第387話 「回顧」
正直、躱されるか何らかの方法で防がれるという懸念はあった。
だが、これは流石に予想外と言わざるを得ない。
飛蝗は俺が何をしようとしているのかを即座に看破。
回避行動を取らずに足の爪先で地面に円を描き、それを思い切り踏みつける。
すると円から小さな光が立ち上り、飛蝗の体が薄く光った。
変化はそれだけで終わらない。
飛蝗は更に二度ほど深呼吸。 同時に右腕が強い光に包まれる。
そして紅の奔流が接触する直前、畳んだ腕をショートフックの要領で下からコンパクトに打つ。
それだけだった。
瞬間、ザ・コアから放たれた熱線は直角に捻じ曲げられて空へと飛んで行く。
俺は即座に無駄を悟り、発射を中断。 即座に冷却機構を作動させてザ・コア内部に溜まった熱を放出。
……信じられん。
ここに来てから驚かされてばかりだが、今回は極め付けだったな。
まさかアレを無傷で凌ぐとは想像もしていなかった。 そもそもアレは何をやったんだ?
どうやったらあの熱線を無傷で捻じ曲げられるのか、さっぱり理解できない。
飛蝗は振り抜いた右手を軽く振って構え直す。 見た所、多少は消耗しているだろうが戦闘に支障が出るレベルではないのは明らかだ。
奴の技量はクリステラのような才能などではなく、豊富な戦闘経験に裏打ちされた物で、明らかに長い年月をかけて練り上げた積み重ねを感じられるほどに洗練された動きだった。
恐らく何年何十年と戦闘を続け、研鑽を怠らなかった者に到達できるある種の高みだ。
それだけに分からなかった。
何でこんな奴がこんな場所でアンデッドに成り下がっているのかがだ。
奴ほどの実力があれば……いや、取り巻きも充分すぎるほどの強さである事を考えると、無尽蔵にアンデッドが湧くといってもこんな街の一つや二つ、楽に制圧できる。
少なくともアンデッドをいくら繰り出しても連中を仕留める事など不可能だろう。
それだけの強さを感じていた。
同時に連中が明確な意思を持ってこの地を守っている事に関しても確信する。
あの聖堂――どちらかと言うと神殿か?
奥に一体何がある? 立ち上がりながら一瞥。
ここも例に漏れず風化が酷いが、それ以上に損傷が目立つ。
相当に激しい戦いがあった事は間違いない。
その戦いの詳細がこの場所の歴史を紐解く上で必要な事なのだろう。
筥崎はこの地が世界を支える樹の成れの果てと言った。
それが関係あると言うのか?
飛蝗が静かに、そして油断なくこちらに向かって歩いて来る。
明らかな実力差があるにも拘らず奴の動きには驕りや嘲りの色が一切なかった。
要は欠片もこちらを舐めていないのだ。
強さもそうだが、こいつは明らかに他のアンデッド共とは違う。
行動が理性的すぎる。
……試してみるか?
ある種の賭けに出る事にした。 俺の目的はあくまでもここの調査であって戦闘ではない。
これにしくじれば撤退だ。 正面からでは恐らく今の俺では勝てない。
少々卑怯だが荒野まで逃げてザ・コアの第二形態で街ごと焼き払ってやる。
飛蝗もさっきと同様に防ぐだろうし、あの髑髏女が復元能力を持っていたとしても無尽蔵に使えないはずだ。
どちらかが消えるまで、根競べと行こう。
『お前は何故ここで戦っている?』
使用する言語は日本語。 これなら通じる筈だ。
反応は劇的だった。
飛蝗は驚いたようにビクリと身を震わせ、何かを言おうとする素振を見せるが口からは空気が漏れる音がするだけで言葉は紡がれない。 そして身に纏っていた殺気が霧散していた。
どうやら何とかなったらしい。
俺も戦意がないとアピールする為にザ・コアを地面に突き立て手を放す。
飛蝗は別人のようにあたふたと手足を振り回して身振り手振りで何かを伝えようとしていたが、すまんなさっぱり分からん。
やがて飛蝗は諦めたのか動きを止めると髑髏女に手招きして俺を指差す。
髑髏女が飛蝗に小さく頷くと前に出て錫杖を俺に付きつける。
俺は一瞬判断に迷ったが、飛蝗が大きく頷くのを見て力を抜いた。
錫杖の先端が光り――イメージが脳裏で炸裂。
見た事も無い風景が記憶に広がって行く。
――無念だ。
場所はこの街だろう。
ただ、廃墟ではなく建物などもしっかりとしており、これが過去の記憶である事が分かった。
――悔しい。
だが、記憶に欠損があるのか何が起こっているかは分かるがどうも詳細があやふやだ。
映像が乱れるというか、どうにも見辛い。
そこには戦いがあった。 街の全域で派手に戦りあっているのが見える。
防衛側は――見覚えがあるな。
さっきのサイに始まり無数の転生者や服装や装備からさっき戦ったアンデッド共の生前である事が分かる。
――どうして……。
