第388話 「怨剣」

 「……あんたらの事情は完全ではないが良く分かった」


 記憶を一通り見終わり、意識が過去から今へと回帰する。

 飛蝗は動かず髑髏女はその傍らに佇む。

 その後ろにはカマキリとクワガタムシ。


 飛蝗はその三人を悲し気に見つめた後、小さく肩を落とす。

 その反応で少しだが察する事が出来た。

 恐らく、この街でまともなのはあの飛蝗だけなのだろう。

 

 他は完全に自我を失っており、奴はその連中をある程度操る事が出来るといった感じか。

 そうでもなければ襲ってこない理由に説明が付かない。 飛蝗は俺に小さく手招きすると歩き出した。

 頷いてそれに続く。


 行先は神殿。 中も風化は進んでいるが損傷は少なく、ほぼ原形を留めている。

 気になる事は多かったが口も利けん奴に質問しても無駄か。

 いくつかの広場を越えた後、最奥に到着。


 着いた先は広い空間で中央には台座。

 そこには剣が刺さっていた。

 赤みを帯びた闇色の剣で、柄には五角形のエンブレムのような物が無数についている。


 何だあの剣――


 ――不意に視界がザラつく。


 一瞬、剣の見た目が変わった。

 デザインはほとんど同じだが、色が真っ赤で柄のデザインも若干だが異なる。

 だが、雰囲気に覚えがある。 アメリアが使っていたあの妙な剣に似ているな。


 関係があるのか?

 瞬きすると視界はすぐに元に戻ったので、思考を切り替える。


 何だったんだ今のは?

 感じからして髑髏女の記憶だとは思うが……。

 飛蝗は剣を背にしてこちらを向くとジェスチャーで話せと伝えて来た。


 一瞬、何をとも思ったが、恐らくこっちの事情を知りたいといった所か?


 『俺達がここに来たのは依頼を請けたからだ』


 このザリタルチュからアンデッドが溢れている事とその大本を断つ事によって事態をどうにかする為に大規模な攻勢を仕掛けた事。

 そしてここに引きずり込まれ、街の外で奇襲を受けて交戦を繰り返してここまで斬り込んだ事を一通り話した。


 飛蝗は話を聞き終えると納得するように頷く。

 こういう時会話が出来んのは不便だな。


 『そっちでどうにかできないか? ついでに元の場所に戻る方法を教えてくれると助かる。 それが可能であるならアンタを討伐した事にして適当に言いくるめておくが?』


 この飛蝗と戦う事はリスクしかない。

 可能であるならば……あぁなるほど、無意識に死ぬ可能性を排除しているな。

 意識下では自分の命に執着しないが、無意識の領域ではそれを拒んでいる。


 我が事ながら難儀な話だ。

 そんな事を考えていたが飛蝗は力なく首を横に振り、剣を親指で差す。

 

 『あの剣が何だ?』


 飛蝗は答えない。

 だが、何かを待っているようだ。

 

 ……あぁ、質問を続けろって事か。


 『あの剣がこの事態の原因』


 首を縦に振る。 当たりか。

  

 『あれを破壊すればいい?』

 

 飛蝗は無言で剣へ歩み寄ると蹴りを入れる。

 凄まじい衝撃と音がして、空気がびりびりと震えるが剣は無傷。

 なるほど、破壊は無理か。


 『ならどうすればいい?』


 飛蝗は剣の柄を握ると引き抜こうとするがピクリとも動かない。

 

 『そいつを使えればどうにかできると?』


 頷く。  

 要は俺に抜いてみろと言う事か。

 剣に近づく。 見た目は少々装飾過多の剣に見えるが、こうして近くで見ると嫌な気配がするな。


 剣自体が魔力を垂れ流しているのを感じる。

 取りあえず、抜けるか試せばいいみたいだしやってみるか。

 柄を握って引っ張る。


 「…………おや?」


 思わず間抜けな声が漏れる。

 何の抵抗もなくあっさりと剣が台座から抜けたからだ。 驚く程、抜いた手応えがなかった。

 それを見て飛蝗が驚いたように小さく仰け反る。


 『おい、簡単に抜けたぞ。 どうなって――』


 言いかけた瞬間、剣から闇色の何かが伸びて俺の腕に絡みつく。

 何かは瞬時に俺の腕から体内に侵入。 侵食しようとしてくる。 またこのパターンか。

 咄嗟に剣を手放そうとするが離れない。 同時に剣に衝撃、飛蝗が蹴り飛ばそうとしたようだ。


 腕が引っ張られる感触がしたが剣は離れない。 握った手が張り付いたように開かん。

 剥がそうとしていると、何故か飛蝗に肩を掴んで揺すられる。

 察するに気をしっかり持てとでも言いたいのか? 何と言うかこの飛蝗の性格が分かって来たな。


 お人好しだ。 それも底抜けの。

 俺みたいな侵略者相手に心配するような素振りを見せている時点で推して知るべしか。

 そして何かが瞬時に俺の頭に到達。 同時にイメージが弾けた。


 さっきの髑髏女のやった事と似ていたがこちらは情報の密度が桁外れだ。

 

 それは圧倒的とも言える憎悪の奔流だった。


 ――あぁ、憎い憎い憎い憎い憎い。

――殺してやりたい、圧倒的な苦痛を以ってこの憎悪を体現したい。

 ――ただ殺すだけでは飽き足りない。 痛みを与えてやりたい。 肉体の、精神の痛みを。

 ――苦痛と絶望に歪むその姿を見たい。 心が折れるのを見たい。

 ――自分の得た理不尽を相手にもそれ以上の理不尽を以って贖わせたい。


 ……等々。


 プレタハングに取り付いていた悪魔もこんな感じだったが、これはそれ以上だな。

 大抵の奴なら一瞬で憎悪に心が持って行かれるだろう。

 流れ込んで来る悪感情を無視して冷静に分析する。


 ……取りあえず分かった事はこれは憎悪、中でも相手に苦痛を与えたいと言った感情の塊だ。

 

