十三章

第396話 「興味」

 空は抜けるように青く。

 雲は穏やかに流れていた。 日差しは柔らかく降り注ぎ旅の道行きを明るく照らし出してくれている。

 だが、自分――ドゥリスコス・ゲイブ・エマルエルの気持ちは憂鬱だ。


 自分はこの国――アラブロストル有数の大商会であるエマルエル商会の次男として生を受けた。

 我ながら物覚えはいい方ではあったので仕事に関してはそれなりに上手くやっていると自負はしている。

 だが、交渉ごとに関しては不得手だった。


 父に言わせればお前は甘すぎるとの事だ。

 どう言う事かと言うと自分は相手を立て過ぎるらしい。

 交渉はいかに有利な条件で進めるかが王道と常々言われているが、最終的に両方が得をすればいいのではないのかと思い、下手に欲張らず最低限の利益のみを上げ続けていたのだが、どうもそれが気に入らないらしい。


 お陰で自分はすっかり日陰者だ。

 逆に兄は大胆な交渉や商売を続けており、失敗もそれなりにあるが成功した時にあげる利益は莫大な物だった。

 どうも兄はその辺の要領が良いらしく、昔から両親からは溺愛されており、自分は何だかおざなりな対応を取られている気がする。


 これが長男と次男の差なのだろうか?

 以前、両親の話を盗み聞きした時、どうして女を生まなかったと母が責められているのを見た事があった。

 当時は意味が良く理解できなかったが、二十が近い今なら良く分かる。


 エマルエル家には男子は一人で充分だったのだ。

 女を作って他所に嫁がせた方が費用対効果と言う点で優れているとでも思われているのかもしれない。

 博打にはなるかもしれないが、他所の商会との太い繋がりになれば商売の規模を大きく広げる事が出来る。


 確かにそう考えるとそうかもしれないと思うが、自分にはその考え方に違和感が拭えない。

 家族と言う物はそうやって作る物なのだろうか?

 必要なのは利益ではなく愛ではないのか?

  

 自分はそう思うのだ。

 何故と問われると自分はこう答えよう。

 愛は金銭では買えないからだ。 表面的な物であるならば金銭は取り繕ってくれるだろう。

 

 だが、真に形作る愛や情は気持ちで築き上げる物。

 だからこそ人と人との繋がりこそが真に尊ぶべきものだろうと自分は心から信じているし、今までの人生で培って来た哲学だ。


 以前、商人の仲間にその話をしたら盛大に笑われたが、肩を叩きながら何故か飯を奢ってくれた。

 確かに一笑に付されるかもしれない。 だが、自分はそれを信じ続ける。

 人を信じる。 愛を信じる。 情を信じる。


 信用ではなく信頼こそが、人が生きて行く上で不可欠な物なのだ。

 そんなこんなで自分は今日も商隊を率いて街や村を回って行く……つもりだったのだが……。

 

 ……問題があった。


 つい先日、山道を通った時に山賊に襲われ雇っていた傭兵団にかなりの損害が出てしまった。

 お陰で、行商に支障が出ているのだ。

 傷自体は処置が早く、命には別条がなかったが随分と疲労が溜まっていたようなので全員を休ませてしまった。

 

 その為、護衛が居ないのだ。

 自分も休んでも良いんじゃないかとも考えたが、近所の村――とは言っても数日はかかる距離がある場所に商品を届けに行く予定があった事をすっかり忘れてしまっていた。


 流石に休暇を与えた者達を呼び戻すのは気が引けたので現在途方に暮れていたと言う訳だ。

 家に頼んで人員を回して貰うか?

