他の生き残りは未だに辺獄に取り残されているらしい。
彼自身戻って来られた理由が不明なので、情報を伝えて報酬と功績を認められての昇格を経てフォンターナからこちらに渡って来たらしい。
何だかんだと話していると、街道が途切れ連なった山が見えて来た。
目的の集落はこの先だ。 同時に道中で最も危険なのもこの辺りになる。
「先程、お話しした場所です。 警戒を」
自分がそう言うとローさんはあぁと気負った様子もなく頷いた。
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