第368話 「排熱」

 「この前の奴より肉が少ないな」


 俺の目の前には両断された魔物の死骸。

 大物感出して現れた割にはサベージの尻尾の一振りで半分になった。

 取りあえずさっさと焼いて喰ってしまおうと解体しようとしていたのだが……。


 でかさの割には肉が少ないのだ。

 ついでに縦に両断してくれたおかげで脳が使い物にならなくなった。

 困った物だ。 俺はサベージに次からは横に両断しろと言って肉を切り分けようとしたが――。


 ちらりと振り返る。

 さっきの魔物が来た方向から更に気配が二つ。

 少し様子を見ていると魔物の子供らしき者が二匹、木陰から現れた。


 気付かなかった所を見ると離れた所で隠れており、いつまでも親が戻らんから様子を見に来たと言った所か。

 

 ……まぁいい。 ちょうど肉が足りないと思っていた頃だ。


 小さいが腹の足しにはなるだろう。

 さっさと親の後を追うと良い。 俺はサベージに仕留めるように言う。

 頭は残せと付け足して。


 喰った肉はまぁまぁの味だった。

 一応は三匹分だったので空腹は多少ではあるがどうにかなったな。

 

 


 その翌日も森を歩き続け、時折襲って来る魔物を返り討ちにしては喰っていたのだが、俺に言わせればそこまで厳しい環境ではないな。

 寧ろ居心地がいいとすら感じてしまう。


 何せ食事が自分からこっちに向かって来るのでわざわざ探す必要すらない。

 水源は豊富なので水には困らず、なければ魔法でどうにかなるのでこちらも心配がなく、オラトリアムとは別の意味で快適な環境だった。


 数日の移動で森も少し飽きて来たのでサベージを加速させ、移動のペースを上げる。

 更に進むと風景に変化が出た。

 耳が水の流れる音を拾う。 音源へ向かうと木々が途切れ、大量の水が落ちるのが目に入る。


 どうも滝の真上に出たようだ。

 崖から下を眺めると大量の水がアーチを描いて下に落ちているのが見える。

 途中、川の類が見当たらなかったので、これは地下の水脈か何かの出口なのかもしれないな。


 巨大な川が曲がりくねりながら南へと伸びているのが見える。

 視線を遠くにやるが街らしき物は見えない。

 まぁ、急ぐ旅ではないしのんびり行くとしよう。


 特に意識した事はなかったが、滝をみるとウルスラグナは標高が高い位置にあったと言うのが良く分かるな。

 そんな事を考えながら崖を下りて下へ。

 降りた先は上よりは開けていて木々の生え方もまばらだ。


 周囲を見るが魔物の類は見当たらない。

 サベージを走らせて周囲の風景を眺めていたが悪くない。

 多少開けているお陰か風が良く通るし、日差しも程よく当たる。


 その上、魔物も少ない――


 いや、違うな。 即座に考えを否定。

 これだけ開けているにも拘らず何も居ないのは、ここを縄張りにしている奴がいて他は近づけないのかもしれない。


 どうやらその予想は当たっていたようだ。

 ずしんと重たい足音が連続して響く。

 重さに対して音の間隔が早い。 重量はあるがそれなりに速度も出せるようだな。


 土煙を上げながら、でかい何かが四肢を使って真っ直ぐこちらに向かって来るようだ。

 正面から現れたのは――熊か?

 その割には手足がやや長い印象を受ける。


 他の違いと言えばサイズか。

 どう見ても十メートルを超えている。

 記憶にある熊型の魔物より随分とでかいし、サイズ相応に堅牢な骨格であることが窺えた。


 毛の色や見た目は熊――こちらではウルシダエという魔物に似ているが、俺からすれば夜ノ森を思い出して微妙な気分になるな。

 

 迎え撃つべく停止。 

 魔物も俺の意図を察したのか、数メートルの位置で停止。

 喉を鳴らして威嚇してくる。


 悪いが特に恐ろしいとも感じないので出方を見るとしよう。

 魔物がゆっくりと立ち上がる。

 直立すると更にでかく見えるな。 見上げないと頭が見えない。


 しかも太陽を背負っているから少し眩し――。


 咄嗟に首を傾ける。

 一瞬前まで俺の頭があった場所を何かが通り過ぎた。

 何かを啜るような音がして通り過ぎた物が引っ込む。


 正体はすぐに分かった。

 舌だ。 あいつは舌を伸ばして攻撃してきたようだ。

 

