第369話 「緑鳥」

 岩に擬態して張り付いていた奴は貝みたいな奴で、一定距離に近づいた奴に襲いかかる習性があったようだ。

 

 ……まぁ、遠距離から魔法を撃ち込めば一発だったが。


 味はそのまま貝っぽかったな。

 サベージは気に入ったのか殻ごと喰っていたが些細な事だろう。

 

 川を越えると再び深い森が広がっており、移動速度がやや低下した。

 濃い緑の匂いがする。

 最初の森と違ってこちらは木々がやや密集しており、動きづらい。


 魔物も比較的小型の種が多いようだ。

 襲って来たのは鳥型の魔物で何故か足にまで羽が付いた変わり種と、地竜を一メートルほどに小型化したトカゲみたいな奴が大量に現れた。

 

 そう言えば地竜の原産地はここだったか。

 よかったなサベージ、お前の親戚みたいな奴等だぞ?

 俺がそう言うとサベージは嫌そうに唸った。


 こちらはどうやら物量で押すタイプらしく、執拗に群がって来たが数だけだったので開けた場所まで誘導して魔法で薙ぎ払って処理。

 はっきり言って雑魚だが、数の所為で鬱陶しいな。

 森自体も歩きにくいし、そろそろ空を進んでショートカットでもしてやろうと考えていた頃にそれは起こった。


 少し先に複数の気配――というよりは派手に喚き散らして走り回っている奴がいる。

 どう考えても人間だ。

 こんな所に人とは物好きも居た物だ。


 関わり合いになりたくないのでサベージに指示して樹上へ。

 同時に<茫漠>で姿を隠す。

 少し待つと数人の男達が悲鳴を上げながら走って来た。


 その後ろにはトカゲ共が嬉々として追い縋っている。

 

 「クソ! あんな連中が居るなんて聞いてないぞ!」

 「その案内人の忠告を無視したのはアンタだろうが!」

 「言い争いは後だ! 目的は忘れて、今はここを切り抜ける事を考えるんだ」

 「もう金なんてどうでもいいから死にたくねぇよ……」


 口々に文句を垂れ流しながら俺の足元を通過。

 トカゲ共がそれを追って更に通過していく。

 しばらくそうしていると足音が遠ざかり――悲鳴がいくつか上がった。


 どうやら数人捕まったようだ。


 ……御愁傷様。


 結局、何だったんだ?

 会話から察するに何かを探しているようだったが……。

 やはり魔物の領域である以上、珍しい魔物か何かか?


 一瞬、ツチノコを捕まえて一攫千金を狙ったテレビ番組を思い出したが、まさかな。

 関係ないしどうでもいいかと流してサベージにさっさと空に上がれと言おうとした所で――そいつと目が合った。

 いつの間にか正面の木の枝に鳥が留まっていた。


 ……驚いたな。 全く気が付かなかったぞ。

 

 色は全体的に明るい緑に一部、黄色が混ざっており、フォルムはフクロウのように丸っこい。

 その配色の所為で気付くのが遅れたようだ。 加えて気配が薄く、隠形にも長けているのかもしれない。

 口には何故か大きな葉っぱを咥えていた。


 鳥はゆっくりと近づくと葉っぱを俺に差し出す。

 訝しみながらも受け取って葉っぱを見てみると……おや?

 何か書いてあるな。


 何だと見てみると汚い字でこう書かれていた。

 「ついてきて」と。 ご丁寧に日本語で。 それをみてややげんなりとした気持ちになった。

 日本語を扱えるような存在に心当たりが一つしかないからだ。


 ……また転生者か。 行く先々で現れるな。 本当にどうなってるんだ?


 転生者絡みの厄介事はアスピザル達でお腹いっぱいなんだが――嘆息。

 無視する訳には行かんな。

 どうやって俺の正体を看破して接触してきたのかも気になるし行かないという選択肢がない。

 鳥が羽ばたいて飛んで行き、少し離れた所で静止してこちらを振り返る。


 付いて来いって事か。

 この鳥を始末して記憶を抜く事も考えたが、情報が得られても万一俺の手に負えない奴だった場合、敵対が確定してしまう。 それに俺の知りたい情報が入っているとも限らんしな。

 

 ……取りあえず、様子見と行くか。


 俺はサベージに付いて行くように命じて鳥を追った。

 鳥は木を縫うように飛び、それを追うのに少し難儀したが、ゆっくり飛んでいるので見失う事はなさそうだ。


 何故、こんなルートを通っているのかと疑問に思っていたが、下に視線を落とすと理由が見えて来た。

 さっきのトカゲが居たが、迷ったのかやたらとキョロキョロしており、明らかに進む方向を見失っている。


 これは木の配置に何かあるのか?

