第370話 「予言」

 筥崎はこざき わたる

 会社員の父親と専業主婦の母親との三人家族。

 これと言って特筆するような事のない普通の家庭に生まれた少年だった。


 だが、普通じゃない点が一つ。

 渉本人だ。

 具体的に言うと、他人の言葉に殆ど反応を示さない、時折ブツブツと訳の分からない事を呟く。


 最初は変わっていると楽観視していた両親も五歳になってもそんな調子なのを見て、うちの子はどこかおかしいんじゃないかと思い始め、病院へと連れて行った。

 肉体的には異常なく、健康状態は良好。 最終的には自閉症と診断。


 両親は頭を抱えたが、どうにもならなかったので何とか折り合いを付ける努力を始めたらしい。

 渉の一日は思索と睡眠、食事のみとシンプルな生活だ。

 傍から見れば渉は訳の分からない事をブツブツと呟くだけの存在だったが、ある日を境にそれが一変する。


 渉が九歳の時だ。

 地震が来るから割れ物はしっかり片付けた方がいいと呟く。

 それを聞いた母親はまた、いつもの妄言だろうと取り合わなかったがその日の晩にやや強い地震に襲われた。


 建物に被害は出なかったが食器棚が倒れ、皿が全滅、家具もいくつか破損。

 その後もぽつぽつとそう言った予言を繰り返した。 

 そしてその全てが見事に的中。


 予言の内容も多岐に渡り、大きな物は地震などの災害、小さな物は数日後の天気。

 気まぐれに予言を口にして周囲を驚かせた。

 的中率百パーセントの予言。


 それを知って最初に目の色を変えたのは父親だった。

 彼は予言の子とあちこちに売り込む事を始め、金を得ようと画策したのだ。 

 元々、その手の才能があったのか様々な人種が予言を聞きに現れ、父親に金銭を支払った。


 具体的な額は知らなかったが、それなりに高額だったようで、父親は長年勤めていた会社を辞めて、息子の芸で金を稼ぐ事を決めたようだ。

 家庭の生活水準は大きく向上し、家もアパートからセキュリティ完備の一戸建てになった。


 母親も最初は息子を見世物になんてと抵抗を示していたが、目の前にうず高く積まれた札束の魔力の前にあっさり屈し、父親の方針に同意。

 渉は両親の言うがまま予言を吐き出す事になった。


 その頃が両親に取って幸せの絶頂だったのだろう。

 反面、渉の肉体――主に脳に多大な負担がかかっていた。

 普段は肉体に負担がかからない程度に制御できていたが、両親の期待に応える為に無理をした結果、彼の寿命を大幅に削る事になっていたのだ。


 彼は彼なりに物を考え、両親を愛した故の行動だったらしい。

 慢性的な頭痛、鼻血に始まり、目や耳からも出血。

 両親は金に物を言わせて大病院で治療を受けさせはしたが、予言はやめさせなかった。


 その結果、元々疲れやすかった体がついに音を上げ、最後には昏睡し、そのまま死んでしまったらしい。

 死ぬ間際の記憶は必死に自分に縋りつき泣きわめく両親。

 最期に聞いた言葉は「貴方が居なくなったら私達の生活はどうなるの?」と何とも救いのないまま、人生が終わった。


 ……と言う話を聞くのに半日近くもかかってしまった。


 どう言う訳かは知らんが、鳥を介してしか話せないと言う事なので、目の前にいるのに喋りが達者とは言えない鳥相手に伝言ゲームを強いられる事になる。

 まぁ、急いでないから別に問題はないのだが……正直、聞くのが面倒になって来た。


 流石にここまで時間がかかるとは予想してなかったので、どうにかならないかと考えるがいい案が浮かばない。

 困った事にまだ転生後と奴自身の話が残っているのでこれから後半戦だ。

 ややうんざりしながら鳥の話に耳を傾ける。


 

 死後はお決まりのミミズコースだが、たまたまあった地割れに飲み込まれて気が付けばこうなっていたと、何とも締まらない落ちまで付いていた。

 さて、今の肉体になったがどうも元々深く眠っていた個体だった所為なのかは不明だが、変異した後も覚醒と睡眠を繰り返すだけだったらしい。


 食事はどうしているのか聞くと、したことがないと答えた。

 恐らくだが、樹木と動物の中間のような生物なので大地から養分を吸い上げているお陰で直接的な食事は必要ないらしい。


 ……何とも便利な体だな。


 しばらくそんな調子で過ごしていたのだが、そこに現れたのがあの鳥共だ。

 元々、隠れて生きてきた鳥だったが、住処を追われてこの洞窟まで逃げて来たらしい。

 身を寄せ合って震えていた連中が何だか気になって意思疎通を取ろうと頑張った結果、何とか成功。


 具体的な手段は俺の<交信>に似た能力で本人はテレパシーと呼んでいるようだが、どうも波長を合わせるのが難しく随分と時間がかかったようだ。

 

