第386話 「飛蝗」
進めば攻勢が激しくなっている事から、連中が必死になって奥を守っているのは分かる。
それが何なのかは見当もつかんが潰せば何かしら事態は好転すると思うが――。
俺はバックステップで繰り出された攻撃を躱す。
……また出やがった。
聖堂騎士と思われる全身鎧に転生者のアンデッドが二人。
今度はカマキリとクワガタムシだ。
カマキリは両手が鎌になっており、クワガタムシは騎乗して使うような長槍を持っている。
聖堂騎士に至っては何の冗談か悪魔の部位移植まで受けているようだ。
奥を見ると巨大な聖堂――グノーシス辺りが作った建築物に意匠が似ている所を見ると元々は連中の拠点だったのかもしれない。
でかさは五指どころか三指に入る。
恐らくウルスラグナの王都にあった大聖堂と同等ぐらいだろう。
その先はない。 聖堂は岩山を背負っているのでここが最奥。
最終防衛ラインと言った所だろう。
つまり、ここに居る連中はそこを守る為に配置された精鋭と言った所か。
鈴が鳴るような音が響く。 それと同時に聖堂の奥から足音。
……まだ出て来るのか。
内心でややうんざりしながら現れた奴に視線を向ける。
出て来たのは神官か何かだろう。 服装は法衣、手には鈴が付いた錫杖、服装と体格から察するに女性。
顔は完全に髑髏と化していたが、長い金髪が頭に残っていた。
女が力を込めて錫杖で地面を打つ。
鈴の音が鳴ると同時に敵全員の体が薄く光った。
恐らく支援系の魔法か何かか?
小さく地響きが起こったと同時にクワガタムシの姿が霞んだ。
即座に間合いを潰され、高速の突きが飛んでくる。
際どい所で身を捻って躱す。 速――同時に肩に衝撃。 風穴が開く。
二段突きか。 速過ぎて一撃にしか見えなかったぞ。
同時に脇腹を横に裂かれる感触、死角からいつの間にかカマキリが斬りつけて来たらしい。
前衛は三人。 俺は咄嗟にザ・コアを立てる。 そっちは通さん。
一拍開けて金属音。
聖堂騎士の剣を弾いた音だ。 眼球を弄って視界を拡張。
クリステラの時に使った複眼だ。
身体能力強化の魔法なのは間違いないが、強化の度合いがおかしい。
あの鈍重そうなクワガタムシの動きを見れば効果の高さが良く分かる。
髑髏女の仕業なのは間違いないが、厄介すぎるな。
先に潰す――
クワガタムシの突きとカマキリの斬撃が繰り出される。
無理か。 仕掛ける余裕がない。
躱しながらそう考える。 あの髑髏女、わざわざ姿を晒したのは俺の意識を散らす為か。
アンデッドの癖に考えてるじゃないか。
前衛に信頼を置いていないとできない手だが、連中はその信頼に完璧に応えていた。
連携も上手い。
明らかに一朝一夕で身に着けた物ではないな。
長い年月で培った何かを感じさせる動きだ。
聖堂騎士が手を翳すと手の平に穴が開き、奥で光が弾ける。
次の瞬間、電撃の様な物が迸り俺の動きが一瞬硬直。 見計らったように刺突と斬撃が襲って来る。
強引に体を動かしてザ・コアを思いっきり横薙ぎに振るうが、連中は慣れた動作で下がって躱す。
振り終えた所で再度踏み込んで来る。
やり辛い上に手強い。 カマキリに至っては天使に憑依されたクリステラ並みに速い。
クワガタムシは膂力なら俺より上か、しかも素でだ。
それが強化されているので、打ち合っても力負けする。
……これは俺もなりふり構ってられないか。
追い詰められてきたので、出し惜しみはやめにしよう。
正直、気は進まんが権能を解放。
『
全身から青色の闇が噴き出す。
連中自身には効かんかもしれんが連中の行使する魔法には効くはずだ。
それは正しく、連中の動きが目に見えて遅くなった。
特にクワガタムシは鈍重な見た目だけあってそれが顕著だ。
追加で<活性>の連打で身体能力を強化。
魔法を攻撃に使用せず、リソースの全てを強化に振り分ける。
更に肉体を改造して更に能力を引き上げた。 全身がボコリと波打ち筋力が爆発的に上昇。
クワガタムシの刺突が来るが遅い。
左手で長槍を掴んで止めた後、
カマキリが斬り込んで来るがクワガタムシごと掴んだ槍を振り回し、躱させた後投げつける。
隙間を縫うように電撃が飛んでくるが、それはもう見た。
ザ・コアを盾にして防ぐ。 一瞬、引き攣るように機能を止めたが問題ない。
聖堂騎士が剣で斬りかかろうとするが、強化が無効になっているので遅い。
ザ・コアの大振りを躱させた所で拳を握って、全力で叩きつける。
今まで戦って来た連中を見る限り、アンデッドは脆い。
聖堂騎士は咄嗟にガードしようとするが無駄だ。
俺の強化された拳は聖堂騎士の腹の辺りを捉えそのまま鎧を貫通して背骨を圧し折り、上半身と下半身を分断した。
髑髏女が回復させようとするが奴の魔法は俺の権能に触れて効果が発動しない。
嫉妬の権能の影響下では魔法はかなり減衰する。 復活はさせん。
俺は聖堂騎士の下半身を掴んで立て直したカマキリに投げつけ、そのまま髑髏女に肉薄。
こいつを仕留めれば後は消化試合みたいな物だ。
恐らく今までくたばった連中を復活させていたのもこいつだろうし、仕留める意味合いはでかい。
クワガタムシもカマキリも間に合わん。 行けると確信した瞬間だった。
顔面に何かを喰らったのは。
何が起こったのかさっぱり分からなかった。
気が付いたら地面を転がっており、ダメージを自覚すると同時に崩れた体勢を立て直し、視線を上げて異変の正体を探る。
髑髏女の隣にいつの間にか妙な奴がいた。
聖堂騎士の物と思われる細身の全身鎧に打撃に使用する物と思われるボリュームのある籠手と具足。
首にはボロボロになった真っ赤なマフラーが風に靡いている。
兜は付けていないのでその顔が良く見えた。
飛蝗の転生者。 恐らくあいつに蹴り飛ばされたのだろう。
攻撃を喰らうまで存在を認識できなかったのはどう言う事だ?