 そう、指向性のないただの憎悪。

 証拠に憎いとは思っても誰が憎いとか具体的な所が出てこない。

 俺の脳に接触しているのは魔力の塊のようなので体内の根を動員して吸収。


 頭の中でうるさく喚かれても敵わんしな。 少し黙れ。

 効果はあったようでガンガンと鳴り響くような声は気にならないレベルまで小さくなった。

 

 『……で? これは一体、どうやって使うんだ?』


 取りあえず逆に魔力を込めてみると、何となくだが使い方が分かって来た。

 同時にこの剣の役割も多少だが理解できる。

 こいつは外と辺獄の境界を限定的に操作する事が出来るらしい。


 それで境目を緩めてアンデッド共を送り出しているようだ。

 ただ、外には逆に境界を締める存在があり、常にそいつとの綱引きを行っている状態らしい。

 要はこの剣が相手の何かより力でやや上回っているから境界の緩みがでかくなってアンデッドが湧きだしたと。 どうやら今回の一件、原因は全てこの剣のようだ。


 加えてアンデッド共の行動にある程度の指向性を与える事もできるらしい。

 操ると言った高度な物ではなく、軽く唆す程度の物ではあるが、剣の囁きに乗った連中はほいほいと外に出て近隣を襲っていたようだ。 逆にこの街に居残っている連中はここを守る事に執着しているので剣には従わず動かなかった。 なるほど、街の外と中で敵の質が段違いな理由はこれか。


 つまりこいつの力を抑えれば勝手に閉じてアンデッドの流入は収まるという訳だ。

 意識して制御しようとする。 剣の機能が情報として脳裏に瞬く。

 ふむ、行けそうだ。 思ったよりあっけなく片付きそうだな。


 ……その前に一応確認しておくか。


 『これ、持って帰っても問題ないか?』


 飛蝗に確認を取ると、奴はやや驚いたように何度も頷く。

 寧ろ持って行ってくれと言わんばかりだ。

 なら遠慮なく貰って行くとしよう。

 

 『……邪魔したな』


 我ながららしくないが無意識にそんな言葉が口から出る。

 何となくあの飛蝗が今までやって来た事が分かったからだ。

 ここは奴と奴の仲間が眠る墓なのだろう。 


 恐らくこの街に居る連中は街に近寄る外敵を排除したいだけで、積極的に攻める意図はないのだろう。

 少なくともこの飛蝗にはその気はなさそうだ。

 それは髑髏女の記憶と奴自身の行動が物語っている。

 

 そうでもなければガキから貰った手作りのマフラーなんて大事にしないだろう。

 少なくとも奴に取ってこの場所は代えがたい何かと言う事だけは良く分かった。

 この先も奴はこの守れなかった場所を独りで守り続けるのだろう。

 

 かつて仲間だった者の残骸と共に。

 飛蝗は俺の言葉にどう反応していいのか分からず、戸惑うような動きを見せるが俺は構わずに踵を返す。

 もうこの場所に用はないからだ。 分からん事が多いが一応は収穫もあった。 依頼に関しても問題ない。


 『こいつで境界を塞ぐ。 そうすればお互いの面倒事も解決する。 あんたは今までのようにここで静かに過ごせばいい』


 それだけ言って俺は神殿を後にした。

 後ろから空気が漏れる音が聞こえたので飛蝗が何か言ったのだろう。

 分からなかったので無視した。




 さて、外に出たがこれからどう動いた物か。

 正直な話、武器は間に合っているからこの剣、要らないんだがな。

 どう言う訳か手から離れないので邪魔な事この上ない。


 ザ・コアは片手で振れない事も無いが、できれば両手での運用が望ましいが……。

 

 ……一先ず、この件が片付いたら剣を処分する方法を考えないとな。


 そんな事を考えていると不意に剣が発光。

 さっきの闇色の触手の様な物が伸びる。 何だ? また乗っ取る気か?

 あんまりしつこいと腕ごと捨てて行くぞ。


 伸びた先は俺ではなくザ・コアだ。

 

 「おい、何をする気だ?」

  

 剣はザ・コアを侵食しはじめ、色が剣と同色に変わる。

 止めろと魔力を込めて抑えようとするが止まらない。

 ザ・コアは光の粒子になって剣に吸い込まれて行った。


 ……冗談だろ?

 

 「ふざけるなこのナマクラ。 俺の武器を返せ」


 思わず悪態が漏れる。 何て事をしやがるんだこの骨董品は。

 お前みたいなうるさいだけの剣要らないからお気に入りのザ・コアを返せ。

 すると脳裏に何かが浮かぶ。 剣の仕業か。


 癪だが言う通りに念じる。

 

 ――第一形態。


 剣の刃の部分に等間隔で切れ込みが入り分解。

 分解した刃が円環状に浮かぶ。

 試しに魔力を込めると刃が高速で回転。


 ……。


 ――第二形態。


 元の形に戻ると刃の部分が縦に割れて、間から魔力が充填されてバチバチと火花を散らしながら光る。

 

 …………。


 ――第三形態。


 柄から闇色の靄のような物が噴き出してザ・コアの形状を取る。


 ………………。

 

 要は取り込んだザ・コアの機能を再現したと言う事か。

 何故か脳裏に意地でも離れないと齧りつく何かの姿を幻視したがきっと気のせいだろう。

 嘆息。


 「……まぁいいか」


 ザ・コアがなくなったのは業腹だがこの変な剣で代用は利きそうだし我慢してやるか。

 

 ……で? この剣なんて言うんだ?

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