第367話 「国外」

 国内の縦断は特に何もなく完了し、無事国境に辿り着く事が出来た。

 その間に済ませておくことがあったのでついでに片づけておく。

 何かと言うと冒険者プレートの再発行だ。

 

 何だかんだでまた失くしてしまったので必要になった。

 手配も解けているからギルドに行っても再発行に問題はない。

 職員に何とも言えない視線を向けられたが些細な事だな。


 さて、何故プレートが必要なのかと言うと他所の国でも使えるからだ。

 冒険者ギルドは国を越えた組織なので一度登録さえ済ませれば、他の国でもプレートの使用が可能で依頼を請けたりできる。


 オラトリアムからの支援が受けられない以上、向こうでの路銀は自分で稼ぐ必要が出て来る。

 その為、身分と金を稼ぐ為の手段は必須と言う訳だ。

 適当な場所で再発行を済ませた事で国境を越える準備は完了。


 こうして俺はウルスラグナの外へと足を踏み出した。





 アープアーバン未開領域。

 ウルスラグナと隣国フォンターナの間に横たわる広大な大地だ。

 北側であるウルスラグナからは視界一杯の森と所々に切り立った岩山や巨大な亀裂が見えた。


 この複雑な地形が踏破を容易ならざる物にしているが、通るのが難しい理由は別にあるのだ。

 単純な話で、魔物が手強く狂暴。

 加えて種類も多く、特定の縄張りを持たない者も居るようで、不意に見た事もない魔物に襲われると言ったケースも多いらしい。


 外国での商売を夢見た商人が、護衛の冒険者を連れて挑み何人も命を落としたという話もよく聞く。

 通りたければ専門のガイドを雇うか、充分な戦力を揃えて運を天に任せるかの二択を迫られる。

 テュケの連中は蜻蛉や蝙蝠、飛べる連中の割合が多かった事を見るに文字通り、飛び越えたのだろう。


 恐らく蠍や飛べない連中は空輸か現地調達した人員と見ていい。

 グノーシスですら越えるに当たって聖殿騎士の大部隊か聖堂騎士数名での突破が推奨される。

 

 ……まぁ、わざわざそんな危ない場所を通らざるを得ない事態と言うのはそう起こらんから、実際に越えた奴は驚くほど少ない。


 その為、ウルスラグナの人間は外の世界――要は他国に関しての関心は薄く知識は浅い。

 実際、ウルスラグナは食料の自給などは他所に頼らずとも問題なく行えているので無理に交流を持つ必要がなかった事も大きい。


 そんな訳で物見遊山で空を行かずに陸から踏み込んでみたがなるほど。

 一応、知識は全くない訳じゃないが、かなり古いので当てにしない方がいいだろう。

 危険視される理由にも納得がいった。 森に踏み込んで一時間もしないうちに魔物の群れに襲われたからだ。


 襲って来たのはサイとイタチを足して割ったようなでかい生き物で、体長は二、三メートルと言った所か。

 歩いていたら地中から取り囲むように現れた。

 草食動物っぽい見た目だったが、口の端からは涎がぼとぼと零れている所を見ると肉もいけるようだ。


 サベージも連中を見て口から涎を零す。

 

 ……お前もか。


 内心でやや呆れながらもサベージから降りる。

 逃げてもいいが腹も減ったし取りあえず、こいつ等を今日の夕食にでもするとしよう。

 




 地中に潜む知恵もあり、獲物を取り囲む連携。

 確かにそれなりに厄介な連中だろうが、今まで戦って来た敵に比べるとそこまでの脅威とは思えない。

 その考えは間違っていないようで、目の前の結果がそれを物語っている。


 強化したザ・コアが唸りを上げて魔物を瞬時に挽き肉に変え、目の前でお仲間が肉塊に変わるのを見て危険を感じたのか、逃げようとした奴が居たが左腕ヒューマン・センチピードで首を刎ね飛ばす。

 これで粗方――おや? 数匹足りんなどこへ行った?


 地面に大穴が開いている所を見ると地中へ潜ったか。

 ならばと<地探>を発動。 反応は直ぐに出た、俺の足元だ。

 地中から飛び出した所を踵で踏みつける。


 ちょうどいい。 新装備の実験台になってくれ。

 靴に魔力を流す。 同時に頭頂部辺りを踏みつけていた踵から杭が飛び出し魔物の頭蓋骨を粉砕。

 脳を完全に破壊した。


 これが首途に頼んでおいた新装備――パイルバンカーブーツ『ザ・ケイヴ』だ。

 以前に始末した蠍から奪った鎧の一部を改造した物でサイズを変化させる特徴に指向性を持たせて足の裏から杭が出るようにした。 その為、サイズの変更はできなくなったが、どうせ俺しか使わないから問題ないだろう。


