第379話 「観察」
シシキンとの食事は中々有意義な物だった。
身の上話を脚色するのは面倒だったが、地元だったらしく連中はこの辺の地理に明るかったので色々と教えて貰えたのは収穫だ。
好きに食事もできたのも悪くない。
途中でシシキンの顔が引き攣っていたが、好きに食って良いと言ったのは奴自身だ。
遠慮なく食ってやった。
空になった財布を見て呆然としているシシキンに別れを告げて宿に引き上げる。
宿へ向かいながら貰った手書きの地図を確認。
縮尺は雑だったが位置関係はしっかりと押さえていたので、参考にはなる。
拠点の位置を考えるならどう攻めるかも何となくだが分かるからだ。
さて、ザリタルチュという地域だが、荒野とテーブル状の岩山しかない土地で東側は切り立った山が多く回り込まれる心配はない。
だが、問題はそれ以外だ。 岩山は中心付近に固まっているのでザリタルチュの中央から離れれば離れるほど遮蔽物が少なくなる。
その為、当日は確実に野戦になるのが目に見えていた。
いや、野戦で済むならまだましかもしれない。
人間側は別組織が用意した二つの軍隊に、寄せ集めの冒険者と数はそこまで多くはないが、グノーシスからも戦力が出るようだ。
果たしてまともに連携など取れるのだろうか?
悪いが俺はとてもじゃないがそう思えない。 恐らく無秩序の乱戦になるのは確実だろう。
……これはもしかしなくても……。
何となく国側の意図が読めて来た。
恐らくだが、先鋒は冒険者が務める事になりそうだ。
連中に露払いをやらせ、適当に削った後に本命の軍を進ませると言った所か?
その為の高額報酬と考えると納得もいく。
気付いている奴は生き残る為に備え、気づいてない奴は美味い仕事だと喜び勇んで寄って来る訳だ。
なるほど。 上手い手だ。
冒険者ならどれだけ使い潰した所で国が損をする事はないからな。
連中の原則、自己責任って奴が良くも悪くも幅を利かせる。
まぁ、アンデッドの相手は辺獄で飽きるほどやっているし、舐めてかかる気は無いが恐らくは問題ないだろう。
大規模侵攻の予定は六日後、特に準備するような事柄はないが一度近くまで行って下見をしておくのも良いかもしれない。
どうせやる事もないしなと考え、俺は明日以降の予定を決めた。
翌日、朝を待って早々に町を出て前線の砦へと向かう。
町から数時間程の距離なので少しサベージを急がせればすぐに見えて来る。
急造と聞いていたが、それなりに時間が経っている為か堅牢な造りに見えた。
複数の櫓に、城壁と言っても通用しそうな壁。
その上には複数の投石機やバリスタ、魔石を利用した兵器の類が並べられていた。
操作する為の専門の人間がメンテナンスをしているのか取り付いて何かしている姿も見える。
聞けばあの兵器群は隣国であるアラブロストルから仕入れた魔導兵器とか御大層な名称の代物らしい。
フォンターナは国ではあるが大陸で最大の水稲生産を行っている大穀倉地帯だ。
立地の関係でシェアの大半を独占しているアラブロストルからすれば大事な食料の生産地なので可能な限り守りたいのだろう。
砦は馬車や人が絶え間なく出入りしており、離れていても物々しさが窺えた。
はっきりと見えて来る頃には耳が剣戟や魔法の物と思われる音を拾い、戦闘中であることが分かる。
周囲には高台がないのでサベージ達に近くに隠れるように言った後<茫漠>で姿を消して<飛行>で空を飛ぶ。
どんな感じなのかねと近づくと段々と見えて来た。
砦の先にはバリケードが所々に設置されており、それを盾にして矢や魔法等の遠距離攻撃で突っ込んで来るアンデッド共を撃退しているようだ。
でかい丸太のような太さの矢がアンデッドの群れに直撃してその一部を吹き飛ばす。
流石は攻城兵器、大した威力だ。
さて、その相手のアンデッドはというと――
以前に辺獄で見た連中とは毛色が違う。
まず、動きが違った。
全員がある程度の運動能力を有しているのか、歩きではなく走って突っ込んで来ている。
後は装備だな。
アンデッド共は何故かボロい鎧に剣や槍で武装した連中が多い。