 いい顔はされないだろうが、背に腹は……いや、断られるか。


 念の為にと魔石で連絡を取ってみたが、案の定だった。

 ついでに嫌味まで言われたので気持ちがさらに落ち込む。

 どうして自分はこう、家族に対しての受けが悪いのかと……。


 自己分析は怠っていないつもりではあるが、何が原因なのか今一つ分からない。

 思い当たる節はない訳ではないが……。

 だが、収穫がなかったわけではない。


 大した距離ではないのなら冒険者でも護衛に雇えばいいんじゃないかと言われたからだ。

 なるほど。 その手があったか。

 大した距離でもないし、自分一人の護衛なら青の中位から上位の冒険者で充分に事足りる。


 そうと決まれば早速行動だ。

 自分は早足で冒険者ギルドに向かう。

 場所自体はそう遠くなかったのですぐに着いたが……何だ?


 ちょっとした人だかりができていた。

 小さく謝罪しながら割って進むと理由に納得がいった。

 魔物が居たからだ。 最初に目に飛び込んだ時、自分は幻でも見ているのではないかと錯覚した程にそれは異様だった。


 見慣れない種で、行商を営んでそれなりに見聞を広めている自分でも始めて見たが、心当たりはない訳ではない。

 ラプトル、ラプター、場所によっては地竜とも呼ばれる魔物だ。


 北方のアープアーバンに多数生息しており、類似点の多い近隣種が多数いるので一括りにそう呼ばれる事が多い。

 好戦的で気性が荒く、生き物の肉を好んで食べる狩猟種族だ。

 その為、遭遇した場合は即座に逃げる事を推奨される危険な魔物でもある。


 自分も知識として数種類の特徴は頭に入れているが、目の前の種は記憶にない。

 まず、体躯が大きい。 今は蹲っているが立ち上がれば馬より大きいだろう。

 ラプトルは群れで動き、大きい種でも人の半分程度の大きさしかない。


 そして妙に肥大化した腕にしっかりとした太い指。

 あれだけの大きさなら人間の頭ぐらいなら楽につかめるだろう。

 肥大化していると言っても単に肥えていると言う訳ではなく、しっかりと筋肉が付いている事がざらついた肌の上からでも分かる。


 眠っているのか目を閉じて唸るような鼾をかいている。

 そしてどう言う冗談か、背に鞍が付いているのだ。

 意味する事はただ一つ。 この化け物に騎乗している者が居るという事実。


 なるほどと納得する。

 物珍しさに人が集まる訳だ。 それともう一点、ラプトルの存在感に目を奪われたが、もっと異常な物があったからだ。


 それはラプトルの背に乗っており、別の意味で異彩を放っていた。

 ストリゴップス。 超が付く希少な魔物だ。

 嘴、肉、羽、どれを取っても高値で取引される素材の宝庫とも言える魔物で、一匹仕留めればしばらくは遊んで暮らせる幸運の魔物とも呼ばれている。


 こちらもアープアーバンで生息が確認されている魔物で、発見が難しいとても希少な種だった。

 それがラプトルの背に乗って羽を繕っている。

 乗られているラプトルは気にした素振を見せていないと言う事は両者はお互いを味方と認識していると言う事だ。


 遠巻きに見ている者達の中にも自分と同様に価値に気付いているのか、ストリゴップスに嫌な視線を向けている者が数人おり、一部に至ってはじりじりと近づこうとしていた。

 

 ……捕まえる気か。


 馬鹿な真似をと思う。街に堂々と入れていると言う事はあの魔物達は所有物として話を通している筈だ。

 それを奪うような真似をすれば窃盗になる。

 場合によっては殺されても文句は言えない。


 こんな往来でそんな事に及ぶような輩は居ないとは思うが……。

 ただ、少し飼い主に興味がわいた。

 どうやればあんな魔物を手懐けるような事が出来るのだろうか?と。


 よその国では魔物を生まれた時から育てて調教すると言った方法で使役しているという話を聞いた事があるが、あのラプトルやストリゴップスもそうなんだろうか?

 いやと内心で否定。 前者は可能かもしれないが後者は難しい。


 恐らく何らかの方法で使役したのだろう。

 自分は純粋に羨ましいと思った。

 あんな魔物と心を通わせて旅ができるなんて、一体どんな愛情を注げば意思疎通ができない生き物を仲間にできるのだろうか……。


 自分は彼等の飼い主に強い興味を持った。

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