 本来の用途はザ・コアの第二形態使用時に地面に打ち込んで反動を抑える為の物だが、こうして踏みつければ充分武器としても使える。

 威力も申し分ない。 魔力を喰らって自己修復する機能も付いているので少々無茶をしても問題ないと首途が太鼓判を押した一品だ。


 次が来ないのかなと待っていたが残りは今度こそ逃げ出したようだ。

 特に全滅させる理由もないのでそちらは放置。

 さて、俺のノルマは片付いたが――。


 サベージの方を見てみると、そっちももう終わっておりサベージが仕留めた魔物の腹に首を突っ込んで内臓を貪り食っていた。 あんまり派手にやるなよ。 荷物が血で汚れる。

 

 ……ともあれ、終わったようだ。


 周囲に襲って来るような魔物も居なさそうだし、仕留めた肉でも食うとしよう。

 


 適当に切った肉を焚火で焼いてサベージと分ける。

 何だかんだでアスピザル達との旅が長かったので自然と調理して食べる習慣がついてしまった。

 周りに誰もいないのでサベージは堂々と手で掴んで肉を貪る。


 皮とかは取っておいた方がいいかもしれんがいきなり嵩張る荷物を増やすのも馬鹿らしかったので骨も残さず喰い尽してやった。

 取りあえず脳みそから記憶を抜いた限り、こいつ等は特定の住処を持たずに森の浅い位置の地中で生活しているようだ。


 どうも音で地上の様子を把握しているらしく、軽い足音や弱って不規則になった足音を狙って襲いかかるようにしているようだ。

 自分達より弱そうな奴を狙って狩っており、浅い位置に陣取っているのは時折訪れる人間や弱った魔物が逃げて来るのでそれを獲物としているらしい。 要は雑魚狩りだな。


 どうも群れ単位で生活、行動しており、独自に動いているので他の群れとは協調どころか獲物を取り合うライバル関係のようだ。

 視覚情報からざっと他の魔物やこの近辺の地形情報を仕入れる。


 記憶を見るとなるほど、何とも毛色の違う奴が多い。

 サベージも休ませる必要があるし、今夜は野営と行くか。

 俺はサベージに休むように言うとぼんやりと空を見上げた。


 ここはエルフの森と違って木々で完全に覆われている訳ではないので空が良く見える。

 時間はもう夜なので星が瞬き、月光が周囲を照らしていた。

 

 ……朝になったら出発するとしよう。


 視線を焚火に落とし、そんな事を考えながら朝まで思索に耽る。

 月が傾き、日が昇った所で鼾をかいていたサベージを蹴り起して出発の準備を始める。

 盛大に焚火をしていたので他の魔物が襲いに来てくれないかと期待したが、全く来ないとは寂しい話だ。


 暇潰しに仕留めて、夜食にしてやろうと思ったのに。

 そんな事を考えながら焚火の後始末をするとサベージに跨って出発。

 森を進んでいく。 木々の間隔がそれなり開いているので比較的ではあるが歩きやすいようだ。


 サベージはふんふんと上機嫌に鼻を鳴らす。

 ちなみに歩き辛い場所が長く続くとこの畜生は歯軋りを始めるので分かり易い。

 翌日は特に何も起こらずに経過した。


 時折、こちらを窺うような気配がし、探知系の魔法で調べると遠巻きに後を尾けてくる奴がいるのが分かった。

 襲って来るかなと期待したが、一日中付いて来るだけで何もしてこない。


 用心深い種なのかなと考えながらさっき仕留めた魔物の記憶から該当しそうな奴をピックアップ。

 数種の候補が見つかったが、実際どうなんだろうな。

 一定の距離を保っている事からこちらを狙っている事は明らかだが、随分と慎重だ。


 あの様子だとこちらが疲れて休むまで待つつもりか?

 そろそろ日も傾いて来たし、いい加減鬱陶しい。

  

 ……適当に誘って――いや、必要ないか。


 さっき魔法で索敵したら反応が増えていた。

 増援かとも思ったが位置取りがおかしい。

 どうやら俺を追っている奴を狙っているようだ。


 それから一時間もしない内に遠くで小さな鳴き声が聞こえ、気配が一つ減った。

 残った気配は俺に気付いたようで焚火の準備を始めた所で近寄って来る。

 群れを作らないタイプか。


 そんな事を考えながら来るのを待っているとそいつは姿を現した。

 

 ……何だこいつ?


 現れたのは随分と面白い見た目をした生き物で、ぱっと見た感じでは少し手足が長い鰐にも見えるが、随分と愛嬌のある顔をしている。

 やや垂れ下がった目尻に頭部の耳の位置、何と言うか犬っぽい。


 そいつは口元を血に塗れさせながら小さく唸り、一気に飛びかかって来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る