 恐らくだが、木を避けて進むといつの間にか元の場所に戻るように誘導されるのだろう。

 もしかしたらエルフの時のように木その物にも何かしらの細工を施しているのかもしれん。

 

 そう考えるのなら目の前の鳥の飛び方にも説明が付く。

 

 ……もし意味もなく単なる嫌がらせだったら焼き鳥にしてやろう。


 そんな事を考えながら俺は鳥の背を眺めていた。

 


 数時間程の移動の後、目的地らしきものが見えて来る。

 洞窟だ。 周囲は木々に覆われており、上からでも見つけるのは難しいかもしれんな。

 鳥に続いて洞窟内へ。


 中は暗いが問題はない。

 しばらく進むと道がなだらかな下りに。

 特に分かれ道などはないので迷いようがない。


 十数分ほどで奥に到着。 広い空間に出る。

 そこには鳥の同類らしき奴が大量にいた。

 どうやらここは連中の巣のようだが……肝心の転生者はどこだ?


 空間をぐるりと見回す。

 鳥共がホーホーと鳴いているだけで警戒するような素振は見せない。

 妙な物は見当たらんが、気になる所が一点。


 奥の壁が一面、奇妙な形に凸凹しているのだ。

 その前に一際でかい鳥が鎮座していた。

 

 ……何だあの壁は?


 鳥に関してはでかいだけで特に脅威とは感じなかったので無視。

 気になるのは奥だ。 自然にできたようには見えない。

 何か作為を感じる形状なんだが――


 『ヨヨヨヨヨ、ヨクキタ、ヨクキタ』


 不意にでかい鳥が口を開く。

 片言だが立派な日本語だった。

 この鳥が転生者かと思ったが、違うと即座に否定。


 どう見てもサイズが違うだけで他の鳥と変わらん。


 「……で? あんたが俺を呼んだのか?」


 判断材料が足りんな。

 取りあえずは話に付き合う事にした。


 『ニホ、ニホン、ニホンゴデハナ、ハナシテ!』

 

 こっちの言葉が分からんのか? それともカマかけか? 惚けるにしても葉っぱに書いたメッセージを読み取ってここまでノコノコ付いてきている以上、ごまかしは無理か。

 小さく息を吐く。 呼びつけておいて注文の多い奴だな。


 『これでいいか?』

 

 言語を切り替える。

 そうすると鳥はホーホーと鳴く。


 『アリアリアリガトウ! ボクボクボクハ、ハコザキ ワタル、デス!』


 ハコザキね。

 名前からしても転生者で間違いなさそうだ。

 

 『ご丁寧にどうも、俺はローと言う。 用事があるなら早く済ませてくれないか?』

 『ヨンダヨンダノハノハ、アナタニオネガイガイガ! アリマスマス!』

 『……聞くだけは聞こう』


 受けるかどうかは別の話だがな。

 それにしてもその喋りどうにかならんのか?

 聞き取り辛くてかなわんぞ。


 『その前に悪いがもっとはっきり話してくれないか?』

 

 鳥はホーと鳴くと小さく首を傾げる。


 『スマスマスマナイナイ。 コノコヲカイシテ、カイシテデハナイトト、アナタトハナハナ、セナイナイ』


 この子を介して?

 つまりはこいつが本体ではなく、鳥を窓口に話しかけていると言う事か?


 『ならあんた自身はどこに居る?』

 『メメメメノマエマエニ! イルイルイル!』


 ……何?


 聞き返そうとしたが、その前に足元が微かに揺れる。

 地震? いや、これは――目の前の壁が動いているのか?

 おいおい、これはまさか。


 壁に亀裂が入り、一部が微かに開く。

 それは目だった。

 半開きではあったが、それは俺を真っ直ぐに見据えた後、再び閉じられる。

 

 『イマイマイマノガノガボボボク、デス。 デモデモ、マトマトモニシャベレナイナイナイノデ! コウイッタイッタシュダンヲトッテイマスマス』

 

 目だけで壁一面はあったぞ、そうなると全長は数十メートル?

 ディープ・ワン程じゃないが、かなり巨大な生き物と言う事になる。

 驚いた。 ここまで巨大な生き物がいた事もそうだが、そいつに喰われて融合した奴がいた事も驚きだ。


 『喋れないのはその姿の所為か?』

 『イエイエイエ、ボボボクハ、モトモト、マトマトモニモニシャベ、シャベレナイレナイデス』

 『……取りあえず、そっちの事情を聞く所から始めようか?』


 ハコザキは分かりましたと言うと身の上話を聞き取り辛い鳥の喋りを介して始めた。

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