考えても分からんが新手と言う事は良く分かった。
そして今までの連中とは格が違うと言う事も。
飛蝗は髑髏女を庇うように前に出た後、静かに構えを取る。
その眼差しは澄んでおり、他の連中とは違い憎悪に濁っているようには見えなかった。
――来る。
飛蝗が膝を僅かに屈伸したように見えた次の瞬間、地面が砕け奴は大きく飛び上がった。
空中で半回転して何もない虚空を蹴って真っすぐにこちらに急降下。
降下しながら更に半回転して真っ直ぐに片足を突き出す。
蹴りが来ると認識する前にザ・コアを盾にして受け止める。
次の瞬間には凄まじい衝撃が伝わり、足が地面を擦って後退。
飛蝗は蹴った反動を利用して距離を取ろうとするがそうはさせん。
奴が着地したと同時に前に出てザ・コアを力任せに振り下ろす。
飛蝗は下がって躱すどころか前に出て来た。
間合いに入った所で起動。 このまま、磨り潰して――
異音。 何だと見るとザ・コアの回転が掴んで止められていた。
しかもどう言う訳か、飛蝗の片腕だけが異様に巨大化している。
……部分的に解放しただと!?
そんな事ができる……いや、できたのか?
飛蝗の片足が霞む。
蹴りが来る前に胴体を硬化させて防御を固めるが、奴の蹴りは俺の防御をあっさり突破。
衝撃で補助脳のいくつかが破裂。
魔法の強化の威力が落ちるが、捕まえた。
同時に接触した部分に口の様な物を作って足に噛み付いて動きを封じる。
「――!?」
飛蝗は微かに驚いたように身を揺らすが、残った足で地面を蹴って下半身を空中に。
そのまま俺の胴体に反対側から蹴りを入れる。
蹴られた衝撃に負けて捕まえた足と奴の体が離れた。
俺はたたらを踏んで衝撃を抑え込み、お返しとばかりに
不可視の百足達は飛蝗に襲いかかるが、奴は身を低くして掻い潜る。
しかも数メートルの距離があったにも拘らず間合いに入るまでたったの一歩。
尋常じゃない脚力だ。 転生者である事を差し引いても動きが良すぎる。
加えて、何だこの高すぎる技量は?
明らかにクリステラより強い。
顔面に奴のつま先が突き刺さったと思ったら腹に蹴りを入れられて、体が折れた所で顎に膝を叩き込まれて頭が打ちあげられる。
強引に顎を引いて視線を奴に向けると奴はしっかりと腰を落として拳法のような構えを取り、捻りを加えた拳を真っ直ぐに打ち出す。
胸板に突き刺さったそれは、何をやったのか俺の体内で威力を炸裂させる。
モロに喰らった俺はそのまま真っ直ぐに十数メートル程、吹っ飛ばされた。
……強いな。
損傷を修復させながら、手放しで相手の実力を称賛する。
少なくとも今まで出くわしたどの敵よりも手強い。
厄介なとも思うが、同時に世界の広さを感じる。 予想を越える事象と言うのは少し前までは不快としか感じなかったが、今は嫌いじゃないと思える。 何故なら筥崎の言っていた俺の生きる目的って奴の存在に期待が持てるからだ。
そんな事を考えつつ、何とか立ち上がるがダメージはかなり深刻だ。
胴体に仕込んだ補助脳と予備脳が軒並みやられた。
ザ・コアはまだ使えるが、よく見たら奴の最初の蹴りを受けた場所に放射状の亀裂が走っている。
権能も効いている筈だが、これは奴が純粋に強いのとアンデッドの肉体には効きが悪い所為だろう。
それでも魔法による強化は剥がせている。
損傷を修復しながら情報を整理。
効果的な攻撃を模索。 恐らく奴の目的はここの防衛。
なら、最適な攻撃手段は――
「――第二形態だ」
真っ直ぐに突き出したザ・コアが内部機能を展開。 追加された冷却機構を準備。
同時に足のザ・ケイヴを起動。 アンカーを撃ち込んで地面に固定。
消し飛べ。
発射。
紅の奔流が真っ直ぐに飛蝗に向かって牙をむいた。
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