 ……なるほど、鳥を介してしか話せない理由がそれか。


 どうも口が利ける体じゃないので、それしか意思疎通の手段がないと。

 取りあえず、こんな腹話術紛いの事をやっている理由は良く分かった。

 

 「……まぁ、あんたの事情は良く分かった。 俺への用事を聞く前に、予言とやらについて教えてくれないか?」


 話を進めてもいいが予言とやらが少し気になる。

 予知とは違うのか?


 鳥は少し沈黙。

 どうも言葉を選んでいたようで、引っかかるような分かり辛い口調で話し始めた。


 筥崎の転生前から持っていた能力で、妙な物が見えたり、妙な知識や情報が不意に頭に浮かぶのだそうだ。 生前は理解するのに随分とかかったが、奴によると見えるのは未来や過去の風景。 情報は完全にランダムでその大半が理解できなかったらしい。


 その理解できた情報の一部が自分の能力についてだ。

 超感覚的知覚――所謂、ESPやPSIと呼ばれる超能力の一種で、要は常人とは脳の造りが若干異なっているお陰で妙な電波を受信できるようになっているらしい。


 反面、その電波の受信に処理の大半を持って行かれているのか、感性などにかなりの悪影響が出るようだ。

 

 ……なるほど。


 医者が自閉症と診断する訳だ。 厳密には違ったようだが。

 要は電波の相手で手一杯なので他に割けるリソースが少なかっただけの話か。

 幸か不幸か、転生してでかい体を得たお陰で生前と比べて情報の処理が楽になり、鳥共の面倒を見る余裕が出来たと。


 意思疎通ができるようになったので鳥共に知恵を授けてやっていたらいつの間にか神と崇められるようになり、ここは鳥の楽園になったと言う訳か。

 周囲の仕掛けも鳥共に入れ知恵して行わせたらしい。


 お陰で減少傾向にあった鳥も少しずつ増えて行ったと。

 ちなみに鳥共だが、ストリゴップスと呼ばれる魔物で、向こうで言うフクロウオウムに似た生き物らしい。

 虫や木の実などを主食とする大人しい生き物で戦闘能力は皆無だが隠形に長けており、気配を消して敵をやり過ごし今まで生きて来たらしい。


 ただ、繁殖して数を増やすと外敵に見つかり、大きく数を減らして住処を変えると言った事を繰り返し今に至るという経緯があり、今回も住処を追われてここに流れ着いたと言うのが筥崎と出会った切っ掛けのようだ。


 一通り聞いた話を頭の中で整理する。

 ESPにPSIか。 これまた変わった単語が出て来た物だ。

 超能力というものの存在があるのは知っていたが、実在するとは思っていなかった。


 それも予言と言う分かり易い形で発現するのは稀だろう。

 正直、スプーンを曲げる程度の物かとも思ったが、何とも凄まじい。

 問題はここみたいな魔法が実在する世界ではなく、科学が発達した日本で実在したと言う事だろう。


 ……それにしても……。


 超能力が実在すると言うのは良く分かった。

 なら、それとこの世界に存在する魔法との違いは何だ?

 もし同質の存在であると言うのなら向こうでも魔法は使えたと言う事なのか?

 

 そうだとしたら日本にも魔法を使える奴が居てもおかしくは……いや、だったら技術として確立されていないのは奇妙だ。

 脳の造りが原因? それも根拠として弱い。

 少なくともこっちの連中は魔法は使えても自閉症に似た症状を患っているようにはとてもじゃないが見えないし、喰った記憶や知識の中でもそう言った事例は稀だ。


 うーむと考えたがこれは手持ちの知識では答えは出んか。

 思考を頭の片隅に追いやる。 

 まぁ、今すぐ知りたいって訳ではないし、いつか知る機会もあるだろうと割り切った。


 さて、そろそろ本題に入ろうか?

 こいつの事情と背景は凡そ把握した。

 今度は面倒な手順を踏んでまで俺を呼び出した理由を聞かせて貰おうか?

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