動きも無秩序ではなくある程度は統率が取れている感じすらする。
明らかに以前に見た連中とは別物だ。
迎撃している連中も慣れた物で足を狙って機動力を削いだ後、止まった奴からとどめを刺しており、とにかく近づけない事を主軸においた戦い方だ。
アンデッド共は防衛側の苛烈な遠距離攻撃の豪雨を受け次々と数を減らし――
――小一時間程で全滅。
死骸は残らないのか、斃れたアンデッド共は影も残さずに消滅する。
安全を確認した後、迎撃側はあからさまに安堵で胸を撫で下ろし、警戒用の人員を残して次々と引き上げて行った。
なるほど。 こうやって凌いでいた訳だ。
上から見ると色々と見えて良く分かる。
防衛側は見事に最適化された守りでアンデッドの攻勢を凌いでいるのが分かった。
バリケードの配置、バリスタ等の兵器、人員の動きと呼吸。
一朝一夕で身につく物ではない。 相応の期間、戦い抜いた者特有の慣れを感じる。
顔に疲労感を張り付けた連中が砦に居る事を考えるとかなり疲弊しているようだが、士気は衰えていない。
攻勢が近いのでもうひと踏ん張りと頑張っているのだろう。
実際、領域に攻め込んで問題の元をどうにかできればゾンビ退治からは解放されるんだ。
やる気も出ると言う物だろう。
だが、アンデッドの動きも妙だ。
散発的に仕掛けているという話だが、上から見ればある程度の統率が取れており、防御や回避行動等も積極的に行っていた。
明らかに何かしらの意図――どう見ても相手を削る目的での特攻を行っているようにしか見えない。
やられはするだろう。
しかし相手を消耗させた上で斃されてやると言った思惑が見えるのだ。
ちらりと拠点へ視線を落とす。
次々と矢や食料、人員等が送り込まれているのが見える。
今まで得た情報からこの地に次々と人や物が途切れることなく集まっているのは明白だ。
俺の想像が正しいのなら連中の狙いは正しく機能していると言えるだろう。
だが、アンデッド共にそんな知恵があるようには思えない。
一体どうなっている?
素直に考えるのなら連中を操っている奴の存在。
要は分かり易い黒幕が居るという話だな。
もしそうなら連中の行動にもある程度ではあるが説得力が増す。
……アンデッドの使役か。
所謂、ネクロマンサーって奴だな。
この世界ではアンデッドは割と有名だがそれを使役する存在については全く聞かない。
単に知名度が低いか、存在しないかのどちらかだが……。
テュケとかいう未知の技術や既存の技術を進歩させようって連中が存在する以上、新たに開発されたと言っても驚きはしないが、こんな事をやって何の得になるのやら。
残念ながら手持ちの情報ではこれ以上の事は思いつかなかった。
眼下の風景に変化もなくなったし、後は砦で情報収集と行こう。
俺はその場に背を向けてサベージ達の所へと戻るべく高度を落とす。
サベージ達と合流後、番兵に身分とギルド経由で依頼を請けている事を説明するとあっさりと砦の中に入れてくれた。
中はちょっとした町のような有様で、商人による武器の売買、食料等を販売する市まであり、かなりの賑わいを見せている。
建物も仮設ではあるがしっかりした造りの物も多く、宿も完備されていた。
面白い所では娼館まである。
化粧をした女が客引きをしているのが見えた。
数キロも離れていない場所ではアンデッド共が徘徊しているというのに商魂たくましい事だ。
だが、商人の考えも何となくわかる。 人が集まれば物が集まる。 物が集まれば金もまたそこに集まるからな。
命の危険はあるが商機と捉えたのだろう。
実際、武器やポーションの類は飛ぶように売れているらしく、この近辺ではかなりの品薄らしい。
適当に出店を見て回るが本当に様々な物を取り扱っており、武器や魔法道具だけでなく日用品まである。
見ながら歩いているとある一点で視線が止まった。
変わった物があったからだ。
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