第381話 「攫風」

 侵攻当日。

 日も昇る前から早速動き出す。 場所は荒野の外縁。

 布陣する前に簡単に説明を受けたが、予想通り冒険者と傭兵の構成部隊が先行して露払いを行い、安全または一定の距離の進軍に成功すれば本隊が進むといった形になる。


 俺はサベージに跨って前を見据える。

 前方には遮蔽物のない荒野。

 アンデッドの襲撃は数十分前に撃退したばかりなので、次まで少し間がある。


 周囲には冒険者や傭兵共。

 背後にはフォンターナの用意した兵士とグノーシスの聖騎士や聖殿騎士。

 手筈では準備が完了次第、アラブロストル側とこちら側で同時に侵攻。


 襲って来るようであれば迎撃、来ないようであれば荒野の中央付近で陣を張って辺獄の襲来に備える。

 長丁場になる事を懸念して、ご丁寧に拠点構築用の建材や食料等を満載した輜重隊まで用意していた。

 それだけこの作戦に力を入れている事が分かる。


 ……何とも奇妙な絵面だろうな。


 大量の人間が何もない空間を睨んで合戦準備とは、傍から見れば何の冗談と笑うか訓練か何かと首を傾げるかもしれん。

 周囲の連中は辺獄の事を理解しているかいないかで表情が異なる。


 前者は沈痛な面持ちを後者は楽な仕事と高を括っているのが良く分かる程、気怠い表情をしていた。

 俺が居るのは布陣――とは言っても適当に並んでいるだけだが――している冒険者達の右側の位置――この場合は右翼とでも言うのかな?


 ともかく俺が居るのはその辺だ。

 俺はぼーっと前を見ているが、かれこれここに来て一時間近く経つ。

 どうもアラブロストル側が遅れているようで待たされているのだ。


 最初の十五分程はそれなりに緊張した空気が漂っていたが、流石に突っ立っているだけでは緊張感が維持できないのかあちこちで会話するような声が聞こえる。

 まぁ、寄せ集めだし統率を取れと言うのは無理な相談だろうな。


 後ろを振り返ると本陣の方は静かに佇んでおり、微動だにしない。

 何とも酷い温度差だと考えていると遠くから爆発音に似た低い音が響く。

 音の方に視線をやると照明弾の様な物が尾を引いて打ち上がっていた。


 合図か。

 応じるように後ろの本陣からも同じ物が打ち上がる。

 同時に先頭がゆっくりと動き出す。

 

 他も後に続くようにじりじりと進んでいく。

 特に警戒している連中の歩みは遅い。

 まぁ、辺獄に行く羽目になるんだ。 穏やかな気持ちにはなれんだろうが――


 数百メートル程進んだ所で一部の冒険者達がペースを上げて駆け出し始めた。

 何やら喚き散らしているが距離がある所為で聞き取れんな。

 耳を澄ませると微かに聞える。


 どうも後ろに居る連中を臆病者呼ばわりしていかに自分が勇敢かのアピールまでかましている奴も居た。

 

 ――度胸があるのは素直に評価するが、危機感が少し足りてないんじゃないか?


 俺には関係ないし、あの様子なら真っ先に襲われるのが目に見えている連中だ。

 精々、囮として頑張ってくれ。

 そんな事を考えながらペースを維持して進んでいった。




 


 ……妙だ。


 そろそろ荒野の中心付近だが、襲われる気配も転移する気配もない。

 本隊も一定間隔を開けて付いて来ている状態だ。

 今までの情報が正しければここまででダース単位で襲われてもおかしくないはずだが……。

 

 「……なぁ、何かおかしくねぇか?」

 「あぁ、いくら何でもここまで何も起こらないって有り得るのか?」

 