攻撃している側は――分からんな。
靄がかかって輪郭すらも怪しい。 ただ、かなりの物量である事は分かる。
何せ街の外が蠢く何かで埋め尽くされているからな。
どうやらこの記憶の主――恐らく髑髏女は空から街を俯瞰しているようだ。
音や声は伝わってこない。
サイレント映画みたいだなと思いつつ意識を集中させる。
神殿側からさっき飛んで来た無数の銛が雨のように降り注ぎ敵を薙ぎ払っていく。
同時に前線で巨大な爆発。
敵が木の葉か何かのように吹き飛んで周囲に散らばる。
そこに居たのは飛蝗だ。
アンデッド状態ではなく、完全な生身で鎧は光沢を放ち、マフラーが風に靡いている。
その近くにはカマキリとクワガタムシが居り、三人で背中合わせに戦っていた。
髑髏女が錫杖を振るうと神殿から天使の羽と光輪を備えた集団が飛び立つ。
連中は光る銛や弓矢、光線を連射して地上に絨毯爆撃を敢行。
敵を次々と屠って行く。
攻勢が弱まった所で街の両翼から片方はサイがもう片方は聖堂騎士達が手勢を率いて斬り込む。
驚いた事にサイの背後にいるのは悪魔の部位移植を受けた異形や悪魔と融合した人間だった。
反対側の連中は聖堂騎士を筆頭に聖殿騎士や聖騎士の軍勢で、凄まじい勢いで敵陣を切り取って行く。
他にも普通の人間にしか見えないがトラストやライオネルとかいう近衛騎士が使っていた変わった技を駆使する者も混ざっており、世界中から強者を集めた軍勢と言っても驚かない程、全体の質が高い者達だった。
負傷者が出ると髑髏女が錫杖を振るい、空からそいつらの傷を瞬時に癒して戦線を支えている。
凄まじいとしか表現できない程、激しい戦いだった。
……だが、これは何だ?
いや、それ以前に
こんな派手な戦いがあったら何らかの形で伝わるはずだが……。
そう多くはないがここ等の人間から奪った知識にそんな物は欠片もない。
そもそも、このザリタルチュにあんな街があるなんて情報はなかった。
ならこの光景は何だ?
髑髏女が見せた幻? それはないと即座に否定する。
この光景の与える現実感は紛れもなく事実だと全力で訴えていた。
どうも記憶に欠損があるのか所々、シーンが飛んでいるようだ。
いきなり情勢が変化したり場所が変わったりと忙しいな。
だが、徐々に不利になって行っているのは良く分かった。
少しずつだが押され始めている。
連中は防衛線を後退させつつ状況に対処していたが、ある時それが崩れた。
地上から空を貫く巨大な闇色の柱が立ち昇ったのが切っ掛けだ。
方角から察するに――北方か?
でかすぎて距離感も掴めないので正確な場所は不明だが北側なのは確かだ。
同時に敵の攻勢が激化。
一気に押し込まれる。 髑髏女が必死に魔法で支援を行っているが死傷者が多すぎて追いつかない。
視界が水面のように歪む。 恐らく泣いているのだろう。
唐突にシーンが切り替わる。
目の前にはボロボロになった飛蝗。 それを取り囲むように子供達が居た。
子供達は飛蝗に新しいマフラーを渡している。
手作りであろうそれをしっかりと首に巻く。
飛蝗は嬉しそうに頷いて子供達の頭を順番に撫でたり、優しく抱きしめたりしていた。
最後に髑髏女の下へ行くと大きく頷き、肩にポンと手を置いて仲間のクワガタムシとカマキリを引き連れて歩いて行った。
その先は断片的なシーンを継ぎ接ぎしたような感じで理解できない物が大半で、時系列もばらばらだった。
だが、最後に髑髏女が敵に殺された事だけは良く分かった。
――悔しい。
――無念だ。
――守りたかっただけなのに……。
これは髑髏女の思念?
いや、奴だけじゃないな。 他のも混ざっている。
悔恨の感情が怒涛のように押し寄せ、次いで現れたのが憤怒と憎悪。
――許せない。
――復讐してやる。
――滅ぼしてやる。
凄まじいまでの憎悪、理不尽に対しての憤怒が吹き上がる。
そして暗転。
意識が浮上するのを感じる。
連中の事が少しずつだが分かりかけて来た。
アンデッドになった経緯は不明だが、連中が死んだ事情はある程度ではあるが理解できた……と言うよりは単純にあの正体不明の連中に負けたのだろう。
質では圧倒的に上回っていたがそれを覆す物量に圧倒されたか。
あの戦いに関しての感想はその程度だが、戦いその物の背景が気になる。
敵の正体にもだ。
飛蝗を筆頭に天使や悪魔まで動員して戦ったあの勢力は何だ?
そして髑髏女が最後に見た闇色の柱は……。
分かった事も多いが分からん事が増えたな。
さて、こんな物を俺に見せて連中は何をしたいのやら。
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