第380話 「助言」

 何を見つけたのかと言うと本だ。

 この世界の識字率はそう高くない。

 統計を取った訳ではないが半分に届くか届かないかと言った所だろう。


 その為、本の需要はなくはないがそこまで高くない。

 特に荒事を生業としている連中が集まるこの場所では。

 基本的にこの大陸では言語は統一されているので、ウルスラグナで読み書きを理解しているのならこの大陸では通じる。


 店主も売れるとは思っていないのかあまり力を入れているようには思えず、本は隅のスペースにひっそりと並べられていた。

 さっとタイトルに目を通す。


 料理本に始まり、両国の歴史書、紀行本等と数こそ少ないがジャンルは幅広い。

 売れるとは思っていないが、売る気はあるようだな。

 中でも注目したのは歴史書だ。


 ザリタルチュについて何か分かるかもしれない。

 数日もあるし暇潰しも兼ねて一、二冊は欲しいな。

 それに売る気があるなら客が欲しがりそうな内容を選ぶだろう。


 それっぽい物を数冊手に取り、店主にザリタルチュについて詳しく書かれている物を頼むと言うとお勧めを選んでくれた。

 それを購入して近くの宿を取る。

 

 サベージを厩舎に放り込んで部屋へ。

 ベッドに腰掛けて本を開く。

 さて、しばらくはのんびり読書に勤しむとしよう。


 

  

 本の内容はアラブロストルとフォンターナの歴史に主軸が置かれているので、知りたいザリタルチュの情報は少なかったが店主曰く、これが一番詳しく書かれているらしい。

 本当かよと思いながら目を通す。


 ザリタルチュ。

 どれぐらい遡るかは不明だが、少なくとも周辺国の建国の時点でアンデッド共の多発地帯だったらしい。

 

 ……とは言っても最初からゾンビ共がわらわらと湧いて来る訳ではなかったようだ。


 この本によれば当初は町を作れる程度には安全で、両国で領土を主張し合うといった今からすれば失笑物の争いまで起こっていたらしい。

 結局、アンデッドの出現頻度増加によりお互い触れないでおこうといった暗黙の了解となった。


 まぁ、当然だろう。

 どこからともなくアンデッドが湧くような場所なんて危な過ぎて手元に置こうという気は起こらんな。

 それで今まで放置した結果、溢れるなんて事態になっているのだから笑えない。


 何とも悪い意味で歴史ある場所だが、それだけの時間放置されていたので当然ながら調べに行った命知らずも少なからずいる。

 そういった連中が傭兵や冒険者を雇って突っ込んだらしいが生還率は少なくとも半分以下だろう。


 この本にはその生きて帰って来た連中の記述があったが――


 私は何もない荒野を歩いていると不意に風景が変わり遠くにあった町の明かりが消えた。

 周囲の冒険者共々私は奇妙な場所にいつの間にか辿り着いていたのだ。

 ここは間違いなく辺獄種の湧き出る源泉に違いない。

 

 ――と、今一つ要領を得ないのだ。


 まぁ、一度辺獄の土を踏んでいれば何となく何が起こったのかは察せられるが、読み物としては分かり辛い。

 他の本の記述も似たり寄ったりの内容で歩いていた。 すると別の場所に辿り着き、アンデッドがどこからとも無く現れて襲って来る。

 

 逃げ回っていると気が付けば元の場所に戻って生還で話は統一されていた。

 この辺は俺自身の経験と被るのでなるほどと思う。

 やはり辺獄に飛ばされると言う事で間違いないようだ。


 それにしても辺獄とは何だ?

 筥崎の天秤という表現も引っかかる。

 奴はあの場所をクリフォトと言った。 その正体とやらも気になるが……。

 

 さて、何が起こるのやら。

 どちらにせよ踏み込んでみるまで分からんと言う事か。

 

 ……後数日……か。

 