 流石におかしいと悟ったのか訝しむように疑問を口にする者達が現れ始めた。

 南側に視線を向けると遠くに俺達と同じように行軍している連中が見える。

 アラブロストル側の連中か。


 国力の差なのか規模はこちらの倍近くもある。

 時間がかかった事に内心で納得しつつ警戒は怠らない。

 両軍はそれぞれ中心を目指していたので、ゆっくりと近づき、合流を果たした。


 先頭を進んでいた連中がお互いに何かを話している。

 大方、襲撃の有無を確認しているといった所だろう。

 合流できた事に気が緩んだのか、変化はその瞬間に現れた。


 もしかしたら狙われたのかもしれない。 


 砂煙を纏った大きな風がこちらに吹いて来た。 同時に何かが軋むような音。

 視界が一瞬塞がり――風とは違う何かが通り抜けるような感覚が全身を襲う。


 ……来たか。


 あの時と似た感覚だ。 風が通り抜けた後には風景が一変。 

 何もなかったはずの荒野に廃墟のような街が出現していた。

 周囲もそれに気付いてざわめく。


 俺は状況を確認。 所持品や装備、サベージにソッピースにも影響はなし。

 <交信>はサベージ達には使用可能だがそれ以外には不通。

 以前、辺獄に飛ばされた時と同じか。


 次いで地形と周囲の確認。 日が昇ったばかりだった空は一瞬にして黄昏色に変化。

 場所は荒野なのは変わらないが、数キロほど先に巨大な街が出現。

 ただ、妙なのは地形自体は変わっていない事だ。


 岩山等はそのままで何もない所にいきなり街が現れたような感じになっている。

 後ろを振り返ると、本陣の姿が消えていた。

 いや、消えたのは俺達の方か。


 ここが辺獄である以上、消えたのは冒険者や傭兵連中の先鋒のみ。

 タイミングを考えると間違いなく意図的に分断されたと見ていいだろう。

 そう考えると明確にこの地へと俺達を引き込んだ連中が居ると言う事だ。

 

 厄介なと内心で思う。

 わざわざ引き込む理由が明らかだからだ。 歓迎する為に招待した? 有り得んだろう。

 

 「皆! 聞いてくれ、本陣と分断され――」


 何かを言いかけた冒険者らしき男が手を上げて何か言いかけたが、それは叶わなかった。

 頭に拳大の石がめり込んでいたからだ。

 男が血を噴きだして崩れ落ちると同時に、前方――街の方角、数百メートルの地点にアンデッドの群れが現れた。


 辺獄なので遮蔽物のない荒野にいきなり現れた事には一切驚かなかったが、問題はそこじゃない。

 連中はぼろぼろではあるが全身鎧に身を包み、同様に鎧のような物を身に着けた馬に乗っていたからだ。

 破損した兜から覗く顔は骨だったり、腐肉を張り付けただけだったがその目は爛々と憎悪に輝いていた。


 先頭の騎馬集団はご丁寧に横一列に並んで全員突進用の長槍を構えて突っ込んで来る。

 その背後を走る連中は騎乗しながらスリングのような物を回していた。

 さっきの投石はあいつ等か。

 

 「て、敵襲! アンデッド!」

 「じょ、冗談だろ!? 連中、騎乗してるぞ!?」

 「喚いてないで迎撃!」


 動揺から立て直した連中が対応しようとしたがこれは厳しいな。

 それには理由がある。 合流したばかりで隊列も取れずに固まっているので集団の中に居る連中は身動きが取れない。


 これを見越してこのタイミングで襲撃をかけたのだろうか?

 だとしたら大した物だ。

 

 ……本当にアンデッドか?


 疑問が膨れ上がる。 いくら何でもやり口が理性的すぎるからだ。

 だが、少なくともその殺意は本物だろう。

策を巡らせて有利な場所に誘い込み、確実に殺しに来ている。


 冒険者達も黙ってやられる気は無いようで迎撃の構えを取り、次の瞬間――激突した。

 アンデッドの騎兵たちは冒険者達の群れを切り裂き、進路上に居た者達を蹂躙していく。

 だが、冒険者の人数は多いし、戦闘に長けた者は対応力が高い。


 馬に取り付いて引きずり下ろす者、魔法で馬を転倒させようとする者、取った対応の成否はともかく、突っ込んで来た騎兵達は瞬く間に討ち取られるが、やられ方があっさりしすぎている。

 この雰囲気に覚えがある。 俺がレブナントを使ってやった陽動に感じが似ているな。


 ……陽動か。


 それは正しく更なる変化が起こる。

 背後から地響き。 その場の全員が咄嗟に振り返ると、後方から騎獣の群れ。

 今度は馬じゃなく象だ。


 あちこちの肉が脱落しており、半分骨のような有様だったがその重量は人間ぐらいなら楽に粉砕する破壊力を秘めているようだ。 その上にはアンデッドの騎士がおり、指示を出しているのが見えた。

 近くに居た連中が次々と踏み潰される。


 それを見て俺は小さく感心する。

 見事な奇襲だ。 攻め手の大半がアンデッドに意思などないと高を括っていた所を逆手に取られたな。

 さて、踏み潰されてやる訳には行かんのでまずは集団から離れるとしよう。


 サベージに指示を出すと小さく鳴いて地面を蹴って真上に跳躍。

 更に空中を蹴って移動。 途中でソッピースを切り離す。

 ソッピースは小さく鳴いて羽ばたき、俺から離れる。


 変化や何か見つけたら報告するように伝えると小さく頷いて空高く飛んで行く。

 まずは自由に動けるようにしないとな。

 冒険者連中から少し離れた所に着地。 ザ・コアを抜く。

 

 さて、身動きが取れるようになった所でアンデッド退治と行こうか。

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