 ……思ったより強かな手を打って来る。


 見た目よりも知能は高そうだ。

 間合いを計って直立。 

 頭が太陽に重なる位置に来るようにし、相手が顔を見るようにしむけ、日光に遮られたタイミングで仕掛ける。


 上手い手だ。

 パワーで攻めると見せかけてこういう小細工してくるとは油断できんな。

 俺はザ・コアを抜いて突っ込む。


 魔物はこちらの動きに合わせて腕を振り上げて、叩きつけるべく振り下ろす。

 ザ・コアを回転させて振り下ろしてきた腕に当てて捻り潰してやった。

 頑丈そうではあったが、ザ・コアの回転はどうにもならなかったようだ。

 

 接触部分が即座に挽き肉になり、骨を粉砕して腕を引き千切る。

 魔物の腕が衝撃で吹き飛んだ。

 同時に傷口から血が噴出。 魔物が苦痛の呻き声を上げるが、口を開けて舌で攻撃してくる。

 

 流石に一度見たので対応は難しくない。

 飛んで来た舌を適当にやり過ごし、戻る前に掴む。

 手の平を弄ってスパイク状の針の様な物を生やして掴んだ舌が滑らないように固定。


 思いっきり引っ張って顔を引き寄せる。

 魔物は体勢を崩してこちらに倒れ込んで来たその顔面にザ・コアを叩き込んで頭ごとその顔面を粉砕。 

 目玉やら鼻やらのパーツが飛び散って振りかかって来るが、魔法で障壁を展開して弾く。


 「あぁ、しまった」


 そこで思わず声が出る。 また頭を吹っ飛ばしてしまった。

 記憶を喰えないじゃないか。  

 仕留めるのに楽だからつい狙ってしまうな。


 まぁ、いいか。

 これだけ広いしまた出て来るだろう。 取りあえず食いでがありそうだし腐る前に喰ってしまおう。

 