 待つ事には耐えられるが、待たされる事はあまり好きじゃない。

 ままならないなと自嘲して本に視線を落とす。

 差し当たっては買った本に目を通すとしよう。


 それから数日間はこれと言ったイベントも起きずに穏やかな数日間だった。

 読書と食事、他の時間で市を適当に回り時間を潰す。

 その間にも人や物が続々と集まって来るのが見える。


 国が用意した騎士はすぐさま集まっていたが、冒険者は三日前ぐらいで一気に流れ込んで来た。

 近くの部屋も次々に埋まり、早めに来ておいて良かったと思いつつ準備を整えつつある砦を窓から眺める。


 いつの間にか砦の外にも野営地が設営されており、人が集まりちょっとした祭りのような有様だった。

 サベージは相変わらず注目を浴びており、特に何かをしてくるような事はなかったが鬱陶しそうにしている。

 ソッピースは放置すると誘拐されそうなので基本的に部屋から出していない。


 夜を待って外に出るが、賑わいは衰えずに絶えず人が動き回っている。

 喧騒に混ざる気は無いので適当に食料を買い込んで宿に引っ込む気だったのだが――。


 「あれ? ローじゃないか?」


 シシキンだ。

 周囲にお仲間は居らず一人だった。

 背負ったリュックが膨らんでいる所を見るとこいつも買い出しと言った所だろう。


 俺は小さく頷いて返す。

 顔には出さなかったが面倒な奴に見つかったと内心で溜息を吐く。


 「そっちも買い出しか?」

 「そんな所だ。 準備自体は終わっているから食料だけだがな」

  

 シシキンは小さく笑みを浮かべてこちらに寄って来る。

 おいおい。 挨拶だけじゃないのか。 俺に用事はないからさっさと買い出しにでも戻れよ。

 奴は隣を歩きだす。


 「良い所で会えたしちょっと話を聞きたいがいいかな?」

 「……あんたより格下の俺にそんな役に立つ意見が出せるとは思えないが?」


 俺がそう言うとシシキンは肩を竦める。


 「冒険者の認識票なんて目安の一つでしかないさ。 それに強ければいいって物でもないだろ?」

 「……かもな」


 同意しておく。

 腕力自慢だけがパーティーに居れば強いと言う訳でもないからな。

 結局の所、冒険者に求められるのは――まぁ、対応力と言った所だろう。


 出来る事の幅が広ければ対処の手段も多いからな。

 まぁ、まともに冒険者をやっていない俺が何を言ってるんだという話だが。


 「……迫っている本番。 君はどう見る? 俺は冒険者達が先陣を切らされると見ている」

 「その点は同意見だ。 そうでもなければ連携が要求される大掛かりな戦闘で邪魔になりそうな冒険者なんて組み込まんだろう」

 「そう……だよな。 実は気が付いたのが最近でね。 最初は後方での予備か何かと思っていたけど、国側も上手い事隠してたみたいでね」


 内心で呆れる。

 何をやってるんだ。 それぐらい察しろよと――あぁ、分かった。

 以前に話した時の事を思い出したからだ。


 何か結婚するとか言っていたな。

 色々と物入りになったから報酬額に釣られてほいほい請けたといった所か。

 他の連中も似たような表情だったし、全体的に浮ついていたのかね?


 「結婚を控えている身で危ない依頼を請けたのは分かったが、冒険者の標語は自己責任だ。 まぁ、精々生き残る事に専念するべきだな」

 「ははは、手厳しいな。 ところでザリタルチュについて調べたんだが、余り情報が出てこなかった。 聞いた話ではあそこは辺獄と重なって・・・・いて、踏み入れると引き摺り込まれるらしい」


 口調から完全に信じているとは言い難いといった感情が伝わる。

 まぁ、歩いているとリアルに神隠しに遭うなんていわれて鵜呑みにする奴はそういないだろう。

 反応としては理解できるが悲しいかな事実だったりする。

 

 ……悪いが教えてやる義理は――。


 「そんな眉唾物の話を――」

 「事実だ」


 ――あったな。 一応、奢って貰った食事代程度には助言してやるか。


 俺の言葉にシシキンは固まる。

 その表情にはやや驚きが混ざっていた。

 俺は構わず続ける。

 

 「一度しか言わないからよく聞け。 辺獄の存在は事実だ。 俺自身、領域に足を踏み入れた事はないから参考程度に留めておくといい。 辺獄と言う地は遮蔽物もないのに何処からともなくアンデッド共が湧いてきて、かつ死角から襲って来る危険な地で、明確な出口も存在せず歩き回っていれば運よく出られはするが、脱出する為の条件は不明だ」


 シシキンは驚いて目を見開く。

 聞いてはいるようだしそのまま先を話す。


 「行く事が確定している以上、踏み入れたらまず死角を作らない事を念頭に置いて行動するといい」

 「……あ、あぁ、ありがとう。 参考になったよ。 それにしても詳しいな。 一体……?」

 「一度、辺獄には行った事がある。 余り思い出したくないから詳しくは聞かないでくれ」

 「分かった。 いい話を聞けたよ。 本当にありがとう、生き残ったら一杯奢るよ」

 「……覚えておこう」 


 シシキンは希望を見出したかのような明るい口調で何度も頷くと礼を言って去って行った。

 俺は小さく肩を竦めて宿へ足を向ける。

 明日は忙しくなりそうだ。

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