 どうやらあのデカブツは一定のエリアを縄張りとしているらしく、そこに入ると即座に襲って来た。

 もう一度仕留めた相手なので二匹目以降は楽な物だ。

 舌にさえ気を付ければそう怖い相手ではない。


 サベージに撹乱させてザ・コアで胴体を掘削してやればすぐだ。

 破壊する臓器に少し気を付ける必要があるが二匹目を仕留めた所でコツは掴めた。

 三匹目で比較的損傷の少ない状態で仕留める事に成功。


 連中の縄張りは他の魔物が居ないので、野営するには適している。

 でかいので肉も多く食いでもあり、俺にとっては美味しい獲物だった。

 サベージも大喜びで死骸の腹に頭を突っ込んで死肉を貪っており、とても満足そうだ。


 五匹仕留めた辺りで熊は出て来なくなったので少し残念に思いながら先へ進む。

 美味しい獲物なので寧ろいくらでも来て欲しい位だが、ここ等を縄張りとしていた奴はこれで全部のようだ。

 探せばまだまだいそうだが、熊狩りに来た訳じゃないのでそのまま行く。


 進めば進むほど木々の数が減り、視界が開けていったが途中で理由に気が付いた。

 あの熊もそうだが、どうもこの辺の魔物は縄張り内の樹木を排除して動きやすいようにしているようだ。

 地面を見ると掘り返したような跡があちこちに見られる。


 恐らく木が生えていた場所なのだろう。

 さて、そうなると連中は身動きがとり易いように木々を取り除いている。

 その為、木々の生え方がまばらな訳だ。 そしてこの近辺は木が殆どない所を見ると、熊よりでかい奴が縄張りにしている可能性が高い。


 その考えを肯定するようにずしんと重たい足音が響く。

 明らかに熊の足音より重い。 俺はサベージから降りてザ・コアを抜いて音の方へと視線を向ける。

 現れたのは――でかい恐竜だった。


 ティラノサウルスみたいだがやや形状が異なる。

 手足――特に手が発達しており、かなり大きい。

 これは恐らく樹木を排除する為の形状と見るべきだろう。 あれなら大抵の樹は引っこ抜ける。


 更にサイズがでかい。 目算だが熊よりでかく、二十メートル……はないか。

 十七から十八メートルと言った所だろう。 よくもまぁ、これだけのサイズの生き物が飢え死にもせずに動き回れる物だと感心する。


 ティラノサウルスは俺を獲物と認めたのか明らかに視線がこちらを向いていた。

 内心で小さく嘆息。 このサイズになると仕留めるのが少し面倒だな。

 ちょうどいいし、試し撃ちの的にでもなって貰うか。


 ザ・コアを真っ直ぐに構える。


 ――第二形態。


 命ずると同時に筒が開き砲身が露わになる。

 変化はそれで終わらず、ザ・コアの回転部分の間から管のような物が複数顔を出す。

 これは首途が付けた新機能だ。


 一応、試射はしたので問題ない筈だが、ここらで軽く試しておくべきだろう。

 ザ・ケイヴを起動。 踵から返しの付いた杭が地面に突き刺さり俺の体を固定。

 

 ――撃て。


 発射。

 紅の閃光が突っ立っていたティラノサウルスの頭部を蒸発させ空に向かって尾を引いた後消滅。

 発射を終えたと同時に管から勢いよく熱せられたスチームが噴き出す。

 

 これが改修の際に取り付けられた新機能、冷却機構だ。

 連射こそできないが、ザ・コア本体へのダメージを大きく抑える事が出来るので、再生させる必要がなくなり、冷却さえ完了すれば再度発射可能になった。


 十数秒で排熱が終了したようで、管が引っ込む。

 

 「……ふむ」


 試しにと第一形態を起動させると問題なく動く。 

 ウルスラグナの王城では使った後しばらくの間使い物にならなかったからな。

 これはありがたい機能だ。


 そんな事を考えていると少し離れた所で地響きと轟音が響き渡る。

 頭を失ったティラノサウルスが崩れ落ちた音のようだ。

 

 ……取りあえず、今日は食事に困りそうもないな。


 そんな事を考えながら涎を垂らして期待しているサベージに行けと命令した。





 その後、数日程かけてその巨大魔物の生息エリアを抜けると次は巨大な川が見えて来た。

 かなり広く対岸までかなりの距離がある。

 変わった場所で、川にも拘らずあちこちに木が生えており、流れに合わせて枝を揺らしていた。


 深さはほとんどない。

 精々、サベージの足首辺りまでだ。

 加えて流れも強くないので渡るのもそう難しくはないだろう。


 視界も開けており、木の他に見えるのは岩場ぐらいな物だ。

 特に危険はなさそうなのでサベージを進ませる。

 ざぶざぶと水をかき分けて歩を進め、その間に俺は周囲を警戒しつつ足元に視線を落とす。


 普通の川に見えるな。

 水も澄んでいて底まではっきり見える。

 小さめの魚が泳いでいるが、特に脅威とは感じられない。


 その証拠に近づけば勝手に逃げて行く。

 魚が多い以上、それを獲物とする魔物がいてもおかしくはないが……。

 そんな事を考えながら手近な木を調べる。


 川のど真ん中に生えている事を除けば普通の木に見えるな。

 詳しくは知らんがマングローブって括りの植物か?

 異常もなさそうなので先へ進む。

 

 岩場が近づいて来たのでそこで休憩でもしようかと考えていると不意にサベージが小さく唸る。

 

 ……なんだ?


 岩場に何かを見つけたようなので探知系の魔法を走らせて周辺を調べると……。


 「なるほど」


 他の魔物が居ない理由が良く分かった。

 岩の表面に大量に擬態した何かが張り付いているようだ。

 恐らく近寄れば襲ってるのだろう。


 初見だと見破るのは難しそうだ。

 ともあれ正体が割れた以上、今夜の飯はあいつらだな。

 俺は無言で手を翳して岩場に向けて<榴弾>を撃ち